Lv.27 勇者様御一行ご来店

「ああ? オヤジ聞こえなかったか? オレはこの鎧を買い取れと言ったんだが」


 そう言いながら勇者はドンッとサービスカウンターに綺麗な鎧を置いた。勇者の後ろには緑のローブを纏った魔法使いと気難しそうな武道家、エッチな服の髪の長い踊り子がいる。


「上ものだぜ? さっきモンスターが落として行ったんだ」

「お客様申し訳ございません。先ほど申し上げました通り当店では商品の買い取りはいたしておりません」

「買い取りをしない店屋がこの世界のどこにあるんだ? オレたちは世界を救う勇者様御一行だぞ」

「どなたであろうと買い取りはいたしませんのでどうかお引き取りを」


「ちっ、あとちょっとでゴールドの鎧が買えるってのに」

「勇者、こんなダサい店放っておいて町に行きましょうよ」

「お前は黙ってろ。勇者を軽んじている連中には痛い目見せてやらないと気が済まねえんだよ」

「ああ、始まったあ」


 踊り子はジェスチャーをするとカウンターに腕をついてにっこりとほほ笑んだ。


「素敵なおじさま。あたしと遊ばない?」


 目のやり場に困る様な装備をつけて一体どういうつもりなのだろう。


「お客様、申し訳ございませんが当店ではこれ以上の対応はしかねます。お引き取りください」

「おいおい、たくさんモンスターが買い物しているだろう? モンスターは良くて勇者様は断るのか?」


 大げさにジェスチャーをしながら勇者はフッと笑うとダンッと乱暴にカウンターを叩いて、沢渡を怒鳴りつけた。


「ジジイ! 今すぐこれを買い取れ! 今なら500ゴッドで許してやる!」

「ドラゴンさん」


 沢渡が静かに呼ぶと隣に控えていたドラゴンが大口を開けて焼けつく息を吹いた。勇者はすさまじい反射神経で息を避けた。


「ちっ、ドラゴンもいるのかよ」


 勇者の手が光り、何かの呪文を唱えようとした。それを遮るように沢渡はグイッと前に出た。


「当店はお客様に気持ちよくお買い物していただくために店内での魔法の類は一切禁止しておりまます」

「さっきドラゴン、息吐いたじゃ……」

「お客様!」


 沢渡の攻撃するような迫力の視線にひるみ勇者は手を引っ込める。


「ちっ。仕方ねえ、撤退だ。みんな行くぞ」


 勇者一行は不機嫌さ目いっぱいに帰って行った。姿が見えなくなったのを確認すると沢渡はヘタヘタと座り込んだ。


「ちょっと大丈夫っすか、店長」


 駆け寄る高橋に沢渡は微笑みかける。


「すまない、腰が抜けてしまってね」


 高橋の手を取ってユルユルと立ちあがりホッと一息。

 パンパンッと手を叩くとざわめいた店内の空気を引き締める。


「さあ、みんな勇者は帰ったよ! お仕事に戻ってください」


 走り回っていたモンスターたちも我に返り、レジに、売場に戻る。


「ガイさんのボーナスを取ったのってあいつらですかね」

「そうかもしれないね、随分お金を持っているようだったから」

「取り返せないっすかね」

「勇者だからそれなりに強いだろうね。みんなの力を合わせても……」

「ああ、違うっすよ。違うっす。戦って勝つんじゃなくてもし今度来店したら……」


 ごにょごにょと高橋が耳元で囁くと沢渡の顔には笑みが満ちる。


「良いアイデアかもしれないね! 」





 翌日また勇者一行はやってきた。その手元にはたくさんの葉っぱ。


「毒草だ。買い取ってくれ」


 そう言って勇者は毒草をずらりとカウンターに並べる。


「申し訳ございません。当店では買い取りをやっておりませんので」


 応対するのは責任者の沢渡。モンスターたちはおびえたように体を縮こまらせている。


「ほら、やっぱり無理じゃない」


 勇者の背後であきれ顔の踊り子が囁く。


「勇者、クイーンズベリーまで行こうぜ」


 武道家が苛立った声を上げる。


「えっ、たりぃよ。もう、へとへとで歩けねえ」

「お客様、お疲れとのことでしたら店内にはイートインコーナーがございます。お食事でもされて休憩して行ってください」

「イートイン? なんだそれは」


「店内で食事をする場所のことです。お買い上げいただいた商品をそこでお召し上がりいただけます」

「ほう、気が利いてるじゃないか」

「オレ、腹がペコペコだったんだ」


 武道家が嬉しそうに声を上げる。


「魔法力も尽きた所だから、ちょうどいいな」

「えーっ、せっかくゴッド貯めたのよ。買い物したら減るじゃない」

「また、金持ってそうなモンスターを探せばいいだろ。この辺うろついていたらすぐに見つかるさ」


 余りの暴言に殴りかかろうとしたがいこつ剣士を高橋は押しとどめて、耳元で「大丈夫だから」と囁く。


「じゃあ、ちょっと買い物してくぜ。オヤジ、案内してくれ」

「買いこまりました。どうぞこちらです」


 沢渡は勇者一行を案内して野菜コーナーへと消えて行った。


 サービスカウンターに残ったのは大量の毒草。高橋はそれをかき集めると急いで厨房へと向かった。


 厨房では軍隊アリが肉をこねている最中だった。


「アリくん! これも入れよう」

「ええっ! センセイ、それは毒草ですよ!」

「これを勇者に食わせるんだ」


 言いながら全ての毒草を刻んでボールの中に投入する。


「ああ、そんなに入れて……」

「たっぷり食わせてやるんだ。美味いぞー、毒草は美味いぞー」



 その頃、店内では沢渡が勇者一行を調理道具コーナーに案内している最中だった。


「こちらはガスコンロと言いまして携帯できるコンロです」

「いいじゃないこれ!」


 踊り子が目を輝かせてコンロの箱を取る。金を使うことを渋っていた彼女もコンロの魅力に勝てなかったらしい。


「そんなおっきな物どうやって携帯するんだよ!」

「道具袋に入れればいいでしょ」

「入らねえし!」


「じゃあ、武道家が持って戦えばいいじゃない」

「コンロなんか持って戦えるかよ、バカ野郎!」

「ねえ、いくらするの?」


「8000ゴッドです」

「は、8000……」


 一行が頭を抱える。沢渡は心でにやりと笑う。売場に来た時にPOPは素早く外した。丸めて沢渡の右ポケットの中にある。本当は日本円で3000円のコンロ。ゴッドに直すとわずか300ゴッド。それを8000ゴッドで売ろうと言うのだからボッタクリもいいところだ。


「こちら最後の一台となっておりまして、早い者勝ちです。楽しい旅のお供にいかがですか」

「ねえ、買いましょうよ。勇者」

「けどなあ、場所取るし。8000ゴッドかあ」


 随分悩んだ様子で考え込んでいる。もうひと押し。


「これがあれば冬でも暖かいお鍋を食べて体を温めることが出来ますよ」

「鍋? 何だそれは」

「こちらの土鍋にスープを張って野菜をたくさん入れてグツグツと煮込んだ料理です。その美味しさと言ったらもう。一つの鍋をつつきあうことでパーティーの仲も深まること間違いありません」


「ねえ、絶対買いましょうよ! 土鍋とコンロ!」

「なんで絶対なんだよ」

「勇者、オレたちには世界を救う使命があるんだぜ? それを忘れたのか。強力な武器を買って魔王軍に立ち向かうんだろう?」


 武道家の声に勇者も冷静になりかける。


「本当ならこちらの土鍋は5000ゴッドするものなんです。でも、今回は特別です。コンロと土鍋を合わせて10000ゴッドで販売したいと思ってます」

「うーん」 


 迷いあぐねている様子なのでもうひと押しする。


「勇者様、冒険に一番必要なことは何だか分かりますか?」

「ああ?」


「それはモチベーションです。パーティーのモチベーションを保つことです。そのためにはすなわち衣食住、強力な装備を纏い、ふかふかのベッドで眠り、そして何より美味しい物で腹を満たす。これに尽きると思います」

「オヤジ……」


「装備はいつでも買えます。ですが、この機会を逃すとコンロは二度と手に入りません」

「……」


 少しの沈黙、勇者は百面相のように表情をクルクルと変えて1人悶えている。


「よし、決めた」


 勇者はそう呟くと決心した様子で顔をキリリと上げた。


「オヤジ、コンロと土鍋を買うぜ!」

「勇者!」


 踊り子が嬉しそうに声を上げる。その一方で頭を抱える魔法使いと武道家。


「試しにコンロを使いたい。イートインで鍋とやらを催していいだろうか?」

「もちろんです。材料は当店にそろっておりますのでぜひお買い求めください」

「うぐぐ、これだけ買ってもサービスでは無いのだな」


「申し訳ございません。その代わり材料の調理は特別にお受けいたします」


 その後沢渡の案内に従いながら材料を買い求め、勇者一行はイートインコーナーで鍋をつついた。


「何と美味な料理。スープも美味しければ煮込んだ野菜もまた美味しい。それにこの団子、ピリリと聞いて絶妙な味だ。ああ、ちなみにこの魚は何と言ったかな?」

「バオバオでございます」

「そう、バオバオだったな。近くでとれる魚なのか」

「少し離れた湖に生息しているとのことですが」


「よし、今度釣ろう。オヤジ釣り具は置いてあるか?」

「申し訳ございません。当店で取り扱いはなく」

「そうか、残念だな」


「勇者、そろそろ……」


 急かす魔法使いを見て鱈腹食べた勇者は立ちあがる。パーティーは満足な顔でみんな腹をさすっている。


「しかし、コンロを持ち歩くと言うのは、やはり手間だな」


 勇者の言葉を聞いて沢渡はにっこりほほ笑む。


「ああ、御心配には及びません。勇者様さえよろしければ鍋道具は全て当店でお預かりいたします。いつでも気の向いたときにふらりとお立ち寄りください」

「そうか、すまないな。じゃあそうさせてもらおうか」

「今度はどんな鍋が食べられるのかしら」


「たくさんご用意して待っておりますよ」

「じゃあ、再び冒険の旅を続けるとしよう」


 店を出て笑顔で平原に歩いて行く勇者一行。ガッツポーズをしながら「美味かったぞー」と従業員に感謝の意を叫ぶ。


「魔王なんて怖くない~! 魔王なんてぶっ飛ばせ~!」


 勇者一行は夕日の中、歌いながらご機嫌で去って行った。従業員一同揃って丁寧に頭を下げて姿が見えなくなるのを確認すると諸手を上げてヤッターとバンザイをする。キャアキャアとはしゃいでみんなで抱き合った。


「ボーナスも取り戻したし、万々歳ですね」


 スライムが売れしそうに言う。


「でも、なんか悔しいなあ。勇者喜んで帰っちゃったし。もっとギッタンギッタンに」


 語気を強めるスライムに沢渡が笑いかける。


「今日は店じまいにしてみんなで鍋にしよう」

「あっ、それなら勇者が残した野菜もたくさんあるから……」

「ああ、アリくん。アレは捨ててね」

「ハイ」


 高橋の意味ありげな言葉に沢渡は首をかしげる。


「アレ?」

「センセイ、ツミレに毒草全部ぶち込んじゃったんです」

「えええええ!」


 その頃勇者たちは――


「し、しびれる。しびれるぅ」

「オヤジめ、鍋に何か仕込みやがったなぁ」

「毒消し草を……毒消し草を……」

「ああ、目眩が……うっぷ、気持ち悪」



 その後、勇者の残したコンロと鍋はイートインコーナーに常設され、供用品としてガスが無くなるまで使い倒された。

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