Lv.23 高橋、先生になる

「あー、本日講師を務めさせていただきますタカハシと申します」


 パチパチパチと起こる小さな拍手。今日は沢渡肝いりの料理教室だ。教室は店内のイートインコーナーを使ってやる。


「本日は『無限キャベツ』という料理を作っていきたいと思います。このお教室はにこにこマートでキャベツを購入してくださった方が対象です。まだ、買ってないよーと言う方はいらっしゃいませんか?」


 チラホラ手を上げるモンスターがいるので壁際の高橋の所に来てもらい、テーブルの横に置いていた段ボールの中のキャベツを1玉10ゴッドで売る。

 透明のビニール袋を1匹に1つずつ配り、塩コンブとごま油を所々の机に置く。


「では、まず袋を広げてください。あっ、イモムシさんまだキャベツは食べないでください」


 みんなブワッと袋を広げたかと思うと、かぶったり息を吐いてふくらましたりして遊びだす。


「今日はお料理をするんですよ。袋で遊ばないでください。そんなことをしていると袋が破け……あ、ほら破けた」


 ビニール袋を破いた地獄の鎧が困ったようなジェスチャーをする。高橋は地獄の鎧の所まで新しいビニール袋を配りに行く。


「袋を広げたらキャベツを剥いて一口大にちぎって袋に入れます。あ、イモムシさんまだ食べないでください」


 モンスターたちはキャベツをメリメリと剥くと袋に入れる。しゃべらず黙々と作業している姿はまるで子供の工作だなと高橋は思う。


「たくさんちぎって入れたら机に置いてある塩コンブとごま油を入れてください。ごま油はたくさん入れすぎるとベチャベチャになるので入れすぎないように」


 まだ、キャベツをちぎっているモンスターもいるけれど、早いモンスターは早速ごま油を注いでいる。ごま油をたんまり注いだモンスターもいれば、少量しか注いでいないモンスターもいた。


「注いだら少し待ってあげてくださいね。みんなで一緒に作りたいので。ごま油が足りない場合は言ってください」


 全員が注ぎ終えると次の工程。


「空気を含ませ袋の口をくるりと回して閉じたら、みんなで振りましょう。シャカシャカシャカ~」

「シャカシャカシャカ~」


 モンスターたちは嬉しそうにビニール袋を振っている。


「綺麗に混ざったら開けてください」


 そうっと開けた袋の中から漂うごま油の香り。みんなうっとりとした表情を浮かべている。


「出来上がりました。食べていいですよ」


 モンスターたちはキャベツを慎重に取り出すとそっとひとかけ、シャリッとかじる。

 とたんに起こるどよめき。イートインコーナーが騒然とした。


「味見をしたら残りはお家で食べ……」


 高橋の言葉も聞かずモンスターたちはモリモリと本格的に食べ始めた。手をごま油で汚し、テーブルにまでなすりつけ、あたりはごま油のいい匂いと油脂でベチャベチャ。みんな気に入って美味しい美味しいと言って食べてくれた。

 



「お疲れさま」


 声がして顔を上げると沢渡がいた。


「ああ、店長お疲れさまっす」


 高橋は布巾でテーブルを拭っていた。


「ごま油はダメっすね。みんなベチャベチャにしちゃって」


 これまでイートインコーナーを解放していなかったのは恐らく綺麗に使うことが出来ないから。とにかく掃除が大変だと警戒してのこと。そのことが本日証明された。


「たくさんキャベツが売れたよ、塩コンブも。ああ、でもごま油は高いからみんな買えなかったみたいで。代わりにサラダ油を案内したよ」

「そっか、やっぱごま油高いっすよね。モンスターが作れて、安くて、キャベツを使った料理。中々無いっすよね」

「そうだねえ」


「あのっ……」


 声がして振り向くと先ほどの料理教室に参加していた働きアリがいた。

アリは2人を、いや正確に言うと高橋を見上げていた。


「あのっ……」


 緊張して声が出ない様子だ。高橋は背を低く屈めると「どうなさいました?」と優しく問いかける。


「ワタシを……ワタシを!」

「はい?」


「ワタシを弟子にしてください!」





「センセイ、オコノミヤキが焼けました! 次は何をいたしましょう!」

「ああ、じゃあ洗い物を」

「ハイッ」


 ルンルンと楽しそうに洗い物をしている働きアリを見て同じ厨房にいたリズは不審がる。


「高橋くん何アレ?」

「弟子」

「弟子?」

「オレから料理習いたいらしくって」


「料理教えられるの?」

「いんや、あんまり」


 リズはふうんと言うと働きアリの所へ行き声をかけた。


「ねえ、アリさん。洗い物は退屈でしょ? ワタシと一緒にパンを作りましょう」

「ああ、いや。えっと。センセイに聞いてきます」


 働きアリは手を止めて高橋の所へ行くと問いかける。


「センセイ、リズさんが洗い物を止めてパンづくりを一緒にしないかと言っているんですけど」

「ああ、ダメダメ。お好み焼きもっと焼かないと」


 再び働きアリはリズの元へ行くとすみませんがこうこうで……と言い訳する。


「高橋くん! 良いように使ってるだけでしょう?」

「違うよ、お好み焼きも洗い物も修行のうちだから!」

「料理を習いたいなら私の所で惣菜パンを作った方がよっぽど勉強になるわ!」

「リズは助手が欲しいからそう言ってるだけだろ!」

「なんですって!」

「ああ、お二とも喧嘩しないでください……」


 働きアリはオロオロと口げんかの間に割って入ると不安げな声で言った。


「リズさんのお気持ちは嬉しいのです。ですが、ワタシは先生の料理の味に惚れて弟子になったのです。これからもセンセイの元でしっかり修行して良い料理人になりたいと思っています。それでは」


 ぺこりとリズに頭を下げると洗いものの続きに取り掛かった。その姿を2人で見つめる。


「お好み焼き焼かせてるだけでしょ? ちゃんと料理教えてあげないと可哀そうよ」

「うーん」


 高橋は少し考える様子でうなると厨房を後にした。




「やってみたらどうかな?」


 沢渡は高橋の提案に笑顔で頷いた。


「でも、自分あんまり料理知らないし」

「私は美味しいと思ったよ、キミのお好み焼き」

「一端の料理人には程遠そうっすけどね」

「美味しいって食べてくれる人がいたら料理だよ」


 そう言って沢渡は笑う。


「レジもフロアも安定してきたし、キミは忙しくなるけど私と被ってる時は厨房に入ってアリくんを育ててくれればきっといいスタッフになるよ。惣菜部門のないスーパーってのも寂しいから」

「……」

「それにセンセイと呼ばれている責任があるからね」


 高橋は再び考え込むと目を閉じて決意を決めた。



 しばらくして戻ってきた高橋は手にいくつもの料理本を抱えていた。雑誌コーナーから持ってきた商品だった。


「アリくん、実はオレあんまり料理知らないんだ」

「えっ!」


 急な告白に働きアリは愕然とした表情を浮かべる。それを見て高橋は慌てて取り

繕う。


「あ、いや。ある程度は知ってるよ。知ってる」


 それを聞いて働きアリはホッとした様子を見せる。


「でも、人に教えるほどの腕じゃないんだ」

「でも、あんなに美味しい物を……」

「あれは誰でも作れるから!」

「……」


「だからさ、2人で勉強しよう! 料理のこと。食材のこと。試行錯誤してさ、おいしい料理を2人で作ろうよ」


 とたんに働きアリが感激した様子で目をキラキラとさせる。


「センセイ!」

「ああ、そのセンセイってのは……」

「センセイ、たくさん教えてください!」


 ペコリと頭を下げるアリを見て高橋は「ま、いっか」と呟く。


「まあ、とにかくキャベツ料理からだよな……」


 そうしてたった2人の惣菜部門はスタートした。

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