Lv.30 勇者再び
「今日は何売ろっかなー」
その日、スライムはいつものように草原を跳ねながら出勤していた。
「おや、こんな所に建物あったっけ?」
にこにこマートに隣接する大きな建物。にこにこマートとすごく似ている。
「まだ、時間あるし入ってみようかなー」
にこにこマートと同じ自動扉にも驚いたけれど、驚愕したのはその中身。それは、まるで、まるで……
「にこにこマートじゃないか!」
店の配置から置いている商品、全てが一緒。キョロキョロと売場を眺めていると店員がやってきた。
「いらっしゃいませー」
出迎えてくれたのは見たことのある
スライムはダッシュして店を出るとにこにこマートに向かい裏口から入って店内に向かった。
「サワタリ店長! サワタリ店長!」
沢渡は営業前のレジの準備をしている最中だった。
「ああ、おはようスライムくん」
「大変なんです! 隣に、隣に!」
「隣に?」
「勇者が現れました!」
スライムの報告に驚いて沢渡が外に出ると昨日は無かったはずのにこにこマートをコピーしたような建物が隣にあった。中から店員が出てきて店前の掃除をしている。顔が合うと彼はニヤリと笑って中に入って行った。沢渡はスライムとともに血相を変えて、隣のにこにこマートへと向かった。
「いらっしゃいませー」
皮の鎧の上に、にこにこマートの法被をはおり背には剣を装備して大げさな格好で頭を下げるのは以前みんなで返り討ちにした
「これは一体どういうことなんだ!」
手を広げて問い詰める沢渡を勇者が笑う。
「フフフ、驚いたか?」
騒ぎを嗅ぎつけて仲間の武道家と踊り子がやってきた。2人も法被を着ている。
「幻のアイテム『神の護符』を手に入れたオレたちは神に祈り、お前たちの店を丸ごとコピーさせてもらった」
「なんだと!」
「さしずめにこにこマート勇者店と言ったところか。オレたちは冒険を中断させてお前たちに復讐する。にこにこマートを営業妨害して潰し、それから魔王を倒しに行くのでも遅くはない」
「それが勇者のすることか!」
「何とでも言え。オレたちは今はただの復讐者だ」
「いけないのはお前たちじゃないか!」
スライムの訴えを勇者はフッと笑い飛ばす。
「ハッハッハ、泣いて謝っても遅いぞ。どちらかの店が潰れるまで勝負しようじゃないか」
沢渡はこぶしを握りしめ、声を張り上げる。
「店をコピー出来ても信念までコピーできると思うな! 帰るよ、スライムくん!」
沢渡は憤然として勇者店を後にする。スライムはその後を追いかけた。
朝礼で沢渡は勇者店のことをみんなに報告した。あの勇者たちが復讐にやってきた、と。みんな驚いて中には恐怖で震える者もいた。
「みなさんに覚えていて欲しいことは、あの勇者たちはスタッフまでコピー出来なかったということです。商品は一緒かもしれません。店構えも。でも、決定的に違うこと。それはスタッフの差です。我々にはこれまで培ってきたノウハウがあります。ライバル店が出来たからと恐れることはありません。我々はいつも通りお客様に真心を差し上げればいいのです」
「あのサワタリ店長」
「ガイさん、何ですか?」
「見た目が全く同じなので私はさっき間違えてあちらに入ってしまいました。お店の前で呼び掛ける人員を配置してはどうでしょう」
「そうですね、考えてみます」
「店長」
「何ですか、高橋くん」
「それだったらいっそのこと焼き立てパンをお店の前で売るのはどうっすか? 差別化にもつながりますし、お店のPRにもなります」
「いい案だね。そうしてみよう。構わないかい、リズさん?」
「もちろんです。勇者を返り討ちにしてやりましょう!」
◇
営業中、沢渡は時々外に出ては勇者店の様子を伺った。営業しているのが勇者と言うこともあり、客もまばら。ほとんどが新田店の方にやってくる。焼き立てパンは良く売れているし、中でも新作のメロンパンは中々評判が良かった。心配していたほどのことは無いな、と思いかけて店内に戻ろうと思った時、勇者店の方に動きがあった。
何と、店の前でステーキを焼き始めた。勇者の手から放たれる炎の呪文。ブスブスと焼きあがるステーキ。派手なパフォーマンスに誘われて客がドンドン流れて行く。
「ステーキ焼きあがりましたよー! みなさん買って行きませんかー!」
沢渡と目が合うと勇者は嫌味な笑顔でニヤリと笑い、「毎度ありー」とやってくる客たちに販売をした。
「高橋くん! 我々もステーキを売ろう!」
息巻いて、品出しをしていた高橋に詰め寄ると呆れたような表情で落ち着いてください、と言われた。
「うちの在庫もそのままコピーしたのならステーキ用の肉は大して置いていないんじゃないっすか? そんなパフォーマンスすぐに底をつきますよ」
「しかし……」
「みんなにノウハウまでコピーできないって言ったのは店長っすよ。みんなちゃんと頑張っているんだからきっとお客さんは来てくれますよ」
しかし、高橋の言葉とは裏腹に客は減るばかりだった。とうとう店内客は10匹にも満たなくなり、居ても立っても居られなくなった沢渡はスライムを伴うと勇者店の調査に出かけた。
勇者店の中はモンスターでいっぱいだった。いたるところで詰め放題とタイムセールが行われている。トマトが1個1ゴッドには大変驚いた。これでは大赤字。そんな心配をしていると背後から「何かお探しですかー」と声がした。
スライムが沢渡の後ろにサッと隠れる。勇者が余裕の笑みを浮かべて立っていた。
「どうだ、オヤジ。まいったか?」
「こんな経営続くはずがない!」
「その通り! 続かなくてもいいのさ! お前たちの店を潰せればそれでいいのだから」
ハハハッと高笑いすると商品のピーマンを手に取った。
「欲しければ売ってやるぞ? 持ち帰ってお前の店で売るか?」
「馬鹿にするな! 我々には我々のやり方がある!」
手を広げそう怒鳴った時、店内の明かりがチカチカと点滅した。
「おっと、時間だな」
勇者の言葉が気になり、沢渡は問う。
「そういや、誰が発電しているんだ? ゴーストはいないはずじゃ」
「気になるか? 気になるのなら教えてやってもいい」
ニヤリと笑うと自信たっぷりの笑みで続ける。
「聞いて驚け。魔法使いが今、全力で発電している。なんと2人制の12時間交代で発電しているんだぞ! ハハハッすごいだろう!」
「……」
「そんなわけでオレはこれから12時間発電に向かう。寝ずに明日の朝まで発電だ。おっと店の中を見て行きたいのなら自由に見て行って良いぞ。まあ、せいぜい頑張るんだな!」
沢渡はお前もな、という言葉を引っ込め去りゆく勇者の後ろ姿を見つめた。
店に戻り休憩時間、一緒になったコボルトが食べている物を見て沢渡はムッとした。
「コボルトさんそれ……」
食べていたのはステーキだった。
「すみません。つい。美味しそうで」
少し遠慮勝ちに口にしている。
「食べますか?」
「いいよ」
「すみません」
申し訳なさいっぱいに食べているので、沢渡も悪いことを言ってしまった気がしてごまかすようにごろりと寝転ぶ。目を瞑り考えるのは店のこと。
「今は良いけれど、これが続くとまずいよね。売り上げも余り良くないし、このまま商売の邪魔をされると」
「お店ごと無くなってくれればいいんですけどね」
それを聞いて沢渡はハッとする。
「それだ、コボルトさん!」
休憩時間を終えた沢渡はすぐ、高橋に相談しに行った。
「高橋くん! 女神さまに頼もう!」
「へ?」
高橋を壁際に誘い小声で続ける。
「女神さまに頼むんだよ。勇者店を転移させてくれって」
高橋は怪訝な表情を浮かべている。
「どこにですか?」
「うーん、それは考えていないけど」
「モンスター仙人と話したんすよね。この世界に店は残さないって。自分たちの店が無くなっても勇者店がどこかにあったら意味ないっすよ」
「じゃあ、どうすれば」
「お願いするなら勇者店を取り潰すなり、何なりしないと」
「そんなこと出来るかな?」
「さあ」
高橋が客に声を掛けられたのでそれ以上は話すことが出来ず、沢渡はその日の営業終わりまで悶々としていた。
2人で話し合い、その日、沢渡と高橋は仙人から譲り受けた天使の涙を少量飲んで寝た。気がつくと淡いピンクの夢の中で待っていたのは優しく微笑む女神だった。
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