Lv.39 スライムくん神殿にて

 森を抜けたスライムは平原を半日近くかけて懸命に進み、とうとう大陸の端の白亜の神殿へとたどり着いた。正確に言うとそこは神殿ではなく神殿の旧跡。左右にそびえる大きな柱はところどころ倒壊しており、残っている柱も風化して建設当時は見事であっただろう彫刻も半分以上失われている。モンスターの気配はなく、スライムは続く白い石畳の道を孤独に歩いて行く。


「ちょっと疲れたなあ、休もうかなあ」


 折れた柱の断面にひょいと飛び乗り、ボディバッグから赤い木の実を取りだす。森で極楽鳥たちに貰ったものだ。


「みんな優しかったなあ。ホントにお店来てくれるのかな」


 木の実は少し酸味があり、噛むと口の中でプツとはじける感触が面白い。クセになり、たくさん食べていると道の先から生き物の気配がした。警戒してスライムはひょいっと橋らから飛び降りると倒れた柱の下に隠れた。歩いてきたのは背中に翼が生えた大きなモンスター2匹だった。恐ろしく尖って大きい鎌を所持しており、恐らく彼らがガーゴイル。


 ガーゴイルたちがスライムのいる方角へと近づいてくる。スライムは緊張で息をするのも忘れて彼らの動向を伺う。彼らはスライムが先ほどまでいた柱の断面に近付くと腰を屈めた。


「何だこりゃ?」

「(あっ!)」


 スライムは手元にボディバッグが無いのに気づいた。1匹のガーゴイルが鎌の先でそうっとボディバッグの紐をすくう。持ち上げて顔をしかめ、2匹顔を見合わせるとヘラヘラと笑い合い、そのまま持って行ってしまった。


 2匹の姿が見えなくなったのを確認すると影から飛び出しうろたえた。


「どうしよう! サワタリ店長のバッグ! あっ、しまった。シンショとメイシも入ってるんだ!」


 ジタバタとしたが、取り戻さなくてはこの先に進むことは出来ない。意を決するとガーゴイルたちを追いかけた。




「かじりかけのパンと木の実とあと良く分かんねえテガミに……おいコレなんだ?」

「さあ?」


 ガーゴイルはポイッと名刺を投げ捨てた。そこに駆け寄るスライム。名刺を慌てて拾うと大きな声で「返してください!」と叫んだ。


「スライム?」

「こんなところにスライムだと?」


 2匹は顔を腹を抱えてケタケタと笑う。スライムはもう一度大きな声で「返してください!」と言う。


「コレお前の持ち物なのか?」

「そうです。大切な物なんです!」


 ガーゴイルは飽きたようにバッグをポイッと投げた。スライムはバッグに駆け寄りすぐに中身を確認した。先ほど拾った名刺とパンと木の実、それに……


「ない、シンショが、シンショが……」


 辺りを見回すとガーゴイルの足元に丸くクシャクシャになった紙を見つけた。スライムはあまりの衝撃で口元がフルフルと震えた。恐る恐る近づいて確認するとやっぱり親書だった。


「どうしよう。こんなクシャクシャなの、魔王さまに渡さなくちゃいけないのに。ううう、ううう……」


 俯いてグスングスンと言いながら、泣きじゃくるのを一生懸命我慢しているのを見てガーゴイルたちはそっと顔を覗き込む。


「なあお前、魔王さまがどうとか言ってなかったか?」

「ボク、これからこのシンショを魔王さまに届けなくちゃいけないんです。なのにこんなにクシャクシャになって」


 ガーゴイルたちは驚いた様子で向かい合って目を視線を合わせると一言「やめときな」と言った。


「どんな事情があるのか知らねえがお前みたいな下級モンスターにはお顔を拝むことさえ許されないお方だ。悪いことは言わない。死にたくなければここから引き返すんだな」

「……」

「じゃあな。オレたちは泉の警備があるから」


 ガーゴイルたちは冷たく言い残すと立ち去ってしまった。




「あのスライムもう帰ったかな」


 ガーゴイルたちが再び訪れるとその場にまだスライムはいた。一生懸命に親書のシワを取ろうと親書の上で身をよじっている。


「なあ、おい。まだ帰って無かったのかよ? いい加減……」

「ボクは引き返すわけにはいかないんです。大切な仲間が、大切なお店が待っているんです」


 泣き腫らした目で懸命に紙のシワを伸ばしている。その様子を見ていたガーゴイルたちは居たたまれなくなり「ああもう、貸せよ」と親書を取り上げた。平らな石畳の上で手で擦ってシワを伸ばし始める。シワはあまりとれないけれどそれでも擦るのを止めない。


「悪かったな、大切な物なんだろ」

「ハイ。でもボクが悪いんです。置き忘れたりしたから」

「オレたちも悪かったよ。人間が置き忘れたものだと思ったんだ」

「人間の文字が書かれていたからな」


「それを書いたのはおじいさんなんです。おじいさんが魔王さまに会ったら渡しなさいって」

「おじいさん? 何だお前人間と知り合いなのか?」


 尋ねられたスライムはモンスター仙人の住むマヌールの村のこと、自身の働くにこにこマートのことを洗いざらい話した。ガーゴイルたちは最初かなり驚いていたけれど、親書を伸ばしながら静かに聞いてくれた。


「なるほどな、お前に店のみんなの運命がかかっているんだな」

「このシンショが無いと魔王さまは会ってくれないかもしれません。だから、何とか元通りに……」

「ムリだー」


 伸ばしていた方のガーゴイルが諦めたように両手を上げた。随分シワは伸びたけれどそれでも元通りと言うわけにはいかない。


「すまねえ、これ以上は元に戻らない」

「……」

「引き返すか?」

「いえ、ありがとうございます。コレを持っていきます」


 スライムはペコリと頭を下げると親書を大切にボディバッグに仕舞った。ガーゴイルは2匹ともため息をつく。


「ここにいるということは旅の泉を通って魔王さまに会いに行くということだよな」

「ハイ」

「仕方ねえ、案内してやる。ついてこい」




 ガーゴイルに連れられて行った先には、がれきしかなかった。ガーゴイル2匹が鎌を打ち合わせて何か不思議な呪文を唱えると景色が一変する。周囲が真新しい神殿に変化した。スライムの立っていた場は本殿の屋根の下に変化して目の前には底に光を宿したコンコンと湧き出る泉があった。


「オレたちは旅の泉を守る聖なる使い。この泉を通過したくば、旅人よ。合言葉を言え」

「?」


「合言葉だよ、合言葉!」

「合言葉か! えっと、えっと……ワレハマオウノシモベナリ!」


「良いだろう。覚悟あらば泉を通過するがよい」

「?」


「通っていいってことだよ」

「ああ、なるほど!」


 スライムはボディバッグを下ろし中身を確認する。


「えっと、全部袋に入れたから濡れても大丈夫」

「おい、通るのか? 通らないのか?」

「通ります!」

「早くしろ」


 ガーゴイルたちは半笑いで見守っている。

 泉を前にしてスライムは息を大きく吸う。


「そんな気負わなくても大丈夫だ。入ったと思ったらすぐ向こう側に抜けているからな」

「あっ!」


 息を吸うのを止めて声を上げた。


「どうした?」

「シンショありがとうございました!」


 そう言ってスライムは頭を下げる。


「早くいけ」


 ガーゴイルたちは満更でもない笑みを浮かべている。スライムは大きく息を吸い込むと泉の中へと飛び込んだ。


 泉の中は太陽の下より明るく、底の方に光があふれ沈むにつれまばゆさのあまり目が開けられなくなった。光の中へぎゅううっと吸い込まれて意識が遠のくような感覚が押し寄せた。

 気がついた時は水面に浮かんでいて、ものの数秒の出来事だった。息を大きく吸い込んで空を見る。

 紫色の空をどす黒い雲が覆っていた。

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