Lv.41 魔王さまの心
「いいか、お前のような末端の者にはそのお姿を拝ませることさえ憚られる高貴なお方なのだぞ?」
「ハイ」
「お前の持ってきた親書とやらが無ければ到底お会いしてくれることはないのだからな」
「ハイ」
スライムは魔王城の中央を走る真っ直ぐな広い廊下を呪いの巨人の背中を追いかけながら進む。魔王城にいるのは誰も彼も見たことがない恐ろしそうな格上のモンスターたちばかり。顔を見るなど到底できず、すれ違うたびにお辞儀をする。耳を澄ますと聞こえてくる声。
「スライムだ。スライムなんかがどうしてここに」
「魔王さまにお目通りを願うなんて何て不相応ヤツだ」
「殺してしまおうか」
とても恐ろしくて帰りたい気持ちになったが店の仲間の姿を思い出しながら懸命に震える体に鞭を打つ。自分はとうとうここまで来てしまった。来てしまったのだ。達成感を上回る圧倒的な恐怖が押し寄せて身がすくむ。
しばらく進み、大きく細かい装飾を施された立派な門の前で息を飲む。恐らくこの向こうが謁見の間。呪いの巨人が立ち止りスライムを見下ろす。
「この扉の向こうに魔王さまがいらっしゃる。ご無礼の無いようにな」
「ハ、ハイッ。ありがとうございます」
扉の左右にいたナーガとグレートライオンが扉を押し開ける。重そうな扉が内に開いて、隙間から玉座が見えた。とても遠く魔王の表情までは分からないが覇気は十分に伝わってくる。空気がピリピリと震えて緊張感が肌を刺す。顔を見ては失礼なので視線を下げて、一気に部屋の中ほどまで進んで平伏した。
◇
「リンゴ」
「ゴースト」
「トースト」
「トースト」
「トースト」
「トースト」
高橋とプッと吹き出して「ダメだよ、ガイさん」と笑う。
「しりとりは同じ言葉を2度言っちゃいけないんだ」
「ああ、そうなのですか。でも、高橋さんもお使いになられたのでは?」
そうだね、と笑って馬車の手綱を持つ手に力を込める。がいこつに代わってもらって馬車の運転を練習しているのだが割と筋が良いとほめられた。
「スライムくんはすぐに『ん』って言っちゃうんだよね」
「ああ、分かります。ダイコンとかニンジンとか好きですよね」
「今どこにいるんだろうね」
「さあ」
「泣き虫だから店長も心配してるんだよね」
「みんなの期待を背負ってますからね。きっとやってくれますよ」
「ん、アレ?」
高橋は目を凝らして前方を見た。
「あれ人だよ! 人」
「倒れてらっしゃいますね、行きましょう」
馬車を止めると2人は降りて、うつ伏せに倒れていた老婦人に駆け寄った。意識はあるようで、ただ、足を負傷しており立ち上がることが出来ない様子だった。
「大丈夫ですか? 仰向けにしますよ」
体を反転させ対面すると老婦人はイタタと言いながら顔をしかめた。だが、2人の姿を認めると細い目を急にガッと見開き、恐怖を前面に押し出して「ひっひいいい」と叫んだ。
「が、が、が、が、……がいこつ!」
「えっ? ああ、すみません、確かに私はがいこつです」
老婦人は手をブンブンと振り、震えながら「寄るな、寄るな!」と叫んだ。
「ああ、心配しないでください。彼はガイさんと言って自分の仲間です。いいモンスターなんですよ」
「そう、……なんですか?」
老婦人は疑る様な目で2人を見る。がいこつはスカートから出た老婦人の足をそっと触り、「腫れていますね」と言った。
「何があったんですか?」
高橋の問いかけに老婦人は目を覆い、「恥ずかしながらこけたんです」と言った。遠くにモンスターを見つけ慌てて逃げている最中、転んで向こうずねを打ち、痛みのあまり動けずにいたと言う。幸いモンスターはやってこず、何とか命拾いをしたらしい。
「すみません、旅のお方。ずうずうしいお願いとは思いますが私を村まで送ってはくれないでしょうか」
「構いませんよ。どちらの村ですか」
「滝の村、チェスカの村に住んでいます」
◇
「コラボレーションアイテムだと!」
力強い声で怒鳴られスライムは凍りつく。言葉が足りなかったのではないかと焦り、震えながら言葉を継ぎ足す。
「わ、わ、我々にこにこマートは魔王さまに忠誠を誓ったモンスター直営の商店です。ワタクシごとなのですがもうすぐ営業1周年を迎えることになりまして、その記念として魔王さまとのコラボレーションアイテムを……」
スライムは沢渡に仕込まれた通りの言葉を述べた。
「地域に愛される店とやらか。人間とモンスターが共同で営業しているなど前代未聞だ」
そう言って親書をスライムの前に投げる。魔王城に到着したときに門兵に渡していたが、それを読んでくれたようだった。
「とっても素敵な方たちなんです。お優しくて物知りで。ボ、ワタクシ店で働き始めてから毎日が楽しくて」
「貴様、魔王軍の本分を分かっておろうな」
静かな怒りに満ちた声で問われ緊張感が走る。
「人間と懇意にするなど言語道断。このまま、営業を続けるつもりならそれに関わる全てのモンスターを反逆者として処刑することになるが良いか?」
「えっ……」
魔王はフッと笑うと真顔になりスライムを睨みつける。
「戻って店を解体するが良い。ひと月の猶予はやろう」
魔王は立ち上がり壇上を降りた後、スライムの横を通過して出口へと向かった。あっけなく終わってしまった交渉。ずっと旅をして来たのにものの一瞬で終わってしまった。スライムは呆然としていたがハッとして我に返り、このままではダメだと魔王の行く手を塞いだ。
「何のつもりだ、スライム」
「お店は解体しません! 魔王さまの為に営業を続けます」
「我には必要ない」
「一度お店に来てください! 魔王さまもきっと好きになり……」
全てを言い終える前に魔王の強烈な蹴りがスライムをとらえた。スライムはドアへと一直線に飛ばされ勢いよくバウンドすると床へコロコロと転がった。
「立てついた無礼は許してやろう。即刻立ち去るがよい」
「……」
スライムは全身が痛くて怖くて涙が出そうになった。だが、それをグッと我慢して起きあがると魔王の足に縋りついて「お願いします!」と大きな声で叫んだ。
「貴様死にたいようだな」
魔王の右手に魔法力がこもる。それを浴びればきっと死んでしまう。それでもその場を離れるという選択肢はなかった。怖くて震えが止まらなくて、でも「お願いします」と必死で叫ぶ。
「貴様、どうしてそれほどに我に歯向かう?」
「仲間が待っているんです! ボクの帰りを待ってくれている人たちがいるんです」
「……」
「みんな大切な仲間です。お店が大好きなんです。みんなが大好きなんです。やっとお店が軌道に乗って、お仕事を覚えて。みんな半人前だけど一生懸命働いているんです。それを、それを。解体しろ何て言わないでください。とってもとっても大切な場所なんです」
言っているうちにスライムは涙がこぼれてきた。我慢したはずの涙がさめざめと流れる。痛みでは我慢できたのに、店のことを思うとどうしても止められなかった。
「逃げるなら今のうちだぞ」
「逃げません。ボクは、ボクはにこにこマートのバイヤーです。お店の為に交渉して商品を仕入れるのが仕事です」
「覚悟は出来ておろうな?」
「……」
「……良いだろう」
魔王の右手から閃光がほとばしり、そのままスライムを丸ごと包み込んだ。
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