Lv.32 ドロンで大パニック
「それはそれは便利な能力ですね」
ドロンの能力を見た高橋が感心して言った。
「ドロンくんに勇者一味に変身してもらって天使の涙を飲ませるというのはどうだろう」
「うーん、いいとは思いますけど。ドロンくん1人に任せるのは少し危険じゃないっすかね」
「では、どうすれば」
「ドロンくん。キミの鏡で他人を変身させることは出来ないのかい」
ドロンはキュッキュッと鳴いて鏡を高橋に渡した。
「えっと、鏡を変身したい人に向けるんですっけ」
そう呟きながら、鏡を沢渡に向けた。高橋の姿がボワンと煙に包まれて、中から出てきたのはもう1人の沢渡。
「どうっすか? 店長になれてるっすか」
顎に手を置いてポーズを決めている。
「ああ、完璧だよ」
「戻る時はどうすればいいんだい?」
「キュッキュッキュキュキュー」
スライムがフンフンと言いながらドロンの言葉を聞いている。
「ああ、何々。他人に偽物と言われたら元に戻るそうです」
「なるほど。キミは偽物だね、高橋くん!」
沢渡の言葉で高橋の姿がボワンと元に戻る。
「コレ良いっすね、店長。これがあればきっと天使の涙を飲ませられますよ」
「そうだね。じゃあ、行くのはボクと高橋くんとドロンくんと……」
「何言ってるすか、店長」
「へ?」
「みんなで行くんすよ。従業員みんなで勇者店に突撃するっすよ」
◇
「ああ、発電の後はこれに尽きる」
勇者がそう言ってグビリと飲むのは本日10本目の栄養ドリンク。飲みほして顔を正面に向けるとツーッと伝う鼻血。
「おっと、また鼻血が」
「勇者ってば、ちょっと大丈夫?」
鼻血を拭う勇者を心配するのは踊り子。きわどい格好の上に法被を羽織り、その手には栄養ドリンク。ドリンクを差し出すとにこりと笑う。
「これを飲んで少し横になるといいわ。顔も洗ってきなさいよ。血だらけでみっともないわ」
「うむ、すまないな。そうさせて貰うとする」
勇者はそう言って11本目の栄養ドリンクを受け取り飲み干すと、バックヤードのロッカールームへと向かった。
洗面所の鏡で見ると鼻の下が血だらけで確かに見れたものではなかった。顔を洗いタオルで拭く。その後、ロッカールームで横になった。天井をみているうちに眠気が襲ってきてウトウト、ウトウト。そのうち勇者は眠ってしまっていた。
「勇者!」
武道家の声に叩き起こされると外はまだ明るかった。陽の位置から寝入ってほとんど経っていないようだった。
「何なんだ一体……」
目をこすりながら問い返すと武道家がかなり慌てた様子で言葉を紡いだ。
「とにかく店内に向かってくれ! 大変なんだ」
言われるまま、店内に向かい、そこで勇者は驚愕の光景を目にした。
武道家と踊り子がそれぞれ10人以上いてみな店内を荒らしまわっていた。振り返る先ほど呼びに来たはずの武道家の姿がない。
「あっ、勇者! 勇者だ!」
全員が振り向き一斉に勇者の元へ駆けてくる。恐怖を覚えた勇者は回れ右をすると一目散に逃げ出した。野菜売り場を駆け抜けてマヨネーズコーナーを通り過ぎレジ付近へと向かう。一斉に追いかけてくる武道家と踊り子。客のモンスターをかき分けながら走り、あたりを見回してサービスカウンターへサッと隠れた。
「チッ、どうなってやがる! いったい誰がこんなことを」
すぐに頭に浮かんだのは沢渡たちの顔。
「まさか、あいつらじゃないだろうな。イヤしかし、商人ふぜいに呪文など……待てよ、モンスターの中にそんな能力を持ったヤツがいたな。そうか、分かったぞ」
そう言ってスックと立ち上がると勇み足で武道家の元へと向かった。
「あっ、勇者!」
勇者はその声に笑み1つ浮かべず胸ぐらをつかむと「お前、偽物だな!」と叫んだ。ボワンと変身が解けて、姿を現したのはウェアウルフだった。
「ああ、変身解けちゃったな」
勇者はフッと笑うと次の武道家の元へと向かった。
「お前も偽物だな!」
ボワンと変身が解けて姿を現したのはがいこつだった。
「ああ、バレてしまいましたか」
ニヤリと笑い、変身を解く法則が偽物と指摘することだと悟った勇者は次々に声を掛けて変身を解いていった。
「お前、偽物だな!」
胸ぐらをつかむと相手が慌てる。
「落ち着け、オレは本物だ!」
身じろぎした武道家を見て手を引っ込め、ホッと息をつく。
「良かった本物か。さっき呼びに来たのはお前か?」
「何の話だ?」
「チッ、あいつも偽物だったか」
「それより勇者、これは一体どうなってやがるんだ?」
「恐らくモンスターの能力を使ってオレたちに化けたのさ」
「本物の踊り子はどこなんだ」
「それも探さないと」
その後、本物を見つけるのにはかなり時間を要したが、やっとのことで探し出した。見つかると本物の踊り子は半泣きで、「勇者、なんとかしてよお」と泣きついた。
3人固まって行動し、偽物を1人ずつ消していくということを繰り返したが偽物が一向に減らない。おかしく思った勇者たちは変身を解いたあとの偽物をこっそりつけた。什器の影でコボルトが鏡を勇者に向けようとしているところだった。見られていることに気付いたコボルトは走ってバックヤードに逃げ込む。それを追いかけてバックヤードへと入った。
探していると突然電気が消えた。一気に暗がりになり、視界が悪くなる。すぐに頭によぎるのは魔法使いのこと。もしかしたら発電をしていた魔法使いに何かあったのかもしれない。慎重に慎重に歩いているとドンッと人影にぶつかった。
「痛たたた。アレ? 勇者?」
互いに尻もちをついて暗闇の中じっと目を凝らす。ぶつかったのは魔法使いだった。
「お前偽物だな!」
掴みかかろうとしたが相手は依然その姿のまま。本物だった。
「おかしいな、さっき交代っていうから勇者に交代してきたんだけれど」
「チッ、小賢しいマネを!」
立ち上がり勇者たちは発電室へと向かった。しかし、そこはもぬけの殻だった。
「どこまでもコケにしやがって!」
憤怒して店内に戻ると偽物を1匹捕まえて「偽物だな!」と怒鳴りつけた。勇者は元の姿に戻ったスライムをサッと捕まえて剣を突き付ける。
「これから1匹づつ捕まえて殺していく! それが嫌なら全員変身を解いて大人しくしろ!」
偽物の間に広まる動揺。動きを止めて互いに「偽物だね」と言いあって変身を解き始める。姿を現したのはにこにこマートの従業員だった。
「スライムくんを放してくれ!」
声を上げた沢渡を勇者はフッと笑う。
「ああ、構わないぞ。スライム1匹大した経験値にもなりはしないからな」
苦渋の顔を浮かべる沢渡に勇者はさらなる言葉を突き付ける。
「ただし、全員お帰り頂こう。そして金輪際ウチには入店しないと約束しろ」
「分かった、約束する」
「良いだろう」
頷くとスライムを沢渡に向けて放り投げた。
「サワタリ店長ー」
スライムの声は震えていた。
「ごめんねスライムくん。怖かったろう」
慰めている沢渡とフッと笑い剣を振り払う。
「さあ、とっととお帰り願おうか」
従業員は悔しそうに揃ってにこにこマートへと帰って行った。
◇
「ああ、疲れた。死ぬほど疲れた」
勇者はロッカールームの小上がりの畳みに座り、愚痴を垂れる。今日はひどく疲弊したので店は閉店させた。
「しかし、ヤツらこんなネズミの小屋みたいなところで良く休めるな」
「あたしこんなとこでずっと住むのはイヤよ」
「まあまあ、問題が片付いたことだし。今日は酒でも飲んでゆっくりしようじゃないか」
魔法使いが置いたのは酒瓶。
「いいねえ、勝利の美酒と言うわけだ」
嬉しそうに武道家が言う。
酒をトクトクとコップに注ぐと4人で乾杯をした。一口飲むと途端に襲ってくる眠気。
「あれ、なんか急に目の前が……」
景色がグラグラと揺れて、机に倒れながらふと勇者はある違和感に気付く。
「そういや、どうして魔法使いがここに……発電しているんじゃ」
ぼやける景色の中、魔法使いの口元が笑った気がした。
「そうか、お前偽物……だ……な」
ボワンと解ける変身。姿を現したのは高橋だった。
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