Lv.4 いらっしゃいませ
こんな形でセールをすることになるとは思わなかった。準備したPOPに特売品。いまさら付け替えは出来ない。気合いを入れてせっかく準備した店内を開けるのは気が咎めた。しかし、拒否するとモンスターに殺されかねない。死んでこの世界に来たのにここで再び死ぬとどうなるのだろうとそんなことをぼんやり考えた。
冷静になり電気が通っている不思議を考えたが、おそらく自家発電に切り替わったのだろう。冷蔵売場や冷凍売場にはちゃんと電力が回っている。ただ、少しでも節電したかったのでその他の電気はつけないまま営業することにした。冷蔵売場と冷凍売場のカバーを開けて開店の準備をする。明かりは外があれほど明るければ大丈夫、ただ気持ちのいい高原の景色を想像しながらシャッターを上げて……絶望した。
モンスターが増えていた。絶望的な状況に2人して言葉をなくし、店内に流れ込むモンスターを押しとどめることも出来ないまま笑顔をひきつらせ「いらっしゃいませー」と呟いた。
◇
「はじめて見るタイプの店だな」
「スライムの野郎、とんでもない店知ってやがるな。商品の量が半端じゃねえ」
「何ていうところなの」
「……にこにこマート新田店と申します」
「へええ、難しい名前だね」
あいづちを打ったゴブリンがかごを受け取る。ほくほくとした様子で店内へ入っていった。沢渡と高橋は入り口で次々にやってくるモンスターに買い物かごを渡している。客足は途絶えることなくすぐに店内はいっぱいになってしまった、モンスターで。かごの使い方が分からず中に入って遊んだり、かぶったりしているモンスターも見受けられるが他のモンスターがかごを下げているのを見つけると、自分もそれにならえと下げて歩き出した。
暴れたらどうしようと不安でいっぱいだったが、モンスターたちは荒ぶることなく買い物を楽しんでいるようだった。懸命に準備した売り場が崩れていくのは複雑な気持ちだったがそれでも商品が売れるとうれしかった。
よく売れたのはパンだった。特に見た目にも食欲をそそるおかずパンから売れて、次に菓子パンが、30分もしないうちに売り場は空になってしまった。
また、来店するモンスターの多くが一番に「ゴボウって何ですか」と口にする。スライムの口コミによるものらしい。モンスターが調理法を知っているとは思えなかったが、満足げに買っていくので止めなかった。みんな生でかじるつもりかもしれない。あまりに売れるので売り場を補充してそれも瞬く間に売れてしまった。
とにかくあちこち良く売れて、前出しをしながら客の様子をうかがっていると外から声が聞こえた。高橋が大慌てで客を呼び止めていた。「お会計が終わってませーん」と叫んでいる。とみんな代金を支払わず帰ろうとしているらしい。沢渡の姿を認めると「てんちょー!」と叫び、応援を求めた。 沢渡はひときわ気合いを入れて、「店内でお支払いを済ませてお帰りくださーい」と手をメガホンにして叫んだ。
一部のモンスターは帰ってしまったが、ほとんどは素直に店内に戻り、案内されたレジへと並んだ。
初めてのレジ、一番に並んでいたのは仏頂面の石像だった。買い物かごいっぱいの野菜。ベジタリアンなのかもしれない。
「いらっしゃいませ」
表情が分からず、怒っているのか、喜んでいるのか。高橋は当り障りの無いよう丁寧に頭を下げてレジにとりかかる。ただしレジといってもレジは動かさない。電卓で記憶の中の大体の価格をたたきながら計算する。
「198円、108円、171円、198円……」
計算しながらチラチラ見るが石像は無表情で動かない、本当はただの石像ではないかと疑ってしまう。
「2238円です」
金額を告げると石像はゆっくりぐぐぐっと動き出し、懐からスライムが持っていたのと似たような金貨を取り出した。トレーに置くことを教えると金貨を握りしめたこぶしを勢いよくふり下ろす。ドガーンと音がしてトレーが壊れてしまった。高橋はぽかんと口を開け、瞬きすら出来ずにいたが、石像が金貨を握りしめた手を持ってくるので高橋が震えながら両手を差し出すと、手にジャラリとあふれんばかりの金貨を乗せた。
高橋は一瞬、思考回路が停止しかけたが少し考えて「ちょうど頂戴いたします」と述べて全部受け取った。黙っている顔が怒っているようにも見えて、お釣りを待っているのかとドキドキしたが石像は無表情で高橋の顔を見つめたあと、何も言わずゆっくりと帰っていった。
◇
高橋が会計をする一方で沢渡はお客様対応に追われていた。まず、自動扉を出たり入ったりして遊んでいるモンスターに注意をし、それからすぐさま騒がしいお菓子売り場に走っていった。大袋のポテトチップスをいくつもパーティー開けにしてミニドラゴン数匹がそれにむさぼりついていた。床に散らばるポテトチップスを見て頭を抱える。
「お客さま困ります! お支払いのお済でない商品の開封はご遠慮下さい。あと、店内は原則飲食禁止です」
「ちぇっ! ちぇっ! けちんぼう」
叱られたミニドラゴンたちは不機嫌にかごの持ち手をくわえ去っていった。
散らかった現場を片付けるためホウキとチリトリを取りに行き掃き掃除していると灰色の大ネズミが「すみません」と言って声をかけてきた。
「薬草ありますか」
考えた沢渡は栄養ドリンクを案内した。ウェアウルフは不思議そうな顔をしていたが効能と使用法などを説明すると納得した様子で数本かごに入れた。
不意にトイレの方から悲鳴が聞こえた。沢渡は顔面蒼白で駆けていく。扉を開くとモンスターたちが逃げるように勢いよく飛び出してきた。右のトイレからウォッシュレットが噴き出していた。びしょびしょになりながらボタンを押して止めると、雑巾を持ってきて水浸しの床を拭いた。
再び悲鳴が聞こえた。走っていくとそこらじゅうで卵が割れていた。一匹のグールが卵パックを開け、客にぶつけている。「お客様おやめください」と叫ぶと沢渡も卵をくらった。
怒りと戸惑いと悲しみが爆発してふらふらと気絶しそうになりながら何とか気を保ちサービスカウンターまでいくと、すがるように店内放送をつけて、蛍の光を流した。
絶妙な案だと思ったが、モンスターは一匹も帰らなかった。仕方がないのでマイクを持ってふるい立つ。
「ええ、本日はにこにこマート新田店にご来店いただき誠にありがとうございます。当店は間もなく閉店いたします。お帰りの際はどうぞお忘れ物の無いようお願いいたします」
天から聞こえてきた声にモンスターたちははっとした。
「神のお告げだ」
「神のお告げだ」
ざわざわとして神妙な面持ちになる。速やかにレジに並びみんな大人しくなった。
沢渡もレジを打ち、2台で対応した。お金の扱いはよく分からなかったがモンスターたちもよく分かっていないようなので素知らぬ顔で回収した金貨の中からを適当に釣銭を渡した。
全ての客を見送ると自動ドアを閉めて高橋と2人、項垂れた。
◇
無理やり閉店させたが外はまだ昼。ただ、営業が続けられないほど店は荒れ2人は疲弊していた。掃除もしなくてはいけないが、転移してきたのは営業終わりの夜なので2人はとにかく腹が減っていた。パンを食べたかったが売り切れてしまったので、仕方なく牛乳を飲みながらシリアルを腹に入れる。食べながら気づく生の実感。濃厚な牛乳は腹の底に染みわたり生きていることを教えてくれる。美味いっすねーと高橋がいうので相槌を打ちながら、2人でこれからのことを話した。
自分たちは巨大な雷に打たれ死んだ。死んでこの世界に転移してきた。ここは高橋のいうように異世界で、それもモンスターの存在する異世界。夢ではない、高橋もそれは感じていたようで恐らく現実であるということ。
高橋が客から得た情報によるとここは高原のど真ん中で、ただ、少し離れた北西に人間の町があるらしいということ。情報を得るため今日はゆっくり休み明日、その町へ向けて歩いていくことにした。
レジをしていて分かったことも少しあって、この世界のお金の単位はゴッドということ。1ゴッドから1000ゴッドまで数種あるらしいが1番客のスライムが出した2ゴッドの貨幣価値は不明だが、その他の客が出してきた金銭の多さを考えると2ゴッドは大した額ではなく店側の損になる可能性がある。清算をしたところ、この騒動での売り上げは全部で10000ゴッドと少し。貨幣価値が不明なため得したのか損したのか分からないような状況だが、この世界の貨幣を手に入れたのは大きな収穫だった。
モンスターのほとんどは文字が読めず、食品についてはあまり理解していなかった。中身の見えない商品はほとんど売れず、代わりに見て分かる肉や野菜、果物が売れたのがその証拠だ。ただ、言葉は通じてそれは救いだった。買い物についてもある程度は理解しており、もしかしたらこの場でそのまま商売出来るかもしれない。どんな状況下でもついつい売り上げを上げることを考えてしまうのは店長としての悲しい性だ。
◇
食事が終わり店内を片付けながら高橋が歌う。あまり上手ではなくてしかも聞いたこと無い曲だった。
「随分楽しそうだね」
疲れた表情で沢渡は問いかける。
「だって異世界転生とか嬉しくないっすか?」
「嬉しくないよ。ワタシは今すぐウチに帰りたい気分だ」
「へええ、奥さんと仲いいんすね」
「いや、そういうわけではないが」
妻は私の帰りを待っていない。別居しているからだ。原因は10年前の沢渡の浮気が原因だった。ちょうど店長になりたての苦しい時期で、いろんな葛藤がありストレスのはけ口がほしかった。苦しみを分け合えるはずの妻は看護師の仕事が忙しく、愚痴をこぼすだけで嫌な顔をされた。次第に仕事の話を家でするのはやめ、代わりにスナックに通った。スナックのママは親身になって話をよく聞いてくれ、すぐ恋仲になった。
浮気がバレて妻は家を出て行った。時々、私のいない時に戻ってきて家のことなどはこなしていくがそれでも戻ってくることはなかった。同居する長男、長女も仲直りするよう取り持ってくれたが会うとケンカになる。顔を見ると素直に振る舞えなくて、でも寂しさのようなものは感じて。自分で壊してしまった家庭だが、幸せなころに戻れたらと何度願ったか分からない。
沢渡の死を知るとどんな反応をするのだろう。泣いてくれるだろうか。次の伴侶をすぐに見つけたりしないだろうか。愛していることをどうして伝えなかったのだろう。どうして浮気などしてしまったのだろう。大切にしなかったのだろう。考えれば考えるほど訳がわからなく陰鬱な気持ちになり、気持ちがふさぎ込む。なんだか明るく振る舞いたくて顔を上げる。
「私も。歌おうかな」
「どぞどぞ」
「僕らはみんな仲間さ〜地球に生まれた仲間さ〜」
「店のテーマソングっすね!」
「にっこにっこみんなでおっ買い物〜」
高橋も一緒にコーラスしてひと時の日常を味わった。
◇
ガラスを割られては困るので、シャッターを下ろした。明るいうちに閉店させるのは初めてだが、これ以上営業する気力は湧かなかった。疲れ果てバックヤードへの扉をくぐる。大量の在庫がある通路を通りながら1週間分で売り切る商品の在庫を眺めた。せっかく今日まで準備してきたスタッフたちに何とわびればいいのか。頭が痛くなり考えることを放棄する。今は眠りたい。寝て起きれば、万が一夢ならきっと覚める。
ロッカールームの小上がりの2畳の畳に何とか2人寝転べるので、そこで休むことにした。明るかったのでジャンパーを抜いて顔に被ると、疲れていたせいかろうそくの灯が消えるようにスッと眠りに落ちていた。
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