谷を越え丘を越えて
「ああ……すみません」
「さすがに、これは貴様のせいではなかろう」
移動を始めて小一時間ほどで日が昇り、湿気が多いのか霧は掛かっているが視界はしだいに開け始める。それに従って、周囲の状況がわかってきた。
街道の迂回は無理だ。地形そのものは緩やかな起伏が続いていて、森や岩など適当な遮蔽も点在しているので隠れながらの移動自体はそこそこ可能のようなのだけれど。
東西に走る河川が行く手を分断している。ご丁寧にも高低差の大きな渓谷状になっていて、河幅も水量もあるので泳いで渡るのも不可能だ。そこまで危険を冒すなら対処可能な盗賊関所を突破した方がまだマシだ。
「バイクで行きましょう」
ケウニア国内の街道は森の小道と違ってそこそこ道幅がある。装甲車でも買って無双状態で突っ切るかと思ったが、橋を見ると木製の吊橋のようだ。耐えられる重量は、たぶん荷馬車くらいしか想定されていない。
トン単位の車両が乗ったら落ちる。
「姫様の存在が
「ああ、その方が良いだろう」
クラファ殿下は、そこまでいうと溜め息まじりで首を振る。
ぼくはカワサキのオフローダーを出し、エンジンを掛ける。銃撃は姫様に担当してもらうことにして、自分のUMPはインベントリーに戻した。
「姫様、どうしました?」
「……前の案のときにも似たような返答をした、と思ってな。まるで“お飾りケルファ”だ」
王のお気に入りで継承権最有力候補といわれる第一王子ケルファは、強い者や声の大きい者にすぐ
自分の意見やビジョンを表明したことはほとんどなく、“良きにはからえ”が口癖だのだとか。
「いや、無意味に他人を貶めてはいかんな。あのお飾りも、ああ見えて無能ではない」
「そう、なんですか? 城に籠って出てこない腑抜けだとか、姫様が」
「それも含めてだ」
この際だ、残る敵対二勢力の片割れであるケルファ殿下についても情報を聞いておこう。
王家が集まる場には入れず、面識もないぼくには彼の
「ケルファに対する世間の評価は、嘘ではないが全てが真実でもない」
クラファ殿下は、走るバイクのリアシートでぼくの耳元に話しかける。こんなときだというのに、ちょっとドキドキした。
姫様は、ケルファ王子が周囲の油断を誘うために“わざわざ無能なお飾りを演じている”ような不気味さを感じているらしい。自分の意見はいわず、城の外にもほとんど出ず、会議や謁見では見当違いな質問をして失笑を誘うことも多いが、そのとき得られた答えや情報は結果的にいつもケルファ派閥の利益になっているのだとか。
「能力のある者なら身分や年齢を気にせず重用するなど、人を見る目もある。
「
「逆だな。あれも“無頼を演じている”ところはあるが、軍を率いているつもりが気付かぬまま操られている、という印象を受けた」
なるほど。王妃と
「敵が皆マグノリファのようだと助かるんだがな」
うん。ぼくもそう思います。
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