Lv.21 スライムくん失敗をする

「ここに8ゴッドで仕入れたキャベツがあります。それをいくらで売るとお店は儲けますか?」


 沢渡は言いながら8ゴッドとホワイトボードに書く。


「うーん、と8より大きい数字だから……」

「お店のことも考えてください。お店にはたくさん人がいるからその人たちのお給料も稼がなくちゃならないし、その他経費が色々とかかりますよ?」


「分かった、100ゴッドです!」


「1玉100ゴッドのキャベツをお客さんは買ってくれますか?」

「……」

「商品には適正価格というものがあります。その商品に見合ったそれぞれの値段と言うことです。ちなみに今お店のキャベツはいくらか覚えてますか?」

「分かりません」


 沢渡はホワイトボードに20ゴッドと書く。


「この20ゴッドの中には従業員の給料、経費、その他いろんなものに掛けるお金が含まれています」


 スライムはフムフムと頷く。


「出来るだけ、安い価格でお客さんに提供するためには仕入れ値があまり高くなってはいけません。これは参考までになのですが、安く仕入れるための技術として大量購入という手があります。たくさん買う代わりに仕入れ値を安くしてもらうという方法です。安く仕入れた商品はセールの目玉商品になります」


「たくさん仕入れると安くしてもらえてると言うことですか」

「そういうことです。ただ、今の時点では大量に仕入れる必要が無いのでまずは定番商品、お店にいつもあって良く売れる商品の買い付けから覚えてください。今日は1日売場を眺めてしっかり商品の売価を暗記してください」

「分かりました!」





「お疲れ様です」


 高橋はペットボトル飲料の品出しをしている最中だった。摩訶不思議の商品であろうペットボトルがこの頃良く売れる。客がついた証かもしれなかった。


「スライムくんどうっすか?」

「数字は100までちゃんと覚えてきたよ」

「へええ、やるじゃないっすか」


「おじいさんに習ったって言ってたからね。仙人にも迷惑をかけているのかもしれないけど」

「きっと、温かい目で見守ってくれてますよ」

「そうかなあ」


 心配する言葉とは裏腹に口元がほころぶ。スライムはバイヤーに指名されてわずか5日後の今日、1から100までの数字をきっちり覚えてきた。自分の仕事に真摯に努力が出来るものがどのくらいいるのだろう。スライムの成長は目を見張るものがあり、教える側としてこれほど嬉しいことはなかった。筍のようにメキメキと育つ彼の姿を頼もしく思うとともに自身もまた責任者として気持ちを引き締めなければ、と沢渡は気持ちを新たにした。





 その後1週間かけてスライムは野菜の価格を暗記し、数字の勉強も頑張って何とか使い物になるまでに成長した。不安要素が全くないと言うわけではないが、少なくともバイヤーに必要とされる知識はかき集め、店を経営して利益を出すということ、利益を出して人を養うということを理解した。


 そして、スライムがいよいよ初めて仕入れに出かける日、沢渡は自身の大切にしていた電卓をスライムに渡した。


「私は一緒に行けないから代わりに電卓を連れて行ってくれ。困った時は電卓と相談して仕入れ価格を決めるんだよ」


 スライムは目をウルウルと潤ませると感激した様子で電卓を大切にボディバッグにしまい顔を上げた。ボディバッグも沢渡が貸したものだった。


「みなさん、お見送りありがとうございます。必ず良い商品を見つけてお店の役に立つことが出来るよう頑張ってまいります」

「スライムくん頑張って!」

「行ってらっしゃい」


「行ってきます!」


 スライムは1人、朝やけでオレンジに光る草原の中を走って行った。



「行っちゃいましたね」


 振る手を下ろして高橋が呟く。


「やっぱりついていけば良かったかな?」


 沢渡は心配でたまらなかった。


「あ、親心っすね」

「違うよ」

「大丈夫っすよ、あんなに頑張ったんだから。さあ、仕事っすよ。今日も儲けるぞー」


 沢渡の心に浮かんだのは密かな期待と少しの不安。親心かもしれないし、もしかしたら商売人としての感が告げているのかもしれなかった。



 日中、沢渡はどうしても仕事が手に付かなかった。何度か従業員の呼び掛けに反応出来なかったこともあったし、気が回らずレジ係に休憩を伝えに行くのを忘れたりもした。代わりに高橋が指示を出してくれて難なきを得たが、明らかに仕事に集中できていなかった。


「そんなに心配しなくても夜には帰ってきますから、信じて待ちましょうよ」


 高橋は気軽に言うけれど、小さなスライムに重役を任せるというのはやはり心配で仕方がなかった。


「スライムくんお金持ってないですし、契約だけしてきて支払いはここでするって決まってるんすから。いざとなれば店長が価格交渉をし直せば……」

「そんな信頼を裏切るようなことはできないよ。村側も交渉の末、信頼して売ってくれるんだから。それにそんなことをするとスライムくんの信頼もガタ落ちだからね。私は信頼するって決めたんだ」


「じゃあ、信じて待ちましょうよ」

「そうだね。うん、そうするよ」


 何だか、高橋に諭された形になり思わず笑ってしまった。信頼しきれていなかった自分が情けなくて指導者失格だな、と思った。



 夜、スライムが3台の馬車と共に帰ってきた。営業も終わりという頃だった。スライムは満足の笑みで馬車から飛び降りる。


「スライムくん、お疲れ様! 大変だったろう」


 沢渡はスライムを抱き上げた。スライムは照れくさそうにして、「遅くなっちゃいましたー」と言った。


「たくさん仕入れてきたんですよ。みんなで頑張って売らないと……」


 スライムは馬車の荷台のひもを引っ張ると自身の仕入れてきた、たくさんの野菜を披露した。


 載っていたのは馬車1台を占領する荷台満杯のキャベツだった。

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