Lv.24 ストライキ

「12号くん、お疲れさま!」


 焼き立ての塩パンを持って沢渡がやってきた。黙っては塩パンを受け取る。


「あと、30分くらいだから終わったらゆっくり休んでね、それじゃ!」


 バタンと閉じられる重たい扉。そこ・・はまた寂しい空間に戻る。

 そっと機械の影から現れる人影。そして彼らの秘密の談話が始まる。


「オレは12号じゃなくって5号だ」

「適当に呼んでんだぜ、きっと」

「なんかさ、オレたち良いように使われているだけじゃねえ?」

「ああ、全くだ。みんな塩パン1つでオレたちの存在を忘れて呑気に営業してやがる」

「店が営業出来ているのがオレたちのおかげだということを誰も気づいていやしない」

「仲間外れにしていい気なもんだ」

「サワタリの野郎に大目玉くらわしてやろうぜ!」





 その日、にこにこマートはいつものように営業していた。焼き立てパンを作り、少しの惣菜を並べ、客を案内し、レジを打ち……、その時、突然照明が落ちた。同時にレジが止まり、音楽も止んで店内が静まり返った。客も従業員も何が起きたのだろうとキョロキョロと天井を見上げている。


 沢渡はバックヤードで発注書を作成している途中だった。作成した発注書はスライムに渡し、仕入れの時の参考にしてもらうつもりで。仕入れの形を模索して、それが一番いいと提案したのは高橋だった。在庫のカブリの葉の数を数えて発注数を記入しようとした所で暗転して紙に書いた文字が見えなくなった。「あれ?」と声がついて出て、とたんに頭をある可能性がよぎった。


 急いで発電室に向かうとドアを開けて尻もちをついた高橋がいた。沢渡の顔を見て泣きそうなひ弱な声を上げる。


「店長大変っすよ! ゴーストくんたちが……」


 扉の向こうで電気がビリビリとほとばしっている。

 たくさんのゴーストがひと固まりに集まり、ものすごい量の電気を放出していた。


「ゴーストくん! 一体どうしたと言うんだい!」


 沢渡は声を張り上げた。


「サワタリてめえ、オレたちのこと何だと思ってやがるんだ!」

「しゃべった!」


 高橋の驚く声をかき消すようにゴーストが怒りをぶちまける。


「みんなで楽しそうに営業しやがって、オレたちは蚊帳の外ってか!」


 あまりの怒りの熱量に沢渡はひるむ。


「違う、違うよ、君たちがいないとお店は……」

「違わねえ! 夜中、働かせて差し入れはパン1個かよ!」

「ごめ……、ごめんよゴーストくん!」

「12号と5号を間違えやがって! どいつも一緒だって思ってんだろ! オレたちを馬鹿にするな!」


 怒りに呼応するように青光りしてそれが沢渡の薄毛をジリリと焼く。ゴーストの怒りは鎮まらず、話せば話すほど膨れ上がっているようなので沢渡はそっと発電室の扉を閉めた。

 少しの沈黙の後、喉の奥から絞り出した言葉。


「……困ったことになったね」


 高橋と顔を見合わせて肩を落とす。


「みんなで話し合いっすよ」


 照明や音楽はともかくレジが打てなくては話しにならないので、客を返し店を臨時休業させて従業員みんなで話し合いの場を持った。


「ゴースト何ていたのかよ」

「ドラゴンさん!」


 沢渡に叱責されてドラゴンがボリボリと頭をかく。


「あ、ああ。すまねえ」

「我々が店を営業出来ているのはゴーストくんたちのおかげです。それはみなさん共通認識としてありますね?」


 みんなが頷く。


「我々が眠っている間でもゴーストくんたちは交代しながらお店のために懸命に発電を続けてくれています」

「あの!」


 軍隊アリが手を上げる。


「差し入れるパンを2つにしてはどうでしょう」

「アリくん、そういう問題じゃないから」


 高橋にたしなめられ軍隊アリは口を噤む。


「サワタリ店長」

「なんですか、ガイさん?」

「実はワタシ、以前から気になっていたことがあるんです」

「何かな?」


「店長、時々番号を間違えて彼らのことを呼ぶでしょう。それは彼らにとってかなり失礼なことなのではないでしょうか」

「ああ、そうだね。そんなことも言ってたね。私も悪かった、反省してるよ。でも、我々には区別のしようが無くて」

「バッジでもつけてもらいます?」


 高橋の提案にみんな「うーん」と頷き、沢渡は「そうしてみようか」と頷いた。




 沢渡が白の画用紙を切りぬいた丸い番号を持って再び発電室に行くとゴーストが激怒した。


「そんなもんつけさせてどうするつもりだ!」

「番号間違えなければ何とかなるって魂胆じゃねえだろな!」


 ほとばしる稲妻に震えながら、沢渡は声を上げる。


「違うよ、ただ我々は……」

「オレたちは二度と発電なんてしねえ! 自分たちで何とかしろ!」




「たぶん、これ愛情が足りないっすよ」


 沢渡の作った番号札を見て高橋が苦言を呈する。


「私はデザインセンスが無いから……」

「自分ちょっと作ってみます」


 そう言うと高橋は雑貨売場へと向かった。


 1時間後、高橋は折り紙で折った花をたくさん持って現れた。花の芯の部分には番号がふってある。花には赤いリボンがついて首から掛けられるようになっていた。


「折り紙だから丸こげになっちゃうっすかね」

「いや、普段は手から部分的に発電してるだけだから大丈夫だろう」


 そう言うとメダルを1つ受け取る。丁寧に折られている。沢渡には折り方さえ分からない。


「花メダル、幼稚園の時、先生がマラソン大会のご褒美にくれたくれたんすよ。とっても嬉しくってしばらく大事にしてたんです。喜んでもらえるか分からないっすけど」

「喜んでくれるよ、きっと」




「花メダルだってよ、どうする」

「いや、メダルごときで舐められちゃこまる」

「でも、ちょっと良くないか? だってメダルだぜ」

「オレたちの目的を思い出せ」

「決まりだな。メダルには屈しない!」


 全員でざわざわと話し合うと沢渡と高橋の方を向き直り、キリッとした顔で要求を突き付ける。


「発電だけで満足してると思うな! 我々にも働かせろ!」

「イヤそれは……ん? 働かせろ?」

「オレたちだって店に出て働きたいんだ!」


 そう言ってバリバリと電気を放出する。沢渡と高橋は思わず顔をガードする。あまりの光量に眩しくて直視できない。


「店長、働かせろってキレてますよ!」


 ほとばしる電気を堪え切れず、沢渡は急いて言葉を発する。


「わ、分かった働かせる! 働かせよう!」


 とたんに静まる電気。ゴーストたちのくりっとした目が揺れている。


「今、今なんと……」

「働かせる」

「1匹だけじゃないだろうな?」

みーんな・・・・だ。みーんな・・・・働いてもらう。全員朝から晩まで店に出て働いてもらう」


 ゴーストたちの目がうるんできた。おいおいと泣いているゴーストもいる。


「約束だぞ! サワタリ店長」

「ああ、男の約束だ」


 約束を取り付けたゴーストたちはひしと抱き合って勝ち取った勝利を喜びあっていた。沢渡は扉をそっと閉めると高橋と一緒にその場を後にする。


「なんか、よく分かんなかったすね」


 高橋は首をかしげている。


「そうだね」


 多分寂しかったのかな、と思ったがそれは言葉にしなかった。沢渡はゴーストたちの喜びあっていた様子を思い出しただ、ほくそ笑んだ。

 



 翌日からゴーストたちは発電をする一方で、空き時間は朝から晩までフロアスタッフとして身を粉にして働いた。首には高橋の作った花メダル。


「18号くん、休憩に入ってください」


 沢渡は品出しをするゴーストに声をかける。ゴーストは物も言わず、フヨフヨと漂うとバックヤードへと入って行った。

 あんなに激怒していたゴーストはまた、元の寡黙なモンスターに戻った。どうして話さないかはまた謎のまま……。

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