Lv.33 勇者旅立つ
「ここはどこなんだ」
ピンクのモヤの中で目を覚ました勇者はあたりを見回す。踊り子、武道家、そして発電室にいるはずの魔法使いの姿もあった。
「アレ、勇者? さっきの飲み物は一体……」
事態を飲みこめないでいる魔法使いはひどく驚いた様子で目をパチクリさせていた。
「お前も何か飲まされたんだな。となると撤退したように見せかけて2人以上は店に残っていたと言うことか、周到な作戦だ」
「勇者、アレを見て!」
踊り子が中空を指した。空がまばゆく光り、神々しい光の中から波打つ髪の女性の姿が露わになる。
「女神さま!」
勇者たちは声を揃えて言ったあと、即座に女神に平伏した。神々しい気配を恐れ、顔を上げることすら出来ずにいる。
「勇者とその仲間たち、顔をお上げなさい」
柔らかく包むような声に圧倒された勇者は平伏したまま、緊張した声で女神に問いかける。
「め、女神さまは如何ようなご用事がおありでこのような所に我々を導かれたのですか」
フフと微笑む声がする。
「冒険の旅は順調ですか?」
「それは……」
勇者は顔を上げて女神を見る。
「このような所で足を止め、冒険を中断していては世界を救うことは出来ませんよ」
「ですが、あの店の連中が我々の金を……」
「小さな障害を乗り越えられなくてどうするのです。小さなことに目くじらを立て、復讐をしようなど、それほどにあなた方は小人なのですか」
「いえ、そんなことは」
「冒険を始めた頃のことを思い出してみなさい。世界を救うとの意気込みにあふれ素晴らしかったあの時を。いいですか、勇者。世界を救うのはお金を掛けた強い武器ではなく、あなた方のその心なのですよ。心で世界を救うのです」
「心で世界を救う……」
「邪心にあふれた心で弱い者を苦しめる。あなた方が成し遂げたいのはそんな小さなことなのですか」
勇者たちは言葉を無くして立ちつくしている。
「約束してくださいますね? 冒険の旅は続けると」
「女神さま……」
「さあ、顔をお上げなさい。あなた方にかかった呪いを解いて差し上げましょう」
女神が杖をかざすと勇者たちの全身が光に包まれまばゆく光りだした。強い煌めきの後、すっと消えて後に残るのは体が浮き立つような感触。勇者たちは自身の手をマジマジと見つめ、まるで感覚を確かめるように握ったり閉じたりを繰り返した。
「オレたちは一体何を……」
正気に返った勇者がポツリと呟く。
「私はいつでもあなた方を見守っています。神のご加護があらんことを」
そう言うと女神が再び中空に浮かび上がり、どんどん姿が光に溶けていった。勇者たちはそのまばゆい光に顔をそむけ、気がつくとそこは小さなロッカールームだった。
◇
「高橋さん、リズさんおかえりなさい!」
店に帰ってきた高橋とリズの2人を従業員一同で迎える。
「ただいまー」
「天使の涙は飲ませられましたか」
「ばっちり」
「あとは女神さまが改心させてくれるのを待つばかりね」
「でも、勇者が冒険の旅に戻ったとしてもあのお店はどうなるんすか? あんな厄介なもの残しておくわけには……」
「御心配には及びません」
声がして振り返るとそこには勇者一行がいた。
「あの店は『神の護符』というアイテムで作りだしたお店です。神の護符を破けば恐らく消えるでしょう」
そう言って勇者は道具袋から紙切れを取り出した。
「受け取ってください」
差し出された神の護符を沢渡はそっと受け取った。下手くそな字で『にこにこマート勇者店を作る』と書いてある。これを破けば勇者店は跡形もなくなるということのようだ。
みんな外に出て勇者店の前に立つ。沢渡は心を決めると護符を縦に裂いた。すると勇者店がまばゆく輝きその後丸ごとフッと消えて、そこはもとのただの草地に戻った。
「今までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
頭を素直に下げる勇者一行、まるで別人格に変わったかのような清々しい様子だ。
「先ほどまでの憎しみがまるで無い。憎悪の感情に支配されていた自分たちを今はただ愚かだと思います」
「これからどうされるのですか?」
沢渡の言葉を受け止めて勇者は笑う。
「とりあえず町に戻り旅の準備の支度をしたいと思います」
「魔王を倒しに行かれるのですね」
「ええ、勇者ですから」
そう言ってはにかむと立ち去ろうとする。
「あっ、ちょっと待ってください」
沢渡は勇者一行を呼びとめると店内へと走った。
息を切らし、持ってきたのはイートインコーナーの片隅に置いてあったガスコンロと店の備品の最後のガス3本セットだった。
戸惑う勇者たちに沢渡は微笑みかける。
「あなた方が購入されたものです。持って行ってください」
「ですが、それはモンスターたちから巻き上げたお金で……」
沢渡は勇者にコンロとガスをグイッと押しつける。
「持って行ってください。きっと旅の立派なお供になります」
沢渡の真剣な眼差しを受けて魔法使いが受け取る。
「大事に使わせていただきます」
「おい、魔法使い!」
勇者の咎める声を聞きながら魔法使いは続ける。
「これはあなた方との絆の証です。このコンロを使うたびにあなた方のことを思い出させてもらいます」
にっこり笑う魔法使いを見て勇者もそれ以上はつき返すことをせず、「すみません」と頭を下げる。
「旅には困難も待ち受けていると思いますが、我々はあなた方を応援しています」
勇者は大切そうにコンロとガスを握り締めると仲間とともに去って行く。
「さようならー」
手を振る勇者たち。にこにこマートの従業員一同揃ってお見送り。
「またお越しくださいませー」
揃って頭を下げてそれから手を振る。
「さようならー」
「さようならー」
そうして徐々に小さくなっていく姿を見えなくなるまで見送った。
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