Lv.29 リズと高橋

「今日は全部おごりね」

「はいはい、分かってるって」


 今日はリズのパン工房はお休み。高橋とリズは2人でクイーンズベリーの町を巡っている。こうして町に来るのはもう3度目になる。女性は買い物が長いということ、買いもしない物をあれやこれやと言いながら見ること、そしてリズに限ってだが眺めるのは調理道具ばかりということを学んだ。洋服やアクセサリーの1つでも欲しがってくれればいいのにちっとも色気が無いよな、と高橋は思う。


「ねえ、どっちがいいと思う?」


 リズが今、手にしているのは少し長めの食パン型と短くて太い食パン型。


「食パン焼くの?」

「実は家で毎日父さんに少しずつ習ってるの。まだ売るのは許可してもらえて無いけど、だいぶ上手になってきたから。お店のみんなに食べて貰いたいなと思って」


 店で一日中パンを焼いているのに家に帰っても練習をしているというのには驚きだったが、根っからのパン職人なのだな、と改めて思う。

 それにしても食パンは長らく食べていない。だから朝食に食パンを食べられるというのはすごくありがたい。備品のトースターでカリカリに焼いてバターをのせて、そんなことを想像する。


「こっちかな?」


 高橋が食べたのは正方形のスタンダードな大きくて短い食パン。


「じゃあ、それにしよう。おじさんコレください」

「ハイよ」


 リズがパン型の入った紙袋を受け取り高橋が支払いをする。店の備品になるのであとで沢渡に請求するつもりだ。


「さて、次はどうする?」

「美味しいご飯を食べに行きましょう」




 リズが案内してくれたのは町はずれの小さなレストラン。小洒落た店構えで入り口にはクイーンズベリーの国旗。リズに問うと王室ご用達の店、ということだった。


「リズ、ここ高いんじゃないの?」


 囁くようにしゃべるとメニューを見ていたリズが笑う。


「私も少し持ってるから大丈夫よ」


 心配する高橋をよそにリズはウキウキと食べるものを選んでいる。


「私は本日のおススメにするけれど」

「じゃあ、オレもそうしようかな」

「あと、別でローストビーフ頼もうよ。ここのとっても美味しいのよ」

「いいね、そうしようか」


 ウェイターにリズが注文をして料理が出てくるのを待つ。


「高橋くんはさあ、恋人居ないの?」

「ああ、学生のころはいたけど。にこにこマートで働き始めてから休みの予定とか合わなくて」

「学生? 何それ」


「ああ、いや。そっかここには学校って制度が無いのか」

「なんか言った?」

「ああ、イヤなんでも無い」

「ふーん。まーた隠し事か」


 リズが元気がなさそうな表情を見せるので高橋も気になる。


「どういう意味?」

「ずっと、店長と高橋くん隠し事してるでしょ?」

「それは……」

「さすがの私でも気付いちゃうかなあ、って」


「……」

「突然お店が出来たこともそうだし、商品にしても。なんとなーくこの世界の物じゃないんじゃないかなあって気がしてたんだ」

「リズ、オレ……」


「私ね、前に絵本で読んだことあるの。昔々、異世界からやってきた勇者が仲間と冒険をしてこの世界を救ったっていう話。その絵本を読んでからずっと異世界ってどんなところだろうって考えていたけれどきっと高橋くんたちの世界のことだと今は思うんだ」


「リズ、実はオレと店長は」

「ああ、いいの話さなくて。胸にしまっておいて。でも、これだけは言わせて」

「?」


「私、高橋くんのこと好きだよ」


 高橋は目をパチクリさせて見たが、リズはにっこりと笑っていた。


 その時、ちょうどのタイミングで出てきたローストビーフ。リズがひと際明るい声で「さあ、食べよう」と言う。少し戸惑いはあったが、促されて高橋も皿に手を伸ばす。


 柔らかい肉は噛めば噛むほどうま味があふれ、甘みと辛みの効いたスパイシーな絶妙のソース。王室ご用達というのも頷けた。手がどんどんと進み、二人でぺろりと平らげてしまった。


 食事を終えて店を出るがリズとは気まずいまま。いや、気まずく感じているのは高橋の方だけかもしれない。リズが店に寄ってくれと言うのでリズの家のパン屋へと足を運んだ。


「ああ、高橋さんいらっしゃい」

「こんにちは」

「いつもリズの相手をしてくれてありがとう。ちょうど焼き立てがあるから食べて行かないかい?」

「ああ、いえすみません。実はご飯食べたばかりでお腹いっぱいで」

「お父さん、高橋くんにアレ食べさせて」


 そう言うとリズは店の奥へと言ってしまった。


「お腹が張ってるって言ってるのにねえ」


 そう言いながら父親が出してきたのはたくさんの焼き菓子だった。お腹が張っているけれどお菓子は別腹。1つ摘まむと口に放り込む。ほろほろと崩れ、ほのかなバニラの香りとアーモンドプードルの味が口内に広がった。


「おいしいよー、リズ!」

「当たり前ー」


 店の奥からリズの声がする。それを父親は、はしたない子だと笑う。


「娘のことをいうのは何だけど、実はリズはこの頃パンを焼く腕が上がって」

「あっ、分かります! もともと美味しかったんですけど、より一層味が深くなったというか」

「店のみなさんのおかげだよ。もしかしたらパン職人はパンを食べてもらえることで成長するのかもしれないね」


 高橋はウンウンと頷く。その時、リズが紙包みを持ってきた。


「朝焼いたの。高橋くんの教えてくれたメロンパン。食べたことないから再現出来てるか分からないけど、食べて」


 以前、高橋が雑談をした時に教えたメロンパン。パン生地の上に甘いクッキー生地が乗った日本人おなじみのパンだ。リズはその特徴を覚えていて再現したのだ。

見た目はほぼほぼメロンパン。問題は味。噛むとサクッとクッキーが崩れ、パンがモチッと潰れる。甘くてほんのり香る爽やかなメロン果汁。


「リズ! これ、メロンパンだよ!」


 感激した高橋はパンを持ったまま喜びの声を上げる。

 父親は怪訝な顔をしていたが、高橋が勧めると味見だと言い訳してガブリとかぶりついた。難しい顔をしながらかじったメロンパンの断面をマジマジと見つめながら味をかみしめている。


「どう?」

「……」


 心配そうな顔でリズが見つめる。


「これは美味いなあ」


 首を傾げながらモグモグと食べ進めている。


「にこにこマートで売ってもいい?」

「……」


「お願い、売らせて」

「自分からもお願いします」


 高橋とリズは一緒に頭を下げる。


「おいおい、2人で一緒に頭下げて。交際の許しでも得てる訳でも無いだろうに」


 クスクスと父親が笑っている。高橋は少しドキリとした。


「いいよ。許可しよう」


「やったー!」


 その後、父親は興味深げに作り方などを聞いていた。リズがお父さんも作りたいの、と問うといや、お父さんは作らないからお前が作った物を売るんだ、と言う。リズの頑張りを見て少しづつ父親の心にも小さな変化が訪れているのかもしれない。




 その後、リズの家に招かれて母親も交えて楽しい時を過ごした。リズの幼少期の話や父親のことを聞き、日は暮れてもうじき夕方。帰る高橋をリズが町の入り口まで送ってくれた。向かい合ってするのはいつものサヨナラ。でも、少しだけ、いつもよりほんの少しだけ違う。


「私ね、高橋くんのこと好きだけど沢渡店長のことも好きなのよ」

「えっ? ああ。そっかそういう意味か……」


「ううん。違う、でもそう言うことにする。だって、いつまで一緒にいられるか分からないじゃない」

「……」


「もし、2人が居なくなってしまっても、私、教えてもらったメロンパン焼いて頑張るから」

「うん、そっか。ありがとう」


 高橋は何となく寂しさがこみ上げてそれ以上言うことが出来なかった。間髪入れずリズから差し出された握手。


「何の握手?」

「これからもよろしくね、って握手」


 リズは笑っている。高橋は手を握る。


「今日は楽しかったわ、ありがとう」

「こっちこそ」


 帰って行く高橋の背中にぶつけられる言葉。


「高橋くん、私立派なパン職人になるから!」


 声が少し揺れている気がした。


「美味しいパンを焼き続けるから!」


「約束だぞ!」


 リズの声に高橋はガッツポーズで応えた。 

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