Lv.47 大好きなにこにこマート

「え?」

 

 高橋は腕を解いて沢渡の後を追う。


「どういう意味っすか」

「言葉通りの意味だよ」

「……」


 沢渡は足早に発電室に向かった。扉を開けて中にいたゴーストに微笑みかける。


「ゴーストくん、今日は発電はもう大丈夫だよ」

「きゅっ?」

「うん、分かってるよ。ありがとう」


 ゴーストはフヨフヨと立ち上がると外に出て行く。それについて行き、従業員用の通用口から出ようとしたのを呼び止めて手に持っていたラップで包んだおにぎりを差し出した。


「さっき作ったんだ。良かったら食べてね」


 ゴーストはおにぎりを受け取るとフワリフワリと漂いながら夜の闇に消えていった。




「店長説明してくださいよ。なんでそんなこと……」


「さっき女神さまの声が聞こえたんだ」

「そんな」


「ちょうどいいタイミングかもしれないね」

「どこが! 明日から大事なセールっすよ! みんな楽しみにしてたんすよ」


「そうだね」

「そうだねじゃないっすよ! 納得できないっすよ、転移するならセールが終わってからでも!」

「私だって納得できないよ! このタイミングじゃないだろって思ったよ!」


 張り上げた沢渡の声に高橋はたじろぐ。


「だったら……」


「でも、……帰れるんだ。帰れるんだよ」

「……」


「みんなのことは大好きだよ。大好きだ。でも、私は帰りたい。自分の世界に帰りたい」

「……」


 2人無言のままロッカールームへと向かった。




「みんなにお別れを言ってないっすよ」

「お別れをすると辛くなるから」


「みんなお店が消えてたらびっくりするんだろうな」

「きっと受け入れてくれるよ、あの子たちは強い」


 小上がりに寝転がり沢渡は天井を見つめた。


「明日、起きたら元の世界っすよ」

「そうだね」


 目を瞑るとよぎるのはみんなが楽しそうに働く姿。笑顔で懸命に働いている。目に涙が溜まり閉じていられなくなった。泣いている沢渡を気遣って高橋がそっと言葉を掛ける。


「楽しかったっすね」

「ああ、まるで夢のように楽しい時間だった」


 2人は夢の中へと落ちて行った。




 気がつくとピンクのモヤの中だった。目の前に女神が浮かんでいて柔らかな笑みを浮かべていた。


「サワタリ、タカハシ心の準備は出来ていますね」

「女神さま少し待ってくれないっすか、明日から大事なセールがあるんです。せめてセールが終わってから」


「戻りたくありませんか」

「いや、そういうわけじゃ……」


「この世界には時間の波長というものが存在します。今日このタイミングで転移を行えば、あなた方がこの世界にやってくる前の時間とほぼ同時刻に戻ることが出来ます。正確にいうと戻るのは転移した翌日の朝です。波長が合うこの時を逃せばいつ戻してあげられるか分かりません。これが最高のタイミングなのです」

「……」


「あの、女神さま」


 沢渡は声を上げる。


「どうしましたか」

「……」


「サワタリ?」


「みんなのことを……よろしくお願いいたします」


 女神はクスッと笑うと杖を振りかざした。


――お別れをさせてあげましょう




 景色が一変して、森の中。見覚えがある。みんなが住んでいるティンガの森だ。

小さなツリーハウスで寝ているのはスライムだった。小さな寝息を立てながら良く眠っている。沢渡は手を伸ばすと小さな頭をなでた。


「スライムくんありがとう」


 涙がこみ上げてきて目元を拭う。


 景色が変わり、次はがいこつ剣士。枕元には大事な剣があった。仕事の出来るがいこつ剣士には2人も随分助けられた。


「ありがとう、ガイさん」


 景色は変わってドルイド。枕元にはトレードマークの杖。内気なドルイドはレジを懸命に頑張ってくれた。


「今までありがとう、ドルイドさん」


 次はミイラ男、その次はお化けネズミ……


 そうして全ての従業員のところを巡ると景色は元のピンクのモヤの中へと戻った。


「それではこれでお別れです。あなた方とお会いすることは二度と無いでしょう。今後の人生が良きものでありますように」


 そう言って女神が杖を振ると空間が光り始めた。まばゆい光が2人を飲みこんでいく。目を開けていられなくなり、顔を覆ってそのまま意識を失った。




 目が覚めるとそこはロッカールームだった。窓から明るい光が差し込んでいる。沢渡は飛び起きて窓を開け、景色を確認した。そこに草原はなく、民家が立ち並んでいた。高橋もすぐに起きて、自身の手をマジマジと見つめている。


「無事戻ってこれたんすかね」

「ああ、そうだよ。きっと」


 2人はロッカールームを出て店内へと向かった。見て驚く、みんなで懸命に準備した店内はそのままだった。手書きのPOP、折り紙の輪飾り、一所懸命並べた異世界の商品。それを見ていると涙がまたあふれた。ここは正真正銘にこにこマート、でももうモンスターたちは居ない。一緒に過ごした時間を思い出し、たくさんの記憶が押し寄せて沢渡と高橋は座り込み肩を震わせて泣いた。




 不意にドンドンドンと扉を叩く音がした。驚いて従業員用の通用口に向かうと扉の向こうに誰かいた。モンスターたちであることを期待して開けたが、外にいたのはにこにこマート新田店の従業員たちだった。


「ああ、店長に高橋くん。居るんじゃない! 鍵掛けてるから来てないのかと思っちゃったわよ」


 ベテランスタッフの西沢はそう言うとバックヤードへと入った。それに田辺と山岡が続く。


「2人とも何ですか、その格好? 民族衣装なんか着ちゃって」


 言われてハッとする。2人は異世界で手に入れた服装のままだった。


「ああ、いやこれは」

「早く着かえてきてください、今日から気合い入れたセールなんですから」


「……セール?」


 沢渡は恐る恐る問い返す。転移してくる前のことを思い返した。ここ、にこにこマート新田店は閉店セールをする予定だった。


「ああ、そうか。今日から大事な閉店セールだったね」

「何仰ってるんです?」


「えっ」


「新装開店セールですよ」

「本当に今日はどうしちゃったんです?」


 西沢は豪快に笑うとロッカールームへと消えた。


「どういう……ことかな?」


 沢渡は高橋に問いかける。


「分かんないっすけど、たぶん……」

「たぶん?」


「頑張ってたら、ご褒美くれるって言ってたじゃないっすか? きっとこれが女神さまのくれたご褒美っすよ」


「ご褒美……」


 沢渡は手を握り締めて目をそっと閉じた。





 それから目まぐるしく日々は過ぎて、セール後にこにこマート新田店はまた元の平穏を取り戻した。手書きのPOPは印刷したものに差し替えられ、摩訶不思議な商品は売り切るか撤去し、徐々に異世界で営業していた時の名残は消えていった。そこらじゅうにあったモンスターたちの息遣いはもう聞こえない。


 沢渡は事務所で片づけをしていて自身のボディバッグを見つけた。スライムに貸したきり行方が分からなくなっていた物だ。開けてみると中には開封したお菓子と小さな紙切れが入っていた。



『にこにこマート新田店 バイヤー スライム 』



 沢渡はそれを優しく撫でると自身の胸ポケットにしまった。

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