Lv.3 にこにこマートは転移しました

「店長一回落ち着いて考えましょう」


 胸の前で手を合わせ高橋はひどく動揺している。もっとも動揺しているのは沢渡も一緒だった。


「外に道路見えますよね」

「見えないね」


 高橋が頭を抱え込む。


「何が見えます」

「草原だね」

「やっぱこれって幻覚じゃないのか」

「やはり高橋くんにも見えているのか」


「一体何が起こったんすかね」

「高橋くん、僕どこか変なとこあるかい」

「ないすっよ」

「キミも普通だ」


 お互いの顔をまじまじと見てみるが変わったところなどない。


「どうしちゃったんすかね……」


 高橋が呆気にとられたようにつぶやいて、扉を全開にした時だった。


「あいてっ」


 小さな声がした。扉の裏に人がいる。沢渡と高橋は目を合わせ、同時に扉の向こうをそっと覗きこんだ。人はいない。


「もうびっくりしちゃった」


 また、声がする。


 声のした下方を見ると一匹の小さな青いふよふよとした生き物が扉の向こう側にいた。


「ス、ススススス……」


 高橋はドアをバタンと閉じた。暗闇なので表情こそ見えないが、慌てふためいているのは息遣いで分かる。


「スライムじゃないっすか!」


 ささやき声なのはきっと外に聞こえると失礼だから。冷たいバックヤードに声が響く。ドンドンと扉をノックする音がする。そっと開けるとやはりスライムがいる。


「落ち着け、落ち着け高橋くん。アレは見えていない。見えていないよ」


 高橋は空に祈りそうな勢いで青ざめている。スライムは2人のことなど気にした様子もなく目を輝かせている。


「わあ、すごい。ボク、ダンジョンって初めてなんだ」


 2人で話している隙にスライムが声を躍らせてバックヤードへと入ってしまった。「あっ」と声をあげて呆然と見送る。


「入っちゃいましたよ……」


 暗闇に消えていくスライムの後ろ姿。正気に返り、まずいことだと気付く。


「追いかけよう!」


 視線を合わせ頷くと扉にカギをかけてスライムを追いかけた。




 

 電気がつけるとバックヤードと店内を仕切る区画扉が揺れていた。スライムは店内に侵入したらしい。店内に入るとスライムは出てすぐのところで物珍しそうにキョロキョロしながら野菜売り場を眺めていた。目が合うと嬉しそうに声を弾ませる。


「ダンジョンの中にお店があるんですね」

「ああ、いや……」

「ボク、一度でいいから人間のお店に来てみたかったんだあ」


 嬉しそうに目を輝かせながら店内を散策するように跳ねていく。それに2人でついていく。スライムは不意に果物売り場で立ち止まった。


「あっ、リンゴだ」


 食べたそうな顔をしているが届かない。と思ったらゴムまりのように跳ねあがり器用にリンゴを3つ落とした。


「どれもおいしそうだな。よし、少し食べてみよう。あぐっ」


 スライムはシャリシャリ言わせながらリンゴをほおばっている。


「リンゴ独特の爽やかな香りで酸味が無くて極めてジューシー。日を良く浴びた完熟のリンゴですね」

「……」

「次はこっちの野菜を食べてみよう」


 スライムはジャンプしてごぼうの袋を掴むと床におろし、引きずり出してごぼうの先端をかじりはじめた。


「初めて食べるけれど香り豊かな野菜ですね。土の味もするけれどそれに食材の味が負けていない。これは何という食べ物なんですか」


「……ゴボウです」

「ゴボウ!」


 スライムはゴボウにもう一度かぶりつくと満足そうにうなづいて店の中央部へと走っていった。


「おっ、これは不思議な食べ物だ。何て書いてるんだろう。読めないなあ」


 スライムが焼肉のたれを見上げていたので沢渡はうしろから声をかけた。


「あの、お客様」

「はい?」

「当店はただいま営業時間外でして」


「ああ、本当ですか! 申し訳ありません。すぐに出て行きますので」


 スライムが跳ねながらバックヤードへと向かっていく。区画ドアに体当たりして出ようとしていたが、それを沢渡は店員の本分で呼びとめる。


「お客様!」


 スライムがふり返る。


「商品のお代を」

「はっ、そうでした。危うく忘れるところでした。おいくらですか」

「リンゴ1つとごぼう1本で216円です」


 スライムは飛び上がった。


「すみません、持ち合わせがなくて。これしか持っていないのです」


 スライムが差し出したのは2枚の金貨だった。代金を床に置くとまた来ますと言って去ろうとするので、少し待たせてレジ袋にかじりかけのリンゴとごぼうを入れて持たせた。スライムは感激した様子で「うれしいな、うれしいな」と呟いていた。


 入ってきた従業員用の出口から出すとその後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

見えなくなるや否や、残された2人はただ言葉をなくしてへたへたと座り込む。


「ここどこなんすか」


 高橋の声には力がない。沢渡も何だか事態が飲みこめなくて困り果てる。


「そのお金本物かい?」

「これっすか」


 高橋からスライムの置いていった金貨を受け取った。きらきらと光りとってもキレイだ。重みがあり何だかひどく高価な貨幣のような気がする。表面には『1』と書いてあり合計2……円ではないと思うがとにかくちゃんとしたお金のようだった。お釣りも渡さず返したけれど、リンゴとゴボウに見合った対価なのかもわからない。渡すと高橋は金貨2枚をカシャカシャとすり合わせるとぼそりと呟いた。


「ココ異世界っすよ」

「異世界?」


 非日常の言葉に沢渡は顔をしかめる。


「ほら、ゲームとかあるじゃないすか。冒険していくやつ」

「ああ、ゲーム」

「ラノベでよくあるパターンで、2人ともさっきのデカい雷で死んで店ごとこの世界に転生したんですよ、きっと」


らのべ・・・って何だい」

「最近流行ってる中高生向けの小説っすよ。死んで別の世界に飛ばされるみたいな」

「じゃあ私たちは死んだのかい?」

「ううん。分かんないすけどそんな感じっすかね」


 沢渡は肩を落としため息をついた。なんだかトンデモないことになってしまったのだと途方に暮れる。ほっぺたをつねると痛い。夢でないことは先ほどから感じていた。


「あっ、スマホ!」


 はっと思い出した高橋がバッグを漁り始めた。沢渡もすぐに自身のバッグを漁った。画面を見て肩を落とす。


「Wi-Fiは圏外っすね」

「インターネットもつながらないね」


 壊れてはいないものの、身内に電話をかけるが呼び出し音すらせず、誰ともつながる気配はない。互いの電話も通じない。別の世界というのはあながち論点の外れた可能性でもないのかもしれない。


「近くに街とかないっすかね。ちょっと外に出てみません?」


 高橋がドアを開けかけたところを押しとどめる。


「外はまたモンスターがいるかもしれないだろ。武器を持っていこう」


 あのスライムを見ても恐怖心は湧かなかったが、何が居るか分からない。店内の雑貨売り場に向かい考えた挙句、商品のナベのふたと包丁をそれぞれ持って外へと繰り出した。





 だだっ広い見事な草原で店以外に何もない。目を凝らしたが見えるのは草原と空ばかり。どうやら店が転移したのは草原のど真ん中らしかった。行けども行けども360°草原なので迷子になることを恐れ、店が丁度見えなくなりそうな辺りで諦めて店に戻ることにした。


 店に戻り唖然とする。従業員用の扉の前に人だかりもとい、モンスターの群れが出来ていた。ドアを激しくガチャガチャと開けようとしている。ナベのふたと包丁では太刀打ち出来そうもない。


「店、入れないっすよ」


 高橋がうっかり声をあげると群れがふり返った。ひと固まりになり向かってくる。


「逃げよう!」


 恐怖に駆られ、とっさに搬入口横の扉が脳裏に浮かび2人で駆けていく。カギカギカギ、頭にそれしか浮かばない。カギの束を掴み、裏口のカギを探す。震える手でガチャガチャとカギを突っ込んでいると手元を誤りカギを落とす。拾い上げようとして再び落としているうちに群れに取り囲まれた。一環の終わりと青ざめると目の前にいた、がいこつ剣士があごをガタガタ震わせながら話しだした。


「か、か、……かかかかかかっか」

「か?」


 沢渡と高橋は真っ青な顔で問い返す。


「買い物させろおおお」

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