Lv.11 夢の中で

 スライムたちを従業員用出口から見送り、鍵をかける。24時間発電をしてくれているゴーストの所へ行き、お菓子を差し入れして労いの言葉をかけると、沢渡と高橋は事務所に詰めた。


「なんで売り上げがマイナスなんだい?」


 沢渡がぐったり疲れた顔をする。スーパーは1円でも利益を上げなくては話にならない。なのに今日の売り上げはマイナス3450ゴッド、清算を担当した高橋も難しい顔をしている。


「なんか、お釣りの受け渡しを間違ったみたいっす。1000ゴッドと10ゴッドが似てるじゃないっすか。50ゴッドを返すところを5000ゴッド返金したりして」

「お金の区別はついていると思ったんだけれど」

「練習では出来ていても実際のお客さんを目の前にするとパニックになるみたいっす」


「間違ってるのは誰だい?」

「たぶんナイトメアさんじゃないかと思うんすけど」

「ああ、彼は確かに上がり症みたいだね」


「あとは電卓の打ち間違いとか」

「ううん、それはどうしようもないね」

「でも電卓叩いて出たら1000ゴッドだって平気で返しちゃいますからね。間違ってるのも全く気付いてないし。しばらくは付き添って見ていてあげないといけませんよね」


 うーんと2人は腕を組む。賢いモンスターを雇ったつもりだがそれでも計算を正確にこなせというのは少々無理があるかもしれない。

 本当は研修期間も設けたい。店を休んでしっかりトレーニングしてある程度の水準にまで達したい。でも、それは無理だった。売れるのを待っている鮮度の落ちた野菜がたくさんある。賞味期限は待ってくれず、実践をこなしながら成長していってもらうしかなかった。


「そういや思ったんすけど」


 高橋がおもむろに話し出したので沢渡は「ん?」と耳を傾ける。


「従業員とお客さんの区別つきにくくないっすか? 自分、今日5回は間違えたんすけど」

「確かにね。何か腕章みたいなものがあればいいよね」


 そう言って沢渡は立ち上がるとバックヤードへと消えていった。5分ほどして戻ってきた時、手には段ボールを抱えていた。段ボールからひと固まりの赤い布を取り出すと「じゃーん」と言って広げた。


法被はっぴ!」


 にこにこマートと背中に印字された赤い法被だった。


「特別なセールの時に使うものなんだけど。いいよね、使っても」


 入社して3カ月の高橋は初めて見る法被に興味深々。袖に腕を通し感触を確かめる。


「いいっすね。お店みたいっす」

「みたいじゃなくてお店なんだよ」


 沢渡は苦笑する。


「みんな喜びますよ、きっと」

「でも、法被じゃスライムくんは着られないな」

「スライムくんには何か別の方法を考えましょうよ」

「そうだね。さて、反省はこれくらいにしてご飯にしよう。腹減りだ」


「何ラーメンにしようかな」

「私は塩だな」


 この頃菓子やシリアルに飽きて、試食用の調理道具を使いペットボトルの天然水を沸かし、ラーメンを作ることを覚えた。異世界でも人間らしく生活することは出来る。ここがスーパーで良かった、心底思う。





 その晩、沢渡は不思議な夢を見た。気がつくと淡いピンクのモヤに包まれた空間にいて、周囲を見回したが何もない。歩くとふかふかと揺れて不思議な柔らかさがある。そっと手を伸ばし、モヤを掴むとふわりと切れて再び沈む。なんとも幻想的で不思議な心地の夢。さまよい歩いていると人の姿が見えた。近づくとシルエットがあらわになる。


「あっ、店長!」


 いたのは高橋だった。


「うわあ、なんか髪型までリアル!」


 髪のことは放っておいてくれと思う。


「これ夢っすよね」

「ああ、夢だね」


 顔を引っ張るが痛くない。やはり夢のようだ。

 不意に空が神々しく光り輝いた。光は形を帯びてだんだんと人の形になって行く。姿を現したのは波打つ長い髪の、羽衣を纏った女性だった。


 沢渡は息を飲む。あまりの人間離れ美しさに目が反らせない。期待が膨らんで、腹の中から言葉が自然と湧きあがってくる。


「め、女神さま……ですか?」


 どうして女神と思ったのかは分からない。何せ会ったことが無いのだ。なのにどうしてそう思うのか。それは本能がそうであると告げていたからだ。


「サワタリ、タカハシ。お店の方は順調ですか?」


 女神は優しく微笑んで話しかけてきた。沢渡は涙がにじみそうになるのを堪えて声を絞り出す。


「女神さま、ここはどこなんですか!」

「私は夢を使いあなた方の潜在意識に語りかけています」


 聞きたいのはそういうことではない。この世界のこと、モンスターの存在するこの世界のことが聞きたかった。


「女神さまここ、やっぱり異世界っすよね」


女神はにっこりと頷く。


「わ、我々は死んだのですか!」


 沢渡が震えながら聞くと女神は首を左右に振った。


「あなた方は死んでなどいません」


 沢渡は目を見開く。


「死んで……いない?」

「はい」


 皮膚を撫でるような女神の声がスーッと心にしみわたる。


「あの日、嵐の夜。雷の落ちた瞬間、私は店とあなた方を救うため、店ごとそちらの世界へ転移させました」

「転移……でも、どうして」


「にこにこマートがみなさんに愛された店だからです。人々のにこにこマートを思う気持ち、ひしと私にも伝わっていましたよ」


 その言葉に目頭が熱くなる。


「本当は今すぐにでも元に戻してあげたいのです。でも、店ごと転移させるには大きな力が必要です。私が力を溜めるまで今しばらく待ってくれますね」

「で、ではその間我々はどうすれば……」


「せっかく始めたお店です。頑張って続けてみてはどうですか」

「お店の物も腐りそうだし、でも捨てるところもないし」

「あなた方の活動はその地域にいい影響を及ぼしています。モンスターたちもあなた方のおかげで穏やかに楽しく暮らせているようです」


 女神の姿が次第にゆっくりと光に包まれ声が遠のいていく。


「頑張っていればご褒美も考えておきましょう。しばし、ゆるりと……」


 やがて夢の明けが近づく。ゆっくりと目を開けるといつもの天井があった。





 朝食をとりながらすぐさま二人は夢のことを話し合った。高橋も同じ夢を見ていたらしく、話題はすぐに転移のきっかけのことになった。


「となると雷に打たれて店が駄目になりそうなところを女神さまが救ってくれたってことっすね」

「力を溜めるまで、って言ってたけれどどのくらいかかるのだろうね」

「うーん、そこは分かんないっす」


「まあ、とにかく死んでなかった。日本に戻れるということだよ」


 急に元気を出した沢渡を見て高橋が苦笑する。


「どうします。店長働きます?」

「ああ、そうだよね。戻れるのなら働かなくても。でも従業員雇ってしまったし、今さら」


「ですよね。ああ、それに頑張ってたらご褒美くれるって言ってたっすね」

「そういや言ってたね」

「どんなご褒美かなー。新車、欲しいなー」

「そんな生々しいご褒美ではないと思うけど」


 2人でしきりにあれこれと欲しい物を挙げたあと静まりかえり沢渡は決意を告げる。


「戻れるまでお店続けてもいいかな」

「もちろんっす」


 沢渡はホッとしたのと押し寄せた事実で涙がこぼれそうになる。それを見た高橋がバンッと背を叩く。


「てーんちょ。頑張りましょ」


 沢渡は一緒に転移してきたのが高橋で良かったとしみじみ思った。





「みなさんには今日から法被を羽織って業務にあたってもらいます。これを着ている以上みなさんはお店の従業員として逃げも隠れも出来ません。臆することなく堂々と振るまって頂きたいです」


 高橋が一列に並んだ従業員たちに法被を配って行く。みんな受け取り嬉しそうなそして少し緊張したような表情を見せる。そんな中、自分の分がないと知ったスライムががっかりした表情を見せる。高橋はニコニコと笑うと「スライムくんはこれ」と言って手に持っていた物をスライムに張り付けた。それはキラキラと輝くギフト用のリボンだった。スライムは嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる。


「今日の目標は30000ゴッドです。本日もよろしくお願いいたします!」

「お願いいたします!」


 従業員たちは声を張り上げると意気揚々と開店準備に取り掛かった。

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