Lv.31 ドロンドロン

 沢渡と高橋の見上げる先には女神。前回会った時と変わらぬ様子で2人に微笑んでいた。


「天使の涙を飲んだのですね、サワタリ、タカハシ」


 沢渡は拳をぎゅっと握りしめると意を決して女神に窮状を訴えた。


「勇者がお店の妨害をするのです。あの手この手でにこにこマートを潰そうとしています。このままではお店が……」

「サワタリ」

「はい」


「あなた方の店を思う気持ち。痛いほどよく分かります」

「では!」


「ですが私にはどうすることも出来ません」

「!」

「何でっすか! 女神さま」


 思わず高橋も声を上げる。


「私は慈悲をかけることは出来ます。ですが、どんな目的であれ、人々の思いのこもったものを取り潰しする悪行は働けないのです」

「そんな、では我々にこのまま潰れろと!」


 熱くなる沢渡の拳に女神がふわりと触れる。


「憎しみの心を捨てなさい。神はあなた方の善行を見ています。人を恨まず、誠心を尽くしなさい」

「しかし」


 そう言った切り沢渡は黙ってしまう。高橋も何か考えこんでいて話さない。

 それ以上縋ることも出来ず立ち尽くし、静かな時間と共にやがて夢の明けが訪れる。辺りが光り、徐々に明けていく夢の中でようやく何かを思いついた高橋が「あのっ!」と叫ぶ。


「勇者に天使の涙を飲ませるのはアリっすか!」


 女神は何も言わず微笑んで頷く。女神の姿が光に溶けてまばゆく光る。

目を開けると真っ白な天井だった。




「さっきのどういう意味、高橋くん」


 起きた沢渡は高橋に問う。夢の最後に高橋が放った、勇者に天使の涙を飲ませてもいいのかという質問の意味。


「モンスター仙人が言ってたじゃないっすか。モンスターに飲ませたら女神さまが夢の中で邪心を取り払ってくれるって」

「あっ、そっか。そういうことか!」

「もしかしたら勇者の邪心を夢の中で取り払ってくれるんじゃないかって」

「ああ、でも。それはモンスターに限った話じゃないのかい」


「あの勇者邪心まみれだからきっと大丈夫っすよ。それに聞いたら女神頷いてたじゃないっすか」

「確かに」

「あの勇者に天使の涙を飲ませて女神さまに改心させてもらいましょう」




「いらない」


 沢渡の差し出したパンと牛乳のセットを勇者は断った。


「頑張っているから差し入れをと思ったんだけれど……」

「以前毒入り鍋を食わされているんだ。同じ手には引っ掛からないぞ」

「そうかい。とっても美味しい自慢のパンなんだけれどね」


 毒ではないけれど牛乳には勿論天使の涙が入っているし、念のためリズのパンには天使の涙を練り込んでいる。


「ウチの商品は早くも完売が続出しているぞ。それに比べてお前の店は商品が腐り始めているんじゃないのか? ああ?」


 勇者はケタケタと笑うと店の中へと戻っていった。




「食べ物を食べさせるのは無理だね」


 勇者が手を付けなかった4人分の朝食セットをカウンターに置いて沢渡は頭をひねる。


「食べてくれないとアイテムの効果も何も関係ないっすからね」


 2人でウンウンと頭をひねっていると従業員が出勤してきた。


「おはようございます、サワタリ店長、タカハシさん」


 皆の元気な声に気持ちが和む。


「ああ、みなさんおはよう」

「そちらの朝食セットはどうされたのですか? 随分たくさんあるようですけど」


 がいこつが不思議そうに問うてきた。


「ああ、実は……」


 沢渡はみんなにモンスター仙人に貰った天使の涙の存在、それを勇者一向に飲ませようとしているということをかいつまんで話した。


「なるほどそれでは勇者たちに天使の涙を飲ませると女神さまのお力で冒険の旅を続けさせることが出来るというのですね」

「問題はどうやって飲ませるかということなんだよなあ」


 高橋の言葉にみんなでウーンと唸る。考え込んでいても仕方がないので沢渡は気を取り直すようにパンパンッと手を叩き、みんなの気持ちを引き締める。


「私も何かの策を考えておきます。みなさんはとにかく一所懸命お店を営業することだけ考えてください。一番ダメなのは勇者に屈することです。お前たちなんか関係ないよとの意気で頑張りましょう」

「ハイッ!」


 みんなの目は死んでいない。だが、早く策を講じなければ店は大赤字。沢渡は必死で策を考え続けた。




 焼きたてパンが出るたびにモンスターたちは買いに来るけど、パンだけで店の中には入らない。仕方がないのでアリの作ったお惣菜も並べる。その成果で徐々に客足が戻ったと思ったら勇者がまたパフォーマンスを始める。今度はフライドポテトの揚げたて販売。モンスターたちはそれに群がって買い求めている。流れていくモンスターたちを引き留める手段もなくただ見送るだけ。売り子をしていた灰ネズミも「美味しそうだなあ」と呟く始末。


 何の具体策も講じられないまま昼になり、沢渡は高橋のもとへ行った。昼休憩に入ると告げるためである。すると高橋が目を丸くして、


「さっき、来てたじゃないっすか。もう休憩に入ってるかと思ってましたよ」

 と不思議なことを言う。身に覚えなどないし、休憩もたった今から入る。釈然としなかったが疲れているせいだろうと思って深く考えず追及はしなかった。




 休憩を終え、高橋の所に行き業務に戻ることを知らせると、


「さっき来てたじゃないっすか!」

 とまた言われた。どうもおかしい。


 沢渡はすぐに勇み足で店内を回った。

 店内を隈なく探し、お菓子売り場で前出ししている沢渡を見つけた。おかしい、沢渡が二人いる。


「お前偽物だな!」


 沢渡が詰め寄ろうとしたら、前出ししていた沢渡は「キューーーー」と鳴いてボワンと変身し、手鏡を持ったフワフワとしたお化けのモンスターの姿になった。


「あっ、ドロンくん!」


 姿を見たスライムが声を上げる。


「知り合いなのかい?」


 沢渡の問いにスライムはコクリと頷く。


「ドロンくんは手鏡に映した相手の姿に変身できるという特技があるんです」

「!」


 沢渡はとっさにドロンの体をガシリと掴む。


「キミにぜひ協力して欲しいことがあるんだ!」 

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