Lv.43 鍋

「ううん、渡りたいのだけれど。どうやって行くのか」


 スライムは大河を目の前に足止めを食っていた。対岸には色とりどりの一面の花畑、キラキラと光り輝いていて美しく幸せにあふれた場所のように見える。


 泳いで渡るという選択肢もないわけではないが、見るからに不気味な仄暗い川に入る気にはなれず、二の足を踏んでいた。困って辺りを見回していると上流の方から木製の船がゆっくりと流れてきた。


 船はスライムの目の前で止まり、タラップを降ろす。他に待っているモンスターはおらずスライムを迎えに来たらしい。スライムはタラップに移るとテクテクと船に乗り込んだ。




 船にはたくさんのモンスターが乗り合わせており、姿がはっきりしている者から消えかけている者までたくさんいた。数匹に話しかけたが返事はない。誰も彼も話すことが出来ないようで、静かにぼーっと突っ立っている。


「みんなおしゃべり出来ないのかなー」


 キョロキョロと周囲を伺いながら船上を散策する。船室の扉を見つけ中に入るとそこは操舵室で、がいこつ船長が船の舵を握っていた。


「ガイさん!」


 見た目ががいこつにそっくりでスライムはひどく驚いた。だが、よくよく見ると大きな海賊帽をかぶっており、身なりもコートを羽織ってがいこつよりも豪華だった。


「ん? お前喋れるのか。珍しいな」


 がいこつ船長が視線を落として喋った。


「船長さんココどこなんですか」

「ここは忘却の川。現世と来世を分け隔てる場所だ」

「へええ、来世!」


「この川を渡るうちにみんな川に思い出を捨てていくんだ。川に漂っているのは死者の思い出だ」

「そうなんだー」

「向こう岸にたどりついたら向こうは来世だ。お前も今のうちに心の準備をしておくんだぞ」


「来世かあ。来世はどんなモンスターになるんだろう」

「まったく違ったモンスターに生まれ変わると言われているがな。実のところはワタシもよく知らん」

「向こう岸に行ったら全て忘れちゃうのか」


「さあ、もうそろそろ到着だ。外に出て出立の準備をするがいい」


 スライムは言われるまま船室の外に出ると、船を降りるモンスターの列に並んだ。順に船を降りたモンスターが花畑に降りて光りながら消えていく。


 いよいよスライムの番、タラップをくだり花畑に降りようとした瞬間だった。



――スライムくん!



 スライムは立ち止まり、空を振り仰いだ。


「どうしたスライム?」


 船で見守っていたがいこつ船長が問いかけた。


「今、サワタリ店長の声がしたんです」



――スライムくん!



「今度はリズさんだ」

「気にするな、さっさと行け」



――スライムくん! スライムくん! スライムくん!


 みんなの声が聞こえる。口々にスライムの名を呼んでいる。

 振り返ると白い景色が広がり遠くにみんなの姿が見えた。従業員が勢ぞろいで笑顔で笑っていた。


「みんな!」



――スライムくん!



 皆の声が大きく響いてスライムに届く。涙が溢れ、押さえていた気持ちが込み上げた。


「……たい」

「どうした、スライム?」

「ボクは生きたい! もっと生きたい!」


 声高らかに宣言すると、がいこつ船長の静止を振り切り無我夢中で駆けた。呼び止める声が遠くなり、背後に景色がどんどん流れていく。


「スライムくん!」

「スライムくん!」

「スライムくん!」



 スライムは力を込めて大きく跳ねると両手を広げて待っていた沢渡の腕の中に真っ直ぐに飛び込んだ。




 グッと力を入れて重たい瞼を引き上げるとぼやけた人の輪郭が見えた。


「スライムくん!」


 取り囲んでいたのは店の従業員たちだった。


「ここは……」


 徐々に戻ってくる視力。みんな泣きながらスライムの顔を覗き込んでいた。


「お店だよ! お店に戻ってきたんだよ!」

「お店?」

「にこにこマートだよ! にこにこマート!」

「にこにこマート……」


 呟いたスライムはハッと我に返る。


「そっ、そうだボク魔王さまに殺されて!」


 スライムは飛び起きてキョロキョロと周囲を見渡した。


「大変な思いをさせてしまったね。ごめんよ」


 そう言って沢渡は涙を拭う。


「魔王さまはどうされましたか! コラボレーションの約束を……」


 みんなの顔は笑っていた。


「心配しなくても大丈夫だよ」

「?」

「キミをここまで連れて来てくれたのは魔王さまなんだから」

「!」


 背をトントンと叩く者があって振り向くと魔王がいた。


「魔王……さま」


 ポカンとするスライムに魔王は語り掛ける。


「勇者アスタナが蘇生呪文を使えたのを思い出してな。助けることが出来て良かった」

「魔王のやつが急に無茶を言うからのう。さび付いた魔法力で救えるかどうか心配だったが、何とか効いたみたいで良かったわい」


 そう言って顎髭を触っていたのはモンスター仙人だった。


「おじいさん」

「スライムや。魔王からお前に話があるそうだが、聞く気はあるかい?」

「えっ?」


「人間とモンスターが手を取り合い店を経営するなど言語道断。甚だしく遺憾であるが……」

「?」


「お前の言っていたコレボレーションとやら、お前の勇気と仲間への思いに免じて引き受けよう」





 その夜、従業員たちは店に残りある準備を進めていた。


「鍋奉行がいないから今日は私がやるわ」


 そう言ってリズは腕まくりをする。ガスがないので今日使うのは電気コンロ。魔王は敬遠していたが、それをみんなで無理やり巻き込んだ。最前列に着席させて手に空の椀を持たせる。


「これはお鍋と言いまして私の故郷の料理なんです」

「ほう、どこが故郷なのだ」

「それは言えません」


 沢渡はにこにこと笑う。


「さあ、出来ましたよ」


 リズが蓋を開けるとそこには煮え立った具材。出汁がしみ込んで具材が輝いている。


「さあ、魔王さま」

「うむ」


 魔王はお玉で具材をすくい椀によそう。みんなに走る緊張感。張り詰めた空気の中、魔王が汁を飲む。


「……」


 魔王はしみじみとした様子で椀を見つめる。


「お口に……合いませんでしたか?」


 沢渡は不安げに聞く。正統派な寄せ鍋のスープを使ったがもっとポップなスープの方が良かっただろうか?


「……美味い」


 そう言うともう一度汁を飲んだ。


「五臓六腑に染みわたる何と不思議な料理。素晴らしいのひと言に尽きる」


 みんなの顔が晴れて明るくなった。


「では我々もいただきましょう」


 沢渡の声にみんな手を合わせ「頂きます!」と声を上げる。




「スライムくん! 病み上がりだからそんなに食べたらダメだよ!」


 ウェアウルフが止めるのも聞かずスライムはモリモリと白菜を食べていく。


「ネズくん、そんなに焦らなくても白菜はまだあるから……」


 沢渡の声に被さるようにリズが声を上げる。


「あー! スライムくん、それあたしの肉!」

「こらこら、リズさんも!」


 みんなのやり取りを見ていた魔王は箸を置きやり取りをじっと見つめた。


「お腹張りましたか?」

「いや。みなの分がなくなるかと」


 沢渡はフフッと笑ってしまった。


「サワタリ店長と言ったか」

「?」


「これほどに美味い料理を食べたのは久しぶりだ。もてなし感謝する」

「ああ、いえいえ。とんでもございません。それにね、魔王さま。美味しいのはみんなで食べるからなんですよ」

「……」


「仲間で食べるから美味しいんです!」


 そう言ってスライムは肉団子を頬張る。


 魔王は目を瞑り嬉しそうに笑っている。


「そうか、これが仲間か」


「ボクの大切な仲間です」


 そう言ってスライムは幸せそうに微笑んだ。

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