Lv.37 スライムくん旅立つ

「ボクが?」


 事務所で沢渡と高橋とリズとモンスター仙人の4人でスライムに向き合い話をした。スライムは大きな目をさらに大きくして信じられないというような様子だった。


「ボクなんか消し済みにされてしまうってドラゴンさんが」

「相手が魔王さまなら誰もかなわないよ。それに商談が失敗すれば我々も間違いなく殺される。我々は一蓮托生いちれんたくしょうだよ」

「イチレンタクショウ?」


「我々の運命は共にあるということさ」

「!」

「方法が1つしかないからもっとも可能性の高い方法でいく。キミにこのプロジェクトの全権をゆだねる」

「……」


「怖い気持ちも分かるけれど、今店を救えるのはこの方法だけなんだ。お店の為に頑張れるかい?」


 スライムは少し困って視線を落としている。沢渡はしゃがみこむとスライムの頭を撫でた。


「スライムくん、商売するのに必要なのは真心と少しの勇気だよ」


 スライムは驚いたように顔を上げて沢渡の目を見た。


「相手は自分との商談を望んでいないかもしれない。良い条件を引き出せないかもしれない。不安はたくさんあるけれど、そこでさらに一歩踏み出す勇気を持つこと。それが商売には必要なことなんだ」

「サワタリ店長……」


「魔王さまは確かに偉大かもしれない。でもその前に心を持った1匹のモンスターなんだ。その魔王さまの心を動かす仕事をすること。魅力ある商品を作り上げ魔王さまを感動させること」

「魔王さまを感動させる……」

「キミを信じている。だから我々の運命をキミに掛ける」


 ジワッとスライムの目に涙がにじんでくる。


「サワタリ店長、ボク、ボク。頑張ります! 一生懸命頑張ります!」


 スライムが泣きながら言うのでつられて沢渡まで泣きそうになる。


「ありがとう。本当にありがとう」

「良い部下を持たれましたな」


 仙人は朗らかな声でそう言った。





 それから数日を掛けて念入りに打ち合わせをし、スライムはみんなの期待に応えようと懸命に頑張った。


 そして、いよいよ旅立ちの朝。

 従業員一同で見送りをする。スライムは沢渡のボディバッグと共に2人旅。中にはリズの焼いてくれた大きなパンと少しのお菓子、そして仙人の書いてくれた魔王宛ての親書が入っている。


「いいかい、仙人の言われた通り大陸の端にある神殿を目指すんだよ。そこに行けば『旅の泉』があるからそれをくぐれば魔王城はすぐらしいから」


 沢渡は心配を隠しきることが出来ず、この話はもう5度目になる。


「ハイ!」

「あ、あとスライムくん」

「?」


 沢渡は迷いながら手の中に握りしめていた物を差し出した。何かが書かれた小さな紙。その文字をスライムは読むことが出来なかった。


「何て書いてあるんですか?」

「これは名刺といってね、商売をする大切な相手に差し出す自己紹介の紙なんだ」

「メイシ……」

「『にこにこマート新田店 バイヤー スライム』って書いてあるんだよ」


 スライムは感激した様子で目をキラキラさせた。


「魔王さまにお会いしたらまずこれを差し出すんだよ。あと仙人の親書も忘れずにね」

「分かりました! 大事に持っていきます」


 スライムはボディバッグを下ろしてファスナーを器用に開けると名刺を大切にしまった。


「それではサワタリ店長、みなさん。行ってまいります!」


 煌めく朝日の中を元気にスライムは旅立っていった。





「さて、スライムくんにはスライムくんの。我々には我々の仕事があります。まずは店を滞りなく営業するということ。あとはスライムくんが商談を持ち帰った時の為に準備をしておきましょう」

「何の準備ですか?」


 がいこつ剣士が問いかける。


「魔王さま協賛セールの準備です!」

「魔王さま協賛セール?」


 みんながいっせいに上げた声に沢渡はウムと頷く。


「まだ少し気が早いとは思いますが、店舗が営業を始めてからちょうど1周年を記念しまして魔王さま協賛セールの準備を少しずつしていきたいと思います」

「あの、お言葉ですがまだスライムくんが商談を取りつけられると決まった訳では」


「スライムくんの商談に少しでも有利に働くよう企画しました。セールのことも含めて魔王さまに提案してもらう予定です」

「なるほど」


 がいこつ剣士はフムフムと頷く。


「まだ1周年までは半年もありますから準備を滞りなく行いましょう。そうですね。みなさんには目玉企画なんかも考えて貰いたいと思います。商品を安売りしたり、変わった商品を取り寄せしたり。何か面白いアイデアを思いついたら私か高橋くんに提案してください。随時検討していきたいと思っています」





「サワタリ店長」


 野菜を陳列しているとドルイドに話しかけられた。


「どうされました、ドルイドさん」


 今は職務中である。レジはどうしたのだろうと思ったがそれには触れない。


「あの、講演会というのはどうでしょう」

「講演会? セールの企画の話ですか?」


 沢渡は目を丸くする。スーパーと講演会。何の関連性があるのだろうとは思ったがせっかくのアイデアなので否定はしない。


「料理の達人をお呼びしてイートインコーナーで講演会を開いて貰うのです」

「講演会。講演会ですね」


 言いながらメモ帳に書きつける。


「ありがとうございます。また、何か思いついたら言ってくださいね」

「ハイ」


 ドルイドは少し照れた様子でレジの方へと戻って行った。




 陳列していると今度はお化けネズミがやってきた。


「サワタリ店長」

「ネズくんどうされました?」

「宝探しというのはどうですか?」

「セールの話しですか?」

「ハイ」


「宝探しはお店でするのですか?」

「ハイ」

「うーん、商品がグチャグチャにされそうな気もしますが面白いアイデアですね。ありがとう、少し考えてみます」



 

「サワタリ店長」

「どうされました、魔道士さん?」





「あー、疲れた!」


 営業が終わり従業員たちを見送った後、事務所の机に沢渡はばたりと倒れ込みグググッと伸びた。


「今日は一日中話しかけられて仕事にならなかったよ」

「思いついたら提案しろって言ったからみんな思いついた瞬間に言い来たんすよ」


 笑いながら高橋はメモ帳を広げて見せた。沢渡以上にグチャグチャで、モンスターのアイデアと自分で考えたアイデアが混在していると高橋は笑った。沢渡はぐるっとまるで囲われたいくつかのフレーズに目をとめた。


「競売というのは?」

「ああ、なんか珍しいアイテムを仕入れてイートインコーナーで競売でも出来たらなと思ったんすけど」

「いいね、割と実現可能な意見だと思うよ。キミの意見かい?」

「はい」


「へええ。じゃあこのアート風船と言うのは?」

「店の備品で細長い風船あったじゃないっすか。それ使って何か出来たら」

「ああ、バルーンアートのことだね」

「そう、それ! バルーンアートっす!」

「アレ、私出来ないんだよ。キミがやってくれるなら」

「じゃあ、これも候補に」


 そう言って強くグルグル丸で囲む。


「福引きというのはスタンダードだけどこれもキミの意見?」


 高橋はウンウンと頷く。


「ほとんどキミの意見じゃないか。今日ちゃんと仕事してたかい?」


 高橋は頭を掻きながらヘラヘラと笑う。


「たくさん意見集めていいセールにしなくっちゃ。スライムくんが帰ってきたらびっくりするセール準備しましょうよ」

「……」


「そんなに心配しなくっても大丈夫っすよ!」


 そう言って高橋は沢渡の背中をポンと叩く。


「スライムくん、大丈夫かな。泣いてないかな?」


 沢渡は涙声を絞り出す。


「もうほら、店長泣かない泣かない。大丈夫大丈夫」





 その頃スライムは1つポツンと生えた大木の根元で夕食をとっていた。空には満天の星、いつもはそれを仲間と帰りながら見ていた。でも今日は1人、とても寂しくて心細かった。そんな孤独な心を温めてくれるのはリズが真心をこめて焼いてくれたパンだった。


「やっぱりリズさんのパンは美味しいな。おっと食べすぎたら無くなるから明日の為に残しておこう」


 そう言ってボディバッグに食べかけのパンをしまう。膨れたお腹で思い出すのはみんなでつついた鍋だった。勇者の残して行ったコンロで随分と三昧をした思い出。いつも鍋を作るのは高橋の仕事だった。軍隊アリが材料を切って高橋が取り仕切り、みんなでまだか、まだかと煮えるのを待つ時の高揚感。


 コンロは勇者が持て行ったのでそれから長らく鍋は食べていないが、自分が無事帰った暁には店の備品で鍋をもう一度作ってもらおう。スライムはそんなことを考えながら眠りに着いた。

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