Lv.38 スライムくん森で出会う
「うーん、困ったな。大陸の端に行くにはこの森を抜けなければいけないんだけど」
スライムは森の入り口を右へピョコピョコ左へピョコピョコ。入れないのは森の木々が手をつなぐようにみっしりと枝を張って入りこむ隙間が無いからだ。開いているところを見つけ小さな体なら入れるかもしれないと何度か飛び込んでみたが、その度に木に押し出すように跳ね返されて入口へと戻された。
「あのスライム何やってやがるんだ?」
森の入り口で右往左往するスライムに目をとめたのはモンスター一行だった。
「おい、こんなところで何をしている?」
スライムが振り向くとホロホロドリと鎧の騎士と石像の姿があった。
「ここはスライムのような下級モンスターの来るところではないぞ?」
ホロホロドリは少しお高くとまった様子で誇り高ぶるように言った。
「ああ、すみません。ボクこの森を通りたいんですけど入り口が」
「この森は本来この森に住むモンスターしか通れないよう見張りがいるんだ」
鎧の騎士が木を指して言う。どう言うことだろうとスライムが目を凝らすと先ほどまでただの木と思っていた森の木々がパチリと目を開けた。
「モンスターだったんだ!」
スライムはひどく驚いてポカンと見上げた。木々は森の外べりを囲って守るように腕を組み、入ろうとした者は体を寄せ合って押し出すように排除し、森全体を侵入者から守っていたのだ。
「あのう、用事があって急いでるんです。森を通らせては貰えないでしょうか」
「ブワッブワッブワッ」
木が声を震わせ笑った。
「この森に住んでいるモンスター以外は何人たりとも通さない」
地に響くような声で木が話した。
「そんなわけですまないな、スライム」
木々が歩いて移動して3匹の前に森への入り口を開けた。3匹が入っていくのを見てスライムはハッとひらめく。鎧の騎士へと向かって突進すると顔面にタックルして鎧の中へと飛び込んだ。しかし、バッグがつかえて全部は入れず、スライムは中から懸命にグイグイとバッグを引っ張る。
「おい、こら! ちょっとどういうつもりだ! おいこらっ……ブヒャヒャヒャ」
暴れるスライムがくすぐったくて鎧の騎士は顔面を押さえながら笑いを堪えられない。
「このまま森に入ってください、入れてもらえたら中から出ます」
「わ、分かった、分かったから動くな!」
3匹は腫れものに触るようにオドオドしながら森の中へと進んだ。
◇
「ったく、何を考えてるんだお前は!」
森の中に入り、スライムを鎧の中から取り出して3匹はスライムを取り囲んだ。
「ごめんなさい。どうしても森を通りたかったんです」
「まあ、いいお前もモンスターの端くれだからな」
ホロホロドリは相変わらずの気取り屋だ。
「で、どうしてそんなに森に入りたかったんだ? この森にはお前より強くて怖いモンスターがウヨウヨいるんだぞ」
「ボク、魔王さまに会いに行くんです」
「魔王さまだと!」
3匹はびっくりして声を合わせた。スライムはボディバッグからモンスター仙人の書いた親書を取り出し見せた。
「何だこりゃ? 人間の文字か? 何て書いてるか読めねえよ」
「魔王さまにお会いしてこれを渡すんです。中には一緒に商売をしませんか、ということが書いてあります」
ボクも読めませんけど、と言おうとしてスライムは言うのを止めた。親書を返して貰うと大切にバッグにしまう。
「魔王さまが商売なんてされるのか?」
「分かりません。でもボクはそれをお願いに行かなくちゃいけないんです」
「やめておけよ、殺されるかもしれないぞ」
「……」
「お、ビビって声も出ないか?」
「……ボクの」
「?」
「ボクの帰りを待ってくれている仲間がいるんです。その人たちのためにも成功させなくちゃいけないんです」
「……」
「それでは。先を急ぎますのでこれで」
ぺこりとお辞儀をしたが3匹は無言だった。そして立ち去ろうとしたスライムの行く先を塞ぐ。
「?」
「おいおい、この森には強くて怖いモンスターがいるって言っただろう?」
不敵な笑みを浮かべるとスライムににじり寄った。
◇
「よう、お疲れ!」
ホロホロドリと鎧の騎士と石像の姿を見て歩いてきた木が手を上げた。
「ああ、お疲れさん」
応えたのはホロホロドリだ。
「勇者はどうだ、来たか?」
「いや、まだこっちの方には気配がないな。ずっと東で現れたという噂は聞いたが」
「なら、まだここには来ないだろうな」
「ぶひゃっ!」
鎧の騎士の声に木は目を丸くする。
「どうかしたのか?」
「あ、ああ、いや。ちょっと体に蚊が入って……」
「最近多いって言うからな。気をつけないとな」
「ああ」
「じゃあ、オレは交代の時間だから」
そう言うと木は森の外へと歩いて行った。
「おい、くすぐったいからあまり動くなよ」
「すみません。ユラユラ揺れてバランスが取れなくて」
「ったく。森はまだ半分も過ぎて無いぞ。ちゃんと大人しく出来るのか?」
「ハイ」
そう言ってスライムは口を噤む。
「今日はとりあえずオレたちのうちに泊ればいい」
「ありがとうございます!」
スライムは喜んで鎧の中で飛び跳ねた。
「おいっ、動くなって言っただろ!」
「す、すみません!」
「ったく。面倒なことに手を出しちまったな」
◇
森での夜、スライムは3匹のねぐらだと言う洞穴に招かれ夜を明かすことにした。疲れていたけれど3匹が楽しそうに話を聞いてくるのでスライムも一生懸命に目を開けて店のことを話した。
「へええ、するとにこにこマートってのは人間の店なんだな」
「そうなんです」
そう言ってスライムは出してもらった飲み物を飲む。少し酸味が強いリンゴジュースだった。おかげで眠気が吹き飛んだ。
「サワタリ店長とタカハシさんとリズさんって人間がいて、みなさんとてもお優しくて物知りなんです」
「そういや、聞いたことがあるな。この世界のある場所に人間とモンスターが一緒に暮らしている村があるって」
「しかし、人間と店で働くと言うのはいささか問題があるのではないか?」
口を挟んだのは鎧の騎士だった。
「だから魔王さまの許可を取りに行くんです」
「許可なさると思うか?」
「それがボクの仕事なんです」
「お前だけにそんな大役押しつけて人間はノウノウと店をやってるのか?」
「うーん、と。そうじゃなくって。サワタリ店長に聞いたんですけど、お店と言うのはみんなが1人の為に1人がみんなの為に働く所らしいんです」
「何だそれ。意味分かんねえな?」
そう言って3匹はケラケラと笑う。スライムは素敵な言葉なのに、と言おうと思ったがそれは口にしなかった。代わりにボディバッグを漁る。
「コレ、お店の商品なんです。食べましょう」
そう言って取りだしたのはマシュマロだった。
「なんだコレ?」
スライムはパッケージを器用に裂くと3匹の真ん中に置いた。オレは食事は摂らないからと鎧の騎士は遠慮する。極楽鳥が恐々とした様子で2個とって動く岩石と自分の口に放り込む。
「なんだ、ブニュブニュしてるな。おっ、甘い。甘くて美味いなコレ!」
「炎をの呪文は使えますか? コレ焼いたらもっと美味しいんです」
「そうか、やってみよう」
そう言ってホロホロドリはマシュマロを地面に置くと焼けつく息を吐いた。マシュマロがムクムクと膨らんで倍以上の大きさになる。
「ひゃー、膨らんだぞ。おもしれー」
焼き立てのマシュマロを口に放り込み、感動したのか目を閉じる。味わった後、パッと目を開けて「うめええ!」と幸せそうに言った。
「コレ、置いていきます。みなさんで食べてください」
「えっ、おい。良いのかよ? 貴重な食料じゃないのか?」
「助けて頂きましたから。そのお礼です」
「そうかよ、なんか悪いな!」
「今度一度お店に来てください。もっと美味しい商品がたくさんあります」
「へええ、そうなのか! ちょっと行ってみてえな。なっ、お前ら!」
「極楽鳥は新しい物好きだからな」
鎧の騎士と石像はフフッと笑った。何だかそれが分かりあっている合図のようにも思えてスライムはそれがすごく羨ましかった。
夜も深まり、焚き火を消して暗闇の中スライムは3人の生い立ちを聞いた。
「オレたちは幼馴染なんだ。みんなこの森で生まれて一緒に育ったんだ」
極楽鳥は自慢げに話している。
「いいなあ、幼馴染」
「時々、ケンカもするけど大体は仲良いし。見回りもいつも3匹一緒さ」
「……」
「そう言う意味じゃ、さ。お前の言ってた、みんなが1人の為に1人がみんなの為ってのも分かる気がするな。3匹は1匹の為に1匹は3匹の為に。聞いた時は笑ったけどこうして考えると良い言葉だって思うぜ」
「……」
「おい、ドウドウドリ。スライム寝てるぜ?」
鎧の騎士に言われ、聞き耳を立ててると小さな寝息。スヤスヤと夢の中のようだ。
「なんだ、眠っちまったのかよ。せっかく良いこと言ってたのに」
「小さいのによくここまで来てるよ。明日、出口まで見送ってやろうぜ?」
「そうだな」
ホロホロドリはフフッと笑うと寝がえりをうち「オヤスミ」と呟いた。
◇
翌朝早くねぐらを出立し、鎧の騎士の中に潜伏しながらスライムは森の出口へとたどり着いた。道中、鎧の隙間からすれ違うモンスターを見ていたけれどとても強そうなモンスターばかりで、自身だけであれば恐らく出口までは辿り着けなかっただろうと思った。3匹に感謝すると同時に魔王さまはこれとは比べ物にならないほど恐ろしいのだから、と気持ちを引き締めた。
「ここから西に向かって真っすぐ進め。古びた神殿があるからそこで見張りをしているガーゴイルに『ワレハマオウノシモベナリ』と伝えろ。そうしたら泉の使用を許可してくれるはずだ」
「ワレハマオウノシモベナリ、分かりました!」
去りゆくスライムに極楽鳥は声を掛ける。
「お前の店、今度みんなで行くからよろしくなー」
「ハーイ!」
小さな声と姿はやがて草原へと消えた。3匹は消えてしばらくは様子を窺っていたが戻ってこないのを確かめるとくるりと反転した。
「さて、魔王さまにご報告だ」
ホロホロドリは小さく呟いた。
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