Lv.25 ボーナス・ボーナス

「本日はみなさんにとってもいいお知らせがあります」


 朝礼で沢渡が満面の笑みで言う。従業員たちは首を傾げ何だろうという顔をしている。


「みなさんにボーナス・・・・を配布します。なので、夜、仕事が終わったら1人ずつ事務所に来てください」


「ボーナス?」

「ボーナス?」

「何それ?」


 モンスターたちが口々に騒ぎ出す。


「えー、ボーナスと言うのは特別なお給料のことです。日頃頑張ってる人にありがとうございます、という感謝の気持ちを表したお金のことです」


「いいな、みんな。良かったね」


 高橋が残念そうに言うので沢渡は笑う。


「高橋くんにもありますよ。私も貰います」

「えっ、マジッすか!」

「もちろんです。でも、ボーナスが貰えるからと言ってソワソワしてはいけませんよ。今日も1日頑張って働いてください」





「ねえ、ボーナスで何買う?」


 ウェアウルフがドロ魔人に問いかける。


「リズさんのパンが買いたいな。それも一番高いヤツ」

「ベーグルサンド、美味しいよね。中々高くて買えないもんね」

「あとは、チョコレートかな」

「でもボーナスっていくら貰えるのかな?」

「たくさんじゃない?」

「たくさんかな?」

「ううん!」


 どもる声に2匹が振り返ると沢渡が立っていた。


「2人ともしっかり働いてくれないとボーナスは渡せませんよ? 今は仕事の時間です。しっかり働いてください」


 2匹は散って品出しをする。その姿を見て沢渡はくすりと笑う。



「みんな今日は仕事が手に付かないみたいっすよ」

「仕方ないよね。私もなんか気がソワソワしてしまって」

「ええ、店長もっすか?」

「仕方ないよ。だってボーナスだもん」


「でも、円じゃなくてゴッドっすよね」

「もちろん」

「だったら置いといても仕方ないし、パーッと使いません?」

「あっ、いいねえ。でもどこで?」


「クイーンズベリーで美味しいもの食べて豪遊しましょうよ」

「クイーンズベリーかあ。リズさんに美味しいお店聞いてみようか」

「思いっきり高級なステーキが食べたいです」

「私はロブスターなんて食べたいな」

「ううん!」


 どもり声がして振り返るとがいこつがいた。


「サワタリ店長、タカハシさん。職務中はボーナスの話は控えてください」



 その日はちょっと暇だったけれど問題もなく営業を終えて、いよいよ楽しみの仕事終わり。事務所の前にはボーナスを貰うモンスターの行列が出来た。


「ナイトメアさん、いつもありがとう」

「ウルフくん、いつもありがとう」

「コボルトさん、いつもありがとう」

「バーサーくん、いつもありがとう」

「6号くん、ありがとう」


 貰ったモンスターは事務所を出て、中身でも比べているのだろう。外がやたらと騒がしい。


 全てのモンスターにボーナスを渡し終えると沢渡はグーッと伸びをする。


「さーて」


 残りの封筒は2つ。1つは自分の分、もう1つは高橋の分だ。


「高橋くん、いつもありがとう」


 向き合って両手で丁寧に渡され高橋も照れる。


「ありがとうございますっ!」


 高橋も両手で拝みながら恭しく受け取る。受け取った高橋はすぐに中身を確認する。少し、不作法かもしれないがまあ、いまさら気を使う間柄でもないので良しとする。


「えっ、こんなに良いんすか!」

「みんな頑張ってるからね。必要経費を差し引いてみんなで等分したんだ。みーんな一緒だよ」


 高橋は目を潤るませ感激した様子で沢渡を見ている。


「てんちょー、一生ついていくっすよ」

「ははは」


 沢渡は少し照れて頭をさすり「さて、みんなを見送ろうか」と立ちあがった。




 ほくほくした様子で帰って行くみんなを見ていると沢渡も嬉しくなる、今から使い道を一生懸命考えているだろう。みんなよく話し合っているようだ。2人で従業員用の通用口で帰って行くモンスターたちを見送る。


「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」


「サワタリ店長」


 がいこつ剣士が声を掛けてきた。


「いつもお世話になりありがとうございます。本日はこのような賞与まで頂き、本当に感激しております」


「大事に使ってね」

「ハイ」


 がいこつ剣士は丁寧にそう挨拶するとみんなの後を追いかけて一緒に平原へと帰って行った。沢渡はその後ろ姿を見えなくなるまで見送った。





 夜、ロッカールームで寝ながら高橋と話し合った。昼間は意気投合したが、2人一緒にクイーンズベリーに繰り出すのはどう考えても難しい。しっかりとしたスタッフもいるけれど、それでもモンスターとリズだけに店を任せるというのは憚られた。それぞれが休みの日に1人で豪遊しに行くという手もあるがそれではイマイチ楽しくない。


「高橋くん休みの日にリズさんとクイーンズベリーでデートしてきたらどうだい?」

「へ? そんな仲じゃないっすよ」

「ああ、ごめんごめん。深い意味は無いよ。普通に食事してきたらいいと思って」


「食事かあ、リズと一緒なら町も案内してもらえるっすね。誘ってみようかな」

「店長もリズと一緒に行ったらどうっすか」

「こんなおじさんの相手をさせるのは申し訳ないよ」

「そんなことないっすよ」


「私は1人でやりたいことがあるんだ。町には1人で行くよ」

「そうっすか」





 翌日の朝、いつも通りの営業日だというのに時間になってもがいこつ剣士が店にやってこなかった。そろったモンスターたちに昨日何かおかしい様子はなかったかと問うが、いつも通りだったと話す。


 病気だろうかと高橋と話し合ったがモンスターに病気があるのかさえ分からなかった。諦めて店を開店させようとしたら、がいこつがよろめきながら店にやってきた。姿を見て愕然とする。つけている鎧がひどく傷つき腕が折れていた。


「サ、サワタリ店長」


 涙交じりの声でがいこつ剣士が声を上げる。


「ガイさん! 何があったんだい!」


 沢渡は動揺を隠せず問いかける。


「ボーナスを、ボーナスを……」


 がいこつは泣きじゃくりながら言葉を絞り出す。


「ボーナスを人間に奪われました」

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