Lv.40 〇〇を仕入れよう!

「ボクらはみんな仲間さ~チキュウに生まれた仲間さ~にっこにっこみんなでオッカイモノ~」

「おいスライムその歌やめてくれ」

「えっ?」


「そんな弾んだ気分じゃねえんだよ、オレは」

「あ、ごめんなさい」

「まったく! 毒の沼突っ切っているこっちの身にもなってみろ」

「……」


 今、スライムは蓮の葉に乗りそれをオオナマズに引っ張ってもらいながら紫色の毒の沼を横断している。沼のど真ん中にぽっかりと浮かんだように佇む魔王城。その姿がだんだん大きくなってきた。魔王城のとがった先端には雲がかかり、空にはコウモリが飛び交っているのも見える。


「オオナマズさん、魔王さまに会ったことありますか?」

「あるわけねえだろ、オレみたいな下級モンスターが目に入れていいお方じゃねえんだ」

「ふうん」


「言っとくけどお前もオレと同類だからな」

「ハイ!」


 弾んだ声で返事するスライムをオオナマズはあきれ顔で見る。


「ったく、分かってんだか、分かってないんだか……」

「フンフンフーン」


 鼻歌を歌いながらスライムは揺らぐ水面の上で静かに上下する蓮の葉に合わせて身を揺らす。紫色の空を見つめ頭に浮かぶのは同僚たちの笑顔だった。


「みんな、元気かなー」





「アリくん随分作ったねえ」


 働きアリの並べた惣菜を見て沢渡は感心する。売場は随分華やかになり、惣菜部門を始めたころとは比べ物にならないほど見事になった。中でも人気なのは手ごねハンバーグ。しっかり練られた肉と和風ソースが絶妙で売れ行きが非常に良い。惣菜部門が好調なのは指導している高橋の腕もあるが、働きアリのセンスによるところも大きいかった。最近は特に新商品開発に熱を入れていてその理由はスライムだ。


「スライムさんが頑張っていらっしゃるのですから、ボクも頑張らなければいけないと思いまして」

「そうだね」


 ウンウンと頷きながらとある商品に目をとめる。


「これは漬物じゃないか! どうしたんだい!」


 並んでいたのはダイコンとハクサイの漬物。沢渡は思わず喜んでしまった。この世界に来て漬物は長らく食べていなかった。


「高橋さんに教わったんです。実は魔王さま協賛セールのアニバーサリーメニューに出来ないかと相談してまして……」


「さすが高橋くんだ」


 感心したように呟く。高橋は頭が切れる上に相当な物知り。一緒に転移してきたのが彼で良かったと心底思う。


「ところで売れているのかい?」

「それがあまり売れなくて。みなさんもしかしたらどうやって食べていいのか迷っているのかもしれません」

「漬物にはご飯だよね。でも、コメはずっと前に完売しちゃったから……あっ!」


 沢渡は何かを思いついた様子で手をパンッと打ちならした。


「どうされました?」

「ご飯だよ、コメ! コメを売ろう!」

「おコメですか」


 店の在庫のコメは炊いて弁当として販売していたので数か月前に使いきってしまった。レトルトの物もすでに在庫がないのでこの店がコメを取り扱わなくなって久しい。売りたいのならどこかから仕入れて来るしかないが一体どこにあるのか。


「……もしかしてこの世界におコメは無いのかい?」

「この世界? どういう意味ですか」

「ああ、何でもないよ。何でもない」


 沢渡は慌てて手をふって取り繕う。


「そうか、でもアニバーサリー商品でコメを売るのは目玉になるかも知れないな。高橋くんに相談してみよう」




「コメですか」


 高橋はうーんと唸った。


「ダメかい? 良いアイデアだと思ったんだけど」

「あ、イヤ。アイデアは面白いと思います。でもこっちでコメ見たこと無いっすよ」


 沢渡以上に町に行き、この世界の料理を口にしている高橋が言うのだから間違いないだろう。この世界にコメは無いのかもしれない。


「営業終わりにみんなに聞いてみます? もしかしたら見たことある人がいるかもしれないっすよ」




「ここよりずっと東にコメに似た作物を作っているチェスカという村があります。一度生き倒れになりそうなところを村人に助けて頂きました。その時に頂いたのがコメだったと思います」


 がいこつが身振り手振りで教えてくれた。


「コメ、ちゃんとあるんすね」

「どのくらいの生産量か分かるかい?」

「いえ、そこまでは。ただ、たくさん田畑がありましたからそれなりに作っているかとは思いますが」


「そこに行ってみます?」

「問題は誰が行くのか……ガイさんと……」


「えっ、ワタクシがですか!」

「そうだよ。面識があるのなら、行ってもらわないと」

「……ハイ」


「あとは高橋くんだね。いいよね、高橋くん」

「はい」

「ああ、楽しみだな。おコメ、みんなに炊きたてを食べてもらわないと。そうだお店の前でお鍋で炊いてデモンストレーションにしよう。お焦げも作るぞー」


 ワクワクと浮かれる沢渡の顔とは対照的にがいこつの顔は浮かなかった。




「タカハシさん。ワタクシさっき言ってなかったことがあるんです」

「えっ?」


 2人きりになった時にがいこつはそっと切り出した。


「実はチェスカの村でお世話になった時にあちこちの家を荒らして食料を食い逃げしてきてしまったんです。助けてもらったのにお礼も言わずにそんなことをして」

「それは……まずいね……」


 高橋の顔が引きつっている。


「まあ、もう過去のことだから覚えてらっしゃらないかもしれませんが」

「……」

「そんなわけで明日はよろしくお願いいたします」


 ペコリと頭を下げるとがいこつは立ち去った。





 翌日いつもより早くやってきたがいこつとともに店を出立する高橋。結局、がいこつが明かした過去の悪行は沢渡に言うことは出来なかった。がいこつが朝マヌールで借りてきてくれた馬車で向かう。見送るのは沢渡1人。みんなはまだ来ていない。


「気をつけてね」

「ハイ、行ってまいります」

「行ってきます」


 馬車を運転するのがいこつの隣に高橋も並び、2人で手を振ってゆっくりと出立した。




 目の前に広がるのは気持ちの良いほどの高原。なのに心は浮かない。それは小さな不安が心にあるから。高橋は隣のがいこつの様子をうかがう。


「ガイさんさあ、なんか作戦考えた?」

「まずは謝らなくてはいけませんね。商売はそれから」

「許してくれると良いけどね」


「まあ、……大丈夫でしょう」


 高橋は人ごとのように言うがいこつの様子を見て何だか不安だなあとそっと思った。





一方、その頃……


 沼岸にたどりついたスライムはオオナマズに礼をしてチョコレートを渡した。


「ホントに超うめえんだろうな?」

「ハイ!」

「あのな、1つ言っとくぜ!」

「?」


「男は度胸だ!」

「!」


 ジーンと感動したスライムはグッと口元を食いしばった。


「じゃあな。頑張れよ」

「ありがとうございます!」


 沼の中に消えたオオナマズの立てた波紋を消えるまで見つめた後、スライムはヨッシと気合を入れて振り返り、目の前にそびえ立つ魔王城を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る