Lv.46 ただいまセール準備中
「上手なものだねえ」
沢渡は高橋がペンキで赤い布に文字を書いて行くのを眺めていた。
「自分、美術部で結構レタリング得意だったんすよ」
丁寧に施していく白ペンキの文字。
――『魔王さま協賛セール開催中』
どのくらいのモンスターが読めるか分からないけれど、少なくともセール感は出る。セール初日から店の入り口に掲げるつもりだ。
「魔王さまは仙人とコーヒーの焙煎所に行ってくれていますし、福引きの抽選券はカットも終わって配布するだけ。宝探しはティンガの森でやるからスタッフ雇うし、あとは料理講師はアリくんに任せて、ドラゴンさんはおコメの炊き出し、競売はガイさんに任せて、バルーンアートは自分の担当っすから……」
「問題はコラボ商品なんだよな」
コラボ商品のカレーパンを作るリズと、プリンとハンバーグを作る軍隊アリは魔王と連日の打ち合わせを重ね少しづつ味を変更し、試作を繰り返していた。ただ、魔王の味覚はかなり鋭く、少しでも味が気に入らなければ注文が付く。勿論良い物を作るという目的に妥協はしてほしくないけれど、リズもアリも相当頭を悩ませていた。
「アリくんハンバーグが追っかけて来る夢見たって言ってたっす」
「相当だなあ。あとで様子を見に行ってみようか?」
沢渡と高橋が調理場を訪れると働きアリはひどく疲れた様子でハンバーグをこねていた。
「あっ、サワタリ店長、センセイ」
泣きそうな声なので2人もいたたまれなくなる。
「順調かい?」
「魔王さまがワタシのハンバーグは肉の旨味が薄いと仰るのです。食べ応えがないと」
「食べ応え……」
「ソースを変えたり、焼き加減を工夫しているのですけど、どれもお気に召さないようで」
「……今、合い挽きでやってるんだよね?」
「ハイ、センセイに教わった通り豚肉と牛肉のミンチで」
「牛100パーセントでやってみる?」
「えっ?」
「ああ、それはいいかもしれないね! グッドアイデアだ」
「牛肉100パーセントの方が美味しいハンバーグが作れるんだよ」
「ど、どうしてそれを教えてくださらなかったんですか!」
「だってねえ。牛肉ってちょっと高いから」
「そうなんですか……」
「でも魔王さまに気に入ってもらえないと販売出来ないし。それで行こうか?」
沢渡の問いかけにアリは「ハイッ」と歯切れのよい返事をした。
「あとプリンは?」
「実は魔王さま、プリンを気に入ってくださったんですけど、もう一工夫欲しいと仰るんです」
「もう一工夫……」
沢渡と高橋はうーんと頭を悩ませる。
「抹茶プリンにしてはどうだろう?」
「抹茶が沈殿せずに上手く出来ますかね」
「あ、そうか」
「……」
「どうすればいいのでしょう?」
働きアリはショボンと肩を落とす。
「焼いて焦げ目つけるとかどうっすかね?」
「ああ、何ていうんだけそういうの」
「カラメルソースを焼いてブリュレ風プリンにすれば……」
「そう! ブリュレだブリュレ!」
「よっし、アリくん。ドラゴンさんにお願いに行こう。火加減して焼いてもらわないと」
「ああ、もう! 私はカレー職人じゃないのよ! パン職人なのよ!」
3人が訪れるとリズはカレーと奮闘していた。
「リズさん、ドラゴンさんはどこに?」
「外で食パン焼いてます!」
怒って声で言うので3人とも身を縮こまらせる。
「リズ、そんなに怒んなくても」
「高橋くん、ちょっと味見してよ!」
「ああ、ハイハイ」
リズの相手をする高橋を置いて、沢渡とアリは店の外へと出た。パンの焼けるいい匂い。その匂いに魅かれてモンスターの見物客がたくさん集まっていた。
「ドラゴンさん、このプリン、ソーッと焼いて欲しいんです」
そう言って働きアリはプリンの器を渡した。
「難しいこと言うなあ、ソッと焼けなんて。結構火加減難しいんだぞ?」
そう言ってドラゴンは地面に置いたプリンの器にフウウッと小さな火を慎重に吐いた。カラメルソースが粟立って気泡がはじけブスブスと焦げ目がつく。丁度の所で指示をして止めてもらった。
触ってみるとコンコンと固くなっていた。
「ありがとう、ドラゴンさん!」
2人は礼を言うと調理場へと戻った。
「食べてみよう」
緊張の瞬間。
まず沢渡が味見。スプーンで焦げたカラメルを割りひとすくい。
「んー!」
「えっ! どうしたんですか!」
「美味しい、ものすごく美味しいよ!」
働きアリはプリンを受け取ると恐る恐るすくった。口に運びシャリと噛む。ジャリジャリ、ジャリジャリとしてそれがプリンの柔らかな感触と混じり心地いい食感。
「美味しいです! とっても美味しいです! ワタシが作ったなんて思えないくらい!」
「これなら魔王さまもご納得して下さるよ」
「センセイにご報告してきます!」
働きアリは残りのブリュレを持って高橋の元へと向かった。
「高橋くんも大変だなあ」
◇
それから色々あった。宝探しの準備をして、料理教室や競売の練習をしたり、福引き券の配布をしたり。忙しいけれど充実した日々だった。みんな必死で協力し合ったおかげか、セール準備はなんとか順調に進み、月日はあっという間に過ぎていよいよセール前夜を迎えた。
「さてと、出来たよ」
「すごおおい!」
辺りにパチパチと拍手が沸き起きる。沢渡が作ったのは魔王とモンスター仙人全面監修のコーヒーの島陳。店内の一番目立つ場所に派手に並べた。
「目玉商品だからね。気合いを入れて売らないと」
セール初日の明日、魔王とモンスター仙人がお忍びで来店して販売を手伝ってくれることになっている。恥ずかしくない売り場にしないと彼らにも恥をかかせるのだからと気合が入った陳列になった。
「さて、高橋くんは出来たかな?」
高橋は外でスライムと一緒に横断幕を張っている。外はもう暗いけれど無事作業出来ているだろうか。外に出るとスライムが懸命に声を上げていた。
「タカハシさん、もうちょいこっちです」
「こっちってどっち!」
「ああ、ええと左! じゃなくて右です。右! ああ、やっぱり左」
「どっち!」
沢渡は思わず笑ってしまう。
「2人とも大体で良いからね」
「ハーイ」
沢渡は2人の様子を確認すると店内に戻り、たくさんのPOPを手に店内を回り始めた。沢渡と高橋で書き上げた手書きPOP。読めるモンスターは少ないだろうが、それでも間違いなく貼り付けなくてはならない。
価格を確認しながら貼っていると汗をかいた高橋がやってきた。どうやら横断幕を張り終えたらしい。残りの半分のPOPを渡して手分けして作業にあたった。
モンスター従業員たちは店内の飾りつけ、みんなで作った折り紙の輪飾りとタカハシが昼間作ったバルーンアートで店内を彩る。
「いいな、コレ欲しいな」
ねずみの風船を見てナイトメアが呟いた。
「セールが終わったら持って帰ってもいいよ」
「えっ、ホントですか!」
「うん、もちろん」
沢渡はニコニコと笑う。ナイトメアは嬉しそうにきゃっきゃっとはしゃいだ。
「みなさんお夜食です!」
セール準備を終えたころ軍隊アリとドラゴンが持ってきたのは鍋いっぱいの白米だった。
「サワタリ店長の許可を貰って炊いたんだ。みんな腹が減ってるだろう、並んでくれ。おにぎりを作るから」
明かりを半分落とした店内が沸く。みな口々に「おコメだ、おコメだ」とはしゃいでいる。リズと高橋と沢渡の3人でおにぎりを握りみんなに配っていく。みんな順番待ちの列に並び、貰ったモンスターは大人しくみんなが揃うのを待っている。最後に自分たちの分を握り終えたあと、沢渡はみんなに向けて語り掛けた。
「明日からいよいよ待ちに待ったセールです。しばらく忙しい日々が数日続くかと思いますが、みんなで力を合わせて乗り越えましょう。それでは今日も遅くまでお疲れさまでした。かん……」
――サワタリ
沢渡は自身の頭の中をよぎった声に目を見開いた。
「店長? どうしたっすか」
「えっ、ああ。いや……」
「みんな待ってるっすよ」
グウウとスライムの腹の音が鳴りみんな一斉に笑う。笑いが静まったところで沢渡は挨拶を改めてする。
「みんな今日まで本当によく頑張ってくれました。キミたちと出会えたことは一生の宝です」
みんながジーンと感動した様子で沢渡を見ている。
「今日はお疲れさまでした。夜はゆっくり寝て明日に備えてください。それではカンパーイ!」
そう言っておにぎりを掲げる。みんなも嬉しそうにカンパーイとおにぎりを掲げると一斉にかぶりついた。
「美味しい!」
「ホッカホカだー!」
「もう一個食べたいなあ」
「おコメ余ってるから、要る人は作りますよー」
リズの声にみんなが先を競って並ぶ。
みんな大満足してくれた様子で美味しい美味しいと言ってむさぼるように食べていた。
楽しい夜は更けてみんな帰っていく。従業員用の出入口で最後に出て行くスライムの後姿を見て扉を閉じようとした時だった。スライムがふり返り沢渡をじっと見た。
「サワタリ店長」
「ん? どうしたんだい」
「ボク。このお店で働けて良かったです」
沢渡は不意にスライムと初めて出会った時のことを思い出した。丁度出会ったのもこの場所だった。広がる草原に驚き、出会った小さな生き物。あの頃は一緒に働くなど考えもしなかった。
これまで色々なことがあった。従業員を募集して一から育てみんなで作り上げたお店。モンスター仙人に出会い商品を仕入れ、パンを作り、惣菜を作り、仲間が増えた。スライムを冒険の旅に送り出しこの度の魔王とのコラボレーション。みんなと出会えたことはかけがえのない思い出。目頭が熱くなり、喉の奥がヒリヒリと焼けつくような感覚が押し寄せた。
込み上げるものを我慢して沢渡はしゃがみ込んでスライムの頬に触れた。
「私もキミと出会えてよかったよ」
沢渡の言葉を聞くとスライムは嬉しそうに笑って暗がりの草原へと消えていった。
「店長どうしちゃったんすか?」
振り返ると高橋が腕を組んで沢渡を見つめていた。
「あんなしんみりした挨拶して、まあ、らしいと言えばらしいですけど」
沢渡は顔を伏せて高橋の横を通り過ぎる。
「たぶん戻る時が来たんだよ」
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