ベイクドウィーゼル

「ひどいものだな」


 あちこち焼け焦げた髪を払って、クラファ殿下は笑う。

 ぼくはフェレット装甲車の運転席にへたり込んだまま、熱で歪んだガスマスクを剥ぎ取る。車内は焦げ臭いような金気臭いような悪臭に満ちていた。


「そうですね。まったく、ひどいもんです」


 新鮮な空気を求めて出た車外にも、そんなものはない。辺り一面に血と臓腑と脳漿とが撒き散らかされ、多種多様な悪臭がブレンドされたようなひどい臭いが充満していた。


「うぉぇッ」

「貴様の読みで正解だ、マークス。この、なんだかいう防毒面がなければ死んでいた」

「ガスマスク、ですね。お役に立って何より、ですが……正直もう勘弁してほしいです」

「同感だが、それはわたしではなく敵にいってくれ」


 射撃寸前にガスマスクを装着したせいで視界が確保できず接近を余儀なくされたのだ。おまけに、その途中で火炎瀑布みたいな攻撃魔法を喰らって視界ゼロになった。下がってもどうにもならないので、一か八かで突っ込むしかない。どうせ先には敵しかいないのだ。当たれば幸い、そのまま轢き殺せばいいと思って走っていたら急に視界が晴れた。突進を続ければ木立にぶつかると思ってブレーキを踏む。

 姫様の射撃が開始され、ブローニング車載機関銃の二百五十発を叩き込んだところで周囲は静かになった。

 銃座から出た姫様を止めようとしたが身体が動かず、指揮官らしきエルフの男をUMPサブマシンガンで射殺する様を運転席から見ていた。

 もう少しブレーキが遅ければ、ぼくがとどめを刺せたのに。


「大層な歓迎だな」


 二十五発全部を叩き込んだようだが、45ACPを胸に喰らって崩折れた男は悔しげな顔を歪めて天を指し、何か呟いた。


「最期に、あの男は何かいってませんでしたか?」

「ああ。どういう意味かはわからんが、“そういうことか”と」


 たしかに、わからない。いったい何を納得したやら。

 静まり返った森を振り返ると、背後は焼け野原に変わっていた。こっちのエルフは自然破壊すんのを躊躇わないんかな。それだけなりふり構わず殺さなきゃいけないほどの脅威と思われてるってことかな。

 なんにしろ、ここから先も面倒な敵が多そうだ。


「しかしマークス、そのイタチ・・・は大したものだな」

「ええ。さすがに、今度ばかりはダメかと思いましたね」


 なにせフェレットの場合、乗用車で窓に当たる部分は防弾ガラスなどなく素通しなのだ。通常走行時には開放状態で、戦闘中は蓋をして潜望鏡のような覗き窓から外を見る。

 さっきは直前で嫌な予感がしたためガスマスク着用の上で全てのハッチと窓を閉めたのだけれども、開けたままだったら普通に焼死してた。車内に炎が回ることこそなかったが、隙間から入り込んだ火と熱気があちこちに焼け焦げを作っていた。この世界であの攻撃に耐えられるのは、せいぜい装甲馬車くらいだ。

 その場合でも馬の方が死ぬので、戦力としてはそこで詰み・・だけど。


 車体を点検して回る。恐ろしいことに車体後部で給油用燃料容器ジェリ缶が破裂していた。給油後で空だったから良かったものの、燃料入りなら引火してた。

 タイヤも前後輪の間、車体側面に設置されたスペアタイヤの表面が溶けたようになっていたが、空気が抜けた様子はない。戦闘用パンク対策コンバットタイヤのようなのでスペアを使うような事態はないと思って見なかったことにする。

 UMPを発射する音が聞こえて、顔を上げると姫様が前方の山に向けて点射を繰り返していた。


「逃げられた。あの動きは、斥候だな。こちらの状況を監視されていた」


 姫様が忌々しそうに吐き捨てながら帰ってくる。手には革袋が七つほど。差し出されたそれはズシリと重い。この状況で懐を探っていたんですか。出費が嵩んできたところなので、すごく助かりますけど。


指揮官あいつは“朦朧ヘイズ”の生き残りだ。見ろ」


 姫様から受け取った革袋の最も大きなものには、絡み合う白黒の蛇を象った紋章マークが刻まれていた。となると個人用の財布ではなく公用の予算なのかも。なんにしろありがたくいただいておく。

 ぼくら、王党派ヘルベルタの最精鋭隠密部隊を着実に削っているな。良いことなのか悪いことなのか。


「そのカネは貴様が取っておけ。おそらく、すぐに必要になる」

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