Lv.20 スライムくん決意する

「驚いた、本当にモンスターが働いてるのね」


 慌ただしく開店準備を進めるモンスターたちを見てリズが感嘆の声を漏らす。


「リズさん、繰り返しになるけれどくれぐれも店で働いていることは……」

「他言無用ですね。大丈夫です、父にも口止めしてありますから」

「バレたら袋叩きにあうかもしれないよね」


 高橋の心配をリズが笑う。


「女だからさすがにないと思うけど、パン屋はお客さんが減るかも知れないわね」

「お父様にご迷惑がかかるね」


 沢渡の心配をリズが笑い飛ばす。


「気にするな、って笑ってた。それでも好きでいてくれる人は買いに来てくれるからって」

「素晴らしいお父様だね」


 沢渡はうんうんと頷く。


「でも、どうしてクイーンズベリーの人はモンスターを毛嫌いしているの?」

「普通よ、誰だって普通はモンスターが怖いものでしょう?」


 至極当然なその言葉に、ああ、自分たちが普通じゃなかったんだ、と沢渡は思い知る。


「リズは?」


 高橋が問う。


「あたしは普通じゃない」


 言って笑う。


「モンスターと一緒にやってるお店があったって良いじゃない。素敵な所だと思うわ」


 そう言ってのけてしまうリズを心底気持ちのいい子だと思う。沢渡は高橋とスライムがもたらしてくれた出会いに感謝した。



 厨房を案内するとリズは目を輝かせた。


「何て立派なキッチンなの」


 広く清潔感にあふれたにこにこマートの厨房。沢渡の頭によぎるのはたくさんの人間が働く姿。ここはかつて人にあふれ、多くの惣菜を作り出してきた場所。


「全部リズさんの好きにしていいよ」


 そう言うとリズは腕まくりし「美味しいパンをたくさん作るわ」と笑った。



 パンが焼けるのは待ち遠しかったけれど、そればかりを待っていては仕事がはかどらない。沢渡はフロアスタッフに交じり野菜の補充をしている。営業当初は野菜をバックヤードから出してきてそれを売場の前に持っていきおぜん立てをして、陳列のみをモンスターに指示していたが、この頃品出しになれたスタッフは自発的にバックヤードから足りない野菜を出してきて一人前に働くことが出来るようになっていた。つい先日までガラガラだった売場もマヌールの村の野菜で満たされ、生き生きとした活気ある店へと生まれ変わっていた。


 野菜の補充をしながら、沢渡はふと考える。この売り場を維持していくためにも仕入れは必要だ。けれど、仕入れの度に責任者の自分が店を離れるのはいかがなものだろう。もしかしたら2日に1度は店を離れなければいけないだろうし、誰か代わりに行ってくれる人物がいるのなら。野菜を見る確かな目、味を見 分ける舌。仕入れを任せられる信頼のおける人物……



「高橋くん、キミバイヤーにならないかい?」

「へ?」


 サービスカウンターで話しかけると高橋は心底驚いた顔をした。


「自分がバイヤーっすか?」

「いやかい?」

「うーん、いやじゃないすけど……」


「レジにはガイさんがいてくれるし、フロアのみんなも仕事に慣れてきたし。キミが行ってくれると助かるんだけど」

「それ店長が行くの面倒だから言ってんじゃないすか?」


 怪訝そうな顔をするので沢渡はいやいやと手を振って否定する。


「私は店長だからやっぱり頻繁に店を開けることが出来ないからね。キミのアイデアには目を見張るものがあるし、その感を生かしてぜひ画期的な商品を見つけて来てほしいんだ」

「うーん、そこまで言われると。……ちょっと考えてみます」

「ありがとう。頼んだよ」


 沢渡は高橋の色よい返事を期待しながら、野菜のPOPを黙々と作った。



 暫くするとほんのりいい匂いが漂ってきた。それがじきに焦げくさい臭いに変わる。沢渡は臭いで失敗したことを悟った。厨房に行き、リズを探すと調理台でパン生地をこねている最中だった。


「あっ、店長。すみません、変な臭いさせちゃって」


 助手のドラゴンがボリボリと頭をかいている。


「火加減がちょっと難しいですよね」


 そう言うリズの顔に焦りの色は全くない。


「失敗は成功の元だというからたくさんトライして良いものを作り上げてくれればいいよ」

「はーい」


 とにかく気落ちしていないようなので良かった。これくらいの失敗を気に病む小人物では困る。彼女にはベーカリーを取り仕切ってもらわなくてはいけないのだから。めげずにトライする彼女に安心をして、沢渡は店内へと戻った。





「店長、自分色々考えたんすけど」


 サービスカウンターで業務表を作っている時に高橋が話しかけてきた。


「何だい?」

「バイヤーの話っす」

「ああ、ずいぶん早いね。もう、考えてくれたのかい」


「店長がいない時は自分が店を回さなくちゃならないじゃないっすか。そうすると村に行ける日も限られてきますし。それに自分、正直味覚にあまり自信が無くて」

「そうかい」


 肩を落としかけた沢渡に高橋が語りかける。


「バイヤーってなんというか探究者ってイメージがあるんす。新しいものを見つけ出す力、先見の明。自分より適任な人物がいるじゃないっすか」


 それは沢渡も考えていた可能性だ。でも、それを実行するにはたくさんのハードルがある。


「スライムくんは数字が分からないからダメだよ」

「えっ、何で分かったんすか」

「何となくね」


「数字分かんないっすかね」

「この間お金数えられなかったからね」

「……」


「良い物を見つける力はあると思うけどバイヤーがするのはあくまで商談・・だからね。数字が分からないと話にならないだろう。それに小さな彼に責任者は荷が重いんじゃないかな」


「数字を教えて、育てましょうよ。きっといいバイヤーになってくれますよ」

「でも、なあ。うーん、スライムくんに任せるならガイさんのほうがしっかりしててもっと……」

「あれ、こんなところで何してるんですか、スライムくん」


 がいこつの声に振り返ると、スライムが目に涙をいっぱい溜めて2人を見上げていた。


「ボクに荷が重いって、荷が重いって……うう、ううう」

「ああ、いや、スライムくん。ごめん、ごめんよ、そんなに深い意味は……」


 その場で派手に泣き出すと警戒したがスライムは涙を我慢してバックヤードへと走っていった。成長した後姿を視線で追いかけ、沢渡はさっき言ったことを後悔する。ひどいことを言って傷つけてしまっただろうか。


 バックヤードに入るとスライムは在庫のお菓子の段ボール箱の間でシクシクと泣いていた。


「スライムくん、さっきの話聞いていたのかい?」


 コクリと頷く。


「ガイさんの方が優秀なのは分かってます。でも、ボクに無理だなんて言わないでください」

「申し訳ないけれどキミはお金の計算が出来ないだろう? 商品を買い付けるというのは本当に重要作業なんだよ。それも分かってる?」


 再びコクリと頷く。


「一生懸命勉強します。教えて下さい、頑張ります」

「責任者になるということはとっても大変なことなんだよ。今みたいに悲しいからって泣くのは許されない。1人で誰にも頼れないんだよ。それでも頑張れる?」

「ハイ」

「……」


 目をジーッと見つめ沢渡は目を閉じる。長い沈黙のあと決意して「よし」と頷く。


「スライムくん」

「ハイ」

「キミを……バイヤーに任命します!」


 沢渡の言葉に次第に目を輝かせるスライム。事態を飲み込めたのか、口をグッと引き結び強いひと言。


「ボク、一生懸命頑張ります!」


 そしてもうひと言。


「ところでサワタリ店長。バイヤーって何ですか?」

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