Lv.42 仲間

 魔王から放たれた魔法を浴びてスライムは不思議な心地に包まれる。ああ、自分が消えていく。大切な思い出が頭の中を走馬灯のように駆け抜けめぐり、どんどん光りの中へと消えて行った。全ての思い出が過ぎ去ったあと、頭の中がポーッとして意識が遠のく。全身の力が抜けて全ての傷みからゆるやかに解放された。


 気づくとそこはピンクのモヤの中だった。スライムは一度この景色を見たことがあった。自身がまだ魔王に忠誠を誓っていたころ、傷つき倒れた時に見た夢。顔を上げると女神がいた。


「女神さま」


 スライムは女神を見上げた。優しい微笑みに自身の死を悟る。涙がこぼれてきてどうしようもなかった。


「スライム、あなたは良く頑張りました。自身の持てる限りの力で生き抜いて悔いはないですね」


 ブルブルブルと顔を振る。


「後悔がおありですか?」

「ボクはボクは……」


「ここはどこなんだ?」


 声にスライムは驚き振り向く。そこには魔王が立っていた。


「魔王、久しいですね」

「女神か。忌々しい。また、我に説教するつもりか」

「どうして魔王さまがここに」


 ポカンとするスライムの言葉に女神が頷く。


「恐らくあなた方の体内に残存している天使の涙が魔法力と共鳴してこのような現象を引き起こしたのでしょう」

「天使の涙が残存しているだと?」


「あなたの心の中にまだ他人を愛する心が残っているのです」

「愛だと。そのような戯言を!」


「傷つき倒れた者へかける慈悲くらい残っているでしょう?」

「それは……」


「あなたのような強大な存在に立ち向かったスライムの勇気。認めることは出来ませんか?」

「勇気ではなく無謀だ。自身の身の丈に合わぬ無謀な戦いを挑んだのだ」

「どうしてスライムがそのような無謀な戦いを挑んだか分かりますか?」

「……」


「仲間の為です」


「仲間……」



――仲間とは良いものぞ。



 古い昔に聞いた懐かしい言葉が魔王の心に落ちて波紋を作る。いつしか憧れた温かい言葉。自分には手に入らなかった大切なはずの言葉。


「我に仲間など必要ない」

「1人で生きていける生き物などこの世に存在しないのですよ?」

「……」


「さあ、スライム。あなたはこれまで善に尽くし、懸命に生きてきました。最期に1つあなたの願いを叶えて差し上げましょう」

「……最後の願い」


「何でも良いのですよ。願ってごらんなさい」

「仲間を。お店の仲間を救ってください。魔王さまとコラボレーションしてみんなにまた笑顔で働いて欲しいんです」

今際いまわの際に願うのがそのようなことなのか……」


 魔王がそっと呟く。


「それを叶えるのはどうやら私ではなさそうですね。願い聞き届けてもらえますね、魔王?」

「そのつもりはない」


「あなたの中の光りの存在をお認めになりなさい。愛を否定するのをお止めなさい」

「……」


「魔王さま、ボクが居なくなったあとにこにこマートに向かってください。サワタリ店長に会って話を聞いてください」


「……そのようなこと約束出来ん」


 黙り込む魔王の顔を見てスライムはフルフルと顔を振る。


「きっと魔王さまは叶えてくださいます。ボクの代わりにみんなの仲間になってください、みんなを助けてください……」


 スライムの声が溶けるように余韻を残して、やがてゆっくりとモヤが開けていく。

 魔王がいたのは先ほどまでと変わらない謁見の間。他のモンスターの姿はなく、足元には倒れたスライムがいた。魔王はしゃがみこみスライムに触れた。抱き上げ顔をのぞき見るとスライムは安らかな顔で息絶えていた。





「あっ」


 ロッカールームで沢渡は声を上げた。


「どうしたんですか? サワタリ店長」

「スライムくんの湯飲みが割れているんだよ」


 それはスライムが店で働き始めた時に商品から選ばせて卸ろした湯飲みだった。


「何かあったんじゃ……」

「どうしてですか?」

「どうしてと言われても。うーん、説明が難しいけれどその人が大切にしている物が欠けたり割れたりすると人間はよくそういうことを言うんだよ」

「そうなんですね」


「1人で行かせてしまったけど、こんなに心配ならやっぱり私もついて行けば良かったよ」

「きっとスライムくんが良い知らせを持ち帰ってくれますよ」

「そうだね。きっと、そうだよ。心配しすぎだよね」


 よっし、と言って立ち上がると食べた昼食のパッケージをごみ箱に放り込む。


「同じ湯飲みの在庫があるから取ってくるよ」


 立ち上がると沢渡はロッカールームを出た。

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