Lv.19 ベーカリーを作ろう

「美味しいパンが焼けたら〜」

「ハチミツとバターを塗って〜」


 高橋の背中に背負ったリュックの中からそっと聞こえる歌声。高橋とともに歌っているのはスライムだ。


「スライムくんもうちょっとの辛抱だからね」

「ハーイ」


 高橋は今スライムと共にクイーンズベリーの町に来ている。ベーカリーを仕切るパン職人を探すためだ。

 服装は沢渡が持ち帰ってくれたこの世界の物に着替えているし、リュックこそ背負っているけれど十分町に溶け込めている。正体がバレた心配は今のところない。


「あった、パン屋さん発見!」


 高橋の声にリュックの中でスライムが飛び跳ねるのを感じる。ガラスの向こうに並ぶ美味しそうなパンたち。男性店員が焼けたパンを補充していた。


「こんにちはー」


 中に入ると鼻腔をくすぐる芳しい香り。あまりの懐かしさに心が震えそうになる。日本にいた時は出勤前に行きつけのパン屋さんに寄っていつも焼き立てパンを買っていた。まるで日本に戻ったかのような感覚に陥る。男性店員が「いらっしゃい、今焼けたよ」と笑顔を見せてくれた。


 さっそく木製のトレーとトングを持ち、いくつか美味しそうなパンを取る。持ち心地は軽く、照りの入った甘い香りのパン。重量感のある固いパン。あと焼き立てのもの。全部で5点ほど購入し店を出た。


 座れそうな植え込みを探してそこに腰かける。リュックを膝の上に置くと少し開けておいたファスナーの間からそっとパンを差し入れた。


「どう、おいしい?」


 高橋はリュックの中に向かって問いかける。中からモグモグと噛んでいる音が微かにする。


「これは美味しいですね。噛めば噛むほど味わい深くてそれで……」

「次は焼き立て」


 高橋はまだ温かい焼き立てのパンをちぎると再びバッグの中に入れた。食べたスライムが飛び跳ねる。


「焼き立ては格別の味ですね。香りも良いし、感触も柔らかくてすごく美味しいです。これを置いたらお店は大繁盛ですよ」


 スライムがあまりに感動しているので高橋も嬉しくなる。


「他のパン屋さんも探してみようか。もっと良いところもあるかも知れないし」



 あちこち探し回り、大通りや路地裏など様々な場所のパン屋3件見つけてその都度スライムに味見をさせて感想をノートにメモした。


「やっぱり最初の所が美味しかったよね」

「ボクもそう思います」

「最初の所にしようか」


 そう話し合って立ちあがり1番目のパン屋に向けて歩いていた時だった。沿道でパンの試食を配っている若い女性がいた。行きも通ったはずだけど、ガラス張りでは無いので外から見てもパン屋だとは全く気づかなかったのだ。開いた扉から覗く店内は薄暗く、外観も古い。常連でないと入れない雰囲気があった。

 そばかす顔で、でも笑顔が素敵なその女性は高橋を見ると笑顔をよりいっそう輝かせ、


「ぜひ食べて行ってください」


 と言った。結構お腹が張っていたけれど、せっかくなのでこれも食べて行こうとつまむと塩の味がした。塩パンだ。しかもかなり美味しい。異世界に来て塩パンが食べられるとは思っていなかった高橋は感動に打ち震えた。


 店に入り、店内を眺めて再び感動が押し寄せた。たくさん並んでいた中に控えめに陳列された惣菜パンを見つけた。


「コロッケパン!」


 これまで見てきたこの町のパン屋のどこにも惣菜パンは置いていなかった。挟まれたソーセージ、ハンバーグ、目玉焼き。どれも確実に目を惹きつける。


「ああ、いらっしゃい」


 奥から初老の男性が出てきて、低い声で挨拶をした。


「どれも美味しそうですね」


 正直な感想だったのだがそれを男性が笑う。


「恥ずかしいけれど、その変わった物は全部娘が作ったんだ」


 高橋が惣菜パンを見ていたのに気づいていたらしくそう言う。


「もう、人前でやめてよ。お父さん!」

「それはパンじゃない。うちに並べるのも恥ずかしい紛い物ばかりだ」


  恥ずかしいと言ったのは謙遜かと思ったけどそうじゃなかった。


「あたしは一生懸命なのよ! それを……」


 女性の目に涙がにじむ。パンじゃないと言われた商品を見つめ、声を張り上げた。それに父親が応戦する。


「うちはかつて王室にパンを納めていたご用達の店だったんだぞ! その品格って物を分かっていない」

「暇さえあればご用達ご用達って何よ! 美味しいパンを作るのがパン屋の仕事じゃない!」


「最低限パンと言える物を作ってから言え! 邪道に走って店の品格を落とすな!」

「気に入らなければ捨ててしまえば良いでしょ!」


 女性は涙をこぼし、怒りの声を上げると惣菜パンの乗っていたトレーを乱暴に掴んだ。まさか捨ててしまうのだろうかと本気で心配した高橋は女性の所へ行き、「それ全部売ってください!」と宣言した。


「えっ」


 女性と父親が声を上げる。


「ああ、いやお客さんそれは売り物と呼べる代物では……」


 口を挟んだ父親を娘がキッと睨みつける。


「ありがとうございます!」


 涙を拭き、父の言葉をかき消すように声高らかに言うと女性はカウンターまでパンを持っていき、袋詰めし始めた。



「たくさん買っちゃったなー」


 植え込みに座り込んで買った惣菜パンを頬張る。今日は一日中パンばかり食べている。リュックの中でスライムがブツブツ言っているがよく聞き取れない。惣菜パンは懐かしい故郷の味だった。


「タカハシさん。このパン美味しいです」

「だよね。オレも思ってた」

「挟まれたぐちゃぐちゃとしたものも美味しいんですけど……」


「ぐちゃぐちゃって」

「パン生地自体がふっくらしてとても弾力があり美味しいです」


 ハグハグ言いながら食べている音がする。


「このパン、店で売りませんか?」

「……」

「他のパンも味見させてもらって気に入ったら、あのお店にしませんか」


 最初の店も捨てがたいと思ったけれど高橋の心の中には惣菜パンがあった。どうしても消えないあの子の強いまなざし。美味しいパンを作りたいと言う心。高橋はスックと立ち上がるとリュックを抱えた。


「行こうスライムくん、スカウトだ」





 扉を開けて入ると女性が店番をしていた。目は腫れてうつむき加減だったが高橋の姿をみとめると少し驚いた顔をして「どうしたんですか?」と問うてきた。


「お姉さんが他に焼いたパンはどれですか?」

「えっ? ああ、ええっと、そこの丸いパンとあとエピとそれから……」


 指し示すパンを片っ端からトレーに取る。全部取ると「お会計お願いします」と言った。

 会計が終わり、女性が袋詰めしようとしたのを断って高橋はリュックを下ろすと「ここで食べます」と宣言した。


 購入したばかりのパン、まず丸いパンからちぎりリュックに入れた。


「いやあ、感服です。とっても美味しいパンですよ」


 声を聞いた女性が目を丸くする。


「バッグの中に誰がいるの?」


 次にエピを入れるとまた声がする。


「もっちりとした噛み心地。噛めば噛むほどうま味が伝わる。決まりです。タカハシさん」


 高橋は「分かった」と頷くとリュックを横倒しにした。

 中からそっと出てきたものを見て女性は目を剥く。


「ス、ス、ス、ス……スライム!」


 女性は口元を押さえてひどく驚いていた。女性の声を聞きつけて奥から父親まで出てきた。同じように口元を押さえ「スライム!」と驚いた。


「こんにちは」

「しゃべった!!」


 女性と父親が同じようなリアクションをするので、それを見て何だか親子だな、と思った。


 高橋は決意を決めて実は自分たちが草原の店からやってきたこと、現在パン職人を探していることを伝えた。話を聞き終えた父親の方は腕を組んで複雑な表情をしている。


「……言いたいことはよく分かった。モンスターのためにパン職人を探していることも」


 うんうんと頷いた後、父親はその後「でも認められない」と言った。


「モンスターと働くのがダメなんですか?」

「いや、そうじゃない」


 高橋の問いにそう答えると難しそうな顔で言葉を継いだ。


「味見して分かっただろう。娘のパンは半人前だ。責任者として働くにはまだまだ修行が足りない」

「ああ、いや十分美味しいと思いましたよ。たぶん、この町で食べた中で一番美味しいパンだと……」


 すると女性はフッと笑って棚の一番上の食パンを1つ取った。


「父の作った食パンです。食べてみて」


 渡されたパンを高橋はちぎってスライムと半分に割って食べた。噛みしめた後2人はカッと目を見開き、信じられないといった面持ちでパンの断面を見つめた。


「サクッとした周りの生地、もっちりとした中身! まるで、まるで……」


 比喩を探しているスライムに女性が微笑みかける。


「父のパンは世界一なの。だから私のパンは半人前」


 偉大過ぎる父の足元にも及ばない、だから半人前。高橋にもその理屈は分からないことはない、けれど。


「うーん。でもあなたのパンを店で売りたいのです」


 スライムの言葉に父親がうーんと唸る。


「熱意は伝わったよ。でも、娘にはまだ修行が……」

「修行だと思って店で働いて頂けませんか? 多くのモンスターが焼き立てパンを待っているんです」


 高橋の熱心な声に応えて女性が決心したように頷き、顔を上げた。


「父さん、あたし……草原のお店で頑張ってみたい。修行だと思って頑張りたい!」

「そうは言ってもなあ」

「父さんが元気で店を切り盛り出来ているうちに私も外で働いてみたいの。お願い」


 頭を下げた女性を見て決意を感じ取った父親は娘の頭をジーッと見つめて口をグッと引き結び、何かを考えている顔をした。高橋も緊張して唾さえ飲み込めなかった。そして長い沈黙の後、はあっとため息をつき諦めたように言った。


「よし、分かった。認めよう」


 女性が頭をあげてぱあっと笑顔を浮かべる。父親はただし、と言って続ける。


「売るのは私が美味いと認めたパンだけだ。水準に満たない物は売らせない。それでも良いか?」

「良い!」


 父親は女性の目を見て頷くと「よし、分かった!」と声を上げた。女性は嬉しそうな顔でこぶしを作り「よっし」と意気込んだ。

 喜びそのままにスライムにグータッチする。


「あたし、リズ。よろしくねスライムくん」


 こうしてにこにこマートにパン職人がやってきた。

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