Lv.22 キャベツを売ろう

「ううう、ううう。ボクは、ボクはなんてことを……」

「ちょっとスライムくん泣くならあっち行って欲しいんだけど」


「泣いてません、泣きそうなだけです」

「いやいや、泣きそうなのはこっちだから」


 そう言って高橋は水と卵を混ぜ込んだ粉をグリグリと混ぜている。傍には大量の刻んだキャベツ。


「ところでタカハシさん、何を作ってるんですか?」


 涙をひっこめたスライムは不思議そうに問う。


「お、こ、の、み、や、き」

「オコノミヤキ?」


 高橋はすこしお好み焼きソースを指に出すとスライムの口にグイッと突っ込んだ。舐めた途端今までしょぼくれていたスライムが笑顔を浮かべる。


「甘じょっぱくて、とろりとした舌触り。ほんのり感じる野菜と果物の甘み。何ておいしいタレなんだ!」

「たくさん作るから頑張って売るんだよ」

「ボク、頑張ります!」


 沢渡は昨夜、初めてスライムを叱った。と言っても怒鳴ることはせず、たしなめた程度。多くは言わずとも「あんなに誰が売るんだい?」との冷めた言葉でスライムは自身のしでかしたことの重大さを悟った。


 キャベツは全部で435個あった。一日に売れるのが10個、40日かけて売っているうちにダメになる物もたくさん出てくるだろう。それよりは惣菜を作って少しでもお金に変えるというのが沢渡と高橋、リズで出した結論だった。


 一晩考えて高橋はお好み焼きを作って売ることを提案した。幸い粉なら在庫がたくさんあるし、無い生肉の代わりにベーコンを使えば良い。具材はちょっとさびしいけれどソースをかければ紛うこと無きお好み焼きだ。


 フライパンが十分温まったのを油の様子で確認して、ベーコンを敷き、その上にジュウウッとタネを流し入れる。料理は日頃からしていたし、お好み焼きはよく作るので手なれたものだ。人に振る舞わない時は余り物のスライスしたトマトや漬物も入れたし、時々めんたいマヨネーズをかけたりもしていた。


 お好み焼きが焼けるのを待ちながら、高橋はキャベツをスライサーで削る。スライムが手伝いたそうにウロウロとしていたが手伝えることが無かったので出来たら呼ぶからと伝え、キャベツの売り子をしに行かせた。



 10分後、ふっくらと焼きあがりベーコンはカリカリ、ソースを塗って半分に切断すると1枚分をまとめてパックに入れた。沢渡を呼んできて味見をしてもらい売価の確認をする。上々の評価で、話し合った結果、安めの30ゴッドで売ることにした。


「オコノミヤキー、オコノミヤキですよー。焼きあがりましたー」


 スライムが大声を上げながら店中を駆け回る。売れてほしいと言う必死さがにじみ出ていた。その様子にモンスターたちは何が始まったのだろうと惣菜売り場に詰めかけた。そしてソースの匂いにみんな食いついて試食が飛ぶように売れた。口にしたモンスターはホクホクとした様子で何故か調理場に続く区画扉の前に並び始めた。


 あっという間にお好み焼きの焼きあがり待ちの行列が出来、焼くのが一人では追いつかず、高橋はウェアウルフを呼んできて焼くのを手伝わせた。



 お好み焼きが売れる一方でリズの方も策を講じていた。父親に許可を取った惣菜パンを数種今日から販売する。いきなり惣菜パンという決断に父は最初、あまり良い顔をしていなかったが、キャベツが大量に余っているから店が大変なんだということをしつこく言って許可を得たのだ。


 リズの惣菜パンのこだわりはパンが主役であるということ。惣菜に目が行きがちになるが、最後に残るパンの余韻。ああ、生地が美味しかったと思ってもらえるパンを作りたかった。そのためにはパンを柔らかく仕上げる。噛めばフワッと潰れててもとに戻るモチモチとした食感と香り高い小麦。食材とのハーモニーも考えて、生地作りにはかなり気を使った。


 その後、あらかじめ朝から作っておいたパンに、こんがりと焼き上げたソーセージをキャベツと一緒に挟みこみ、沢渡が提案したケチャップとマスタードという調味料をのせる。初めは食べたことの無いソースに懐疑的だったが食してみると大変美味しく、リズも一発で気に入ってしまった。


 パンを売るのはこれが初日。緊張感はあったけれど不安は無かった。というのもリズのパン作りの修業は生まれた時から始まっていたからだ。父の傍らで味覚を養い、パンを作る感覚をひたすら学んだ。ドラゴンも火加減をだんだん覚えたし、良い物が出来るようになった。物事が始まるきっかけはなんでも良い。今日がきっと最良の日なんだ。みんなのために頑張る。決意を決めてリズはパンを運び出した。



 その日、にこにこマートは大繁盛だった。パンとお好み焼きがたくさん売れて、売り上げも普段の3割増しというところだった。だが全てが順調とはいかず、肝心のキャベツは価格を下げたもののあまり売れなかった。それには原因は2つある。


 1つはモンスターの金銭感覚が薄いということ。数が分かっていないので安くても全く飛びつかず、特段売れると言うことが無かった。もう1つはモンスターは生でかじる以外にキャベツの調理法を知らないと言うこと。キャベツを売るにはモンスターでも出来る調理法を考え提案しなくてはならない。


 従業員の帰った店内で沢渡と高橋は頭をひねる。どうしたらキャベツが売れるのか。


「無限キャベツってどうっすか?」

「なんだいそれ?」

「塩とごま油で和えた生のキャベツっすよ」


 そういうと高橋はビニール袋を取り出し、そこにちぎったキャベツを放りこみ始めた。ごま油と塩をそれに加え、袋の口を閉めてザカザカと振る。


「塩コンブとか入れても美味しいんすけどね」


 高橋は袋を開けると沢渡に差し出した。

 パリッとしたキャベツの触感とほのかなごま油の香り。沢渡はうんうんと頷く。中々の味だ。


「でも、どうやって作り方を伝えるんだい? 紙に書いても読めないモンスターもいるからね」

「あっ、そっか……」


 うーん、うーんと2人で頭をさらにひねる。


「目の前で見本見せたら分かると思うんすけどね」

「それだ!」


 沢渡がポンッと手を打ち鳴らす。


「高橋くん!」

「はい?」


「料理教室をやろう!」

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