Lv.10 船出

「イラッシャイマセ」


 がいこつ剣士は丁寧に頭を下げるとかごを引き寄せて商品のスキャンを開始した。


『218円、108円、340円……』


 最初は売価を読み上げるレジに驚いていたモンスターたちも慣れて、がいこつ剣士のスムーズな所作を見ている。


「レジが全部終わったら小計を押す」


 呟きながらがいこつ剣士が小計をさがす。


「あった、これだ」


 小計をタンッと押すと合計金額が表示される。合計の1786円から1の位を捨てて178ゴッドがこの世界での買い物金額ということになる。客役の沢渡が出した200ゴッドを受け取ると電卓をぱちぱちと押し「22ゴッドのお返しです」と丁寧に渡した。


「そして一括取り消し、取り消し」


 レジを操作し終えてがいこつ剣士は「終わりました」と述べる。

 一連の動作を見ていた沢渡は拍手をした。


「ガイさん中々上手でしたよ。すばらしい」


 がいこつ剣士なのでガイさん・・・・と沢渡は呼ぶ。がいこつ剣士は照れた様子で頭をさすっている。


「小計と一括取り消しの位置が分かりにくいですね。あとですべてのレジにシールを張っておきますのでそれを見て押してください」

「分かりました」


 がいこつ剣士は初めて見たばかりの電卓を使い、レジを難なくこなした。他のモンスターもと密かに期待したが練習もなしにそうしたことが出来たのは彼だけだった。


 ともかく電気が通り、レジが使えるようになったのは非常にありがたかった。20匹のゴーストたちがシフト制で2時間交代で発電してくれている。店内も明るいし、音楽だってかけることも出来る。店がどんどん店らしくなっていく。嬉しさのあまり、にやにやとしていると「サワタリ店長」と呼ばれた。


 ドルイドがレジの練習をしたそうに見上げていた。きゅっと気を引き締めると「ドルイドさんお願いします」と言って動作を見つめた。ドルイドは何だか、やりにくそうにスキャンしていた。どこか変、何か違う。ああ、そうかと理解して沢渡はレジ側に回ると手本を見せる。


「右手で取って、スキャンするときに左手に渡して左手で空のかごに置く」


 ドルイドは沢渡の言葉をそのまま復唱しながら、見よう見まねで動作を行う。


「中々難しいですね」

「慣れが大事なのでスムーズに出来るまで繰り返してくださいね」

「分かりました」


 2匹と3匹に分かれ計5匹で2台のレジを使い、ひたすらレジの練習を繰り返す。思ったよりみんな真面目でしっかり練習もしてくれているが、頻繁に聞こえるエラー音。明らかに練習時間が少ないことは分かっている。人間ですら戸惑う業務なのにモンスターにやれというのはいささか無理がある。それでも人はいない。やるしかない。失敗したからと言って死ぬわけじゃない。日本で働いていたころは失敗するとこの世の終わりのような気がしていた。客は少しのミスも許さず、正確であることを求める。声が小さくて怒るし、笑顔が少なければ睨まれたとクレームを入れ、ピアスをしているだけで心地が悪いと言う。 


 その点モンスターはミスをしても恐らく気付かない。というより、ミスが分かっても咎めない可能性がある。寛容なのがモンスターのいいところだよな、とふと思う。


 そろそろ開店、高橋の元へいくとフロア担当の4匹を引き連れ仲よさそうに品出しをしていた。在庫チェックなどは高橋が担当して、出さなければいけない商品を売場の前に置いておく。それを見つけたら品出しをする手はずになっている。


「あれ、スライムくんは?」

「商品の最終チェックに行くって言ってたっす」


 野菜売り場に行くと冷蔵の葉野菜の所をうろついていた。


「スライムくん。そろそろ店を開店させようと思ってるんだけど構わないかい」

「あっ、サワタリ店長! ボク、商品のことが覚えられなくて」

「少しずつでいいんだよ」


「見たこともない食品ばかりなので困ってしまって」

「ははは。いろんな商品があって楽しいだろう? 行こう、朝礼だ。そのあと試食販売の打ち合わせもしよう」

「はい!」



「ええ、本日は従業員が揃って初めて迎える営業日初日です。分からないことも多いかと思いますがみんなで協力して助け合っていきましょう!」

「はいっ!」


 フロアに凛と響く声、何だか懐かしくてあの頃に帰ったのだと勘違いしてしまいそうになる。揃う従業員の顔は違えど、ここはにこにこマート新田店。愛する職場が戻ってきたのだとほんのり嬉しくなる。



 シャッターを上げると自動ドアの向こう側にモンスターの姿が見えた。自動ドアのスイッチを入れるとゆっくりと開いて開き切ると通常モードになって開閉しだし、客を迎える。モンスターたちはひどく驚いて摩訶不思議な物を見るように目を凝らしていた。自動扉もだが天から降り注ぐ音楽もまた不思議がり、買い物もせずただ天井を見上げてどこから聞こえているのだろうと音源を探していた。


 品出しはフロアスタッフに任せ、沢渡は客の少ない時間帯にスライムに試食販売の説明をした。


「今日売ってもらうのはこれだよ」


 パッケージを見せるがスライムは何か全く想像がつかない様子だ。


「ヨーグルトって言うんだ」

「ヨーグルト……」

「期限が近いものもたくさんあるからね。頑張って売って欲しいんだ」


 そう言ってカップに入れて試食をたくさん用意する。その一つをスライムに渡した。器用に中身を食べるとスライムは味を噛みしめながら「変わった味ですね」と言った。


「牛乳を発酵させた食品なんだよ」

はっこう・・・・ってなんですか」

「うーん。熟成というか、腐らせたってことだよ」

「なるほどー」


 じっくり考える様子で頷いた後、顔をあげて頷く。


「分かりました、一生懸命売ります!」


 頼もしい笑顔を見せたので安心して試食を任せ、レジへと向かった。

 


 それからしばらく高橋と沢渡はレジに付きっ切りだった。モンスターたちに打たせてサポートをするためである。JANコード(バーコード)を探し、ひたすら商品を回すスタッフ。カップスイーツを回したのだから商品がぐちゃぐちゃで、とてもじゃないが販売できるものではなくなってしまった。それでも客の切り株は「食べると一緒だろ?」と言って買っていた。あちこちでエラー音は四六時中鳴っているし、お金の受け渡しにも苦労している。電卓を使った計算もうまく出来なくて、狼狽えているスタッフもいる。

 ただ、唯一救いなのはガイさんがレジ打ちを完璧にこなしていること。サポートもつかず1人で立派にこなしている。能力の高さにも驚かされたし、接遇も完璧でこれはすごいと素直に感動した。



 レジばかりを見ていたので、フロアの方が気になった。目を向けるとレジから見える通路を右へ左へ行ったり来たり。それを急ぎ足で追いかけ同じように行ったり来たりする客。半端じゃない狼狽えようだったので沢渡は泥人形を追いかけた。


「ドロさん何を探しているんだい?」

「薬草を探してるんです」

「ああ、それか」


 沢渡は栄養ドリンクのコーナーに行き、「これだよ」と説明した。


「変わった薬草だな」


 と呟くと客の極楽鳥は1本買っていった。



「ありがとうございました、サワタリ店長」


 ホッとした様子で頭を下げる。


「薬草はよく聞かれるから覚えておいてね」


 一度、言わなかっただろうか、とも思ったが、まあ忘れることもある。何せモンスターなのだから漢字が読めないのでそのハンデも考慮しなくては。さて、戻ろうと思ったら「困ります、お客様!」と声が聞こえた。慌てて声の聞こえた方に行くと味噌売り場で大惨事が怒っていた。


 ドラゴンが味噌を開けて次々に食べていた。


「うんまい! これうんまいぞ!」


 満面の笑みを見せているが店側は笑えない。事態を収拾しようとしていたお化けネズミも相手がドラゴンなのでそれ以上言えず、遠目から「止めてください」と消え入りそうな声で泣くように呟いていた。沢渡も少しひるみそうになったが負けじと背筋を正す。


「お客様、誠に申し訳ありませんがお会計がお済でない商品の開封はご遠慮下さい」


 ドラゴンが「ん?」とドスの効いた声で睨み返してくる。冷や汗の様なものがにじんだが、これで負けていては店長は務まらない。


「商品を店内で開封されては困ります!」


 語気を強めるとどうにかドラゴンは理解したようで、軽く火を吹き「二度と来るかよこんな店!」とわめき散らし帰っていった。


 何とか追い返し一安心。沢渡はお化けネズミに向き合うとキッとした表情で話しかける。


「ネズくん、怖いのは分かるよ。でも、我々は従業員なんだ。困ったお客様がいらっしゃったら、毅然とした対応をしなくてはいけない。我々が店を守らなくてはいけないんだよ」


 お化けネズミは潤んだ様子で「はい」と頷くと手で目元を拭った。



 さてレジに戻ろう、と思ったら客のキノコのモンスターがすごい剣幕で詰め寄ってきた。


「あーた、店長ザマスね! この店では腐ったものを客に売りつけるんザマスか! 腐ったものを食べたからさっきから体の調子が悪いザマス!」


 嫌な予感がして売り場に走っていくとスライムが大声を張り上げていた。


「腐った牛乳いかがですかー? おいしいですよー」

「スライムくん!」


 沢渡が語気を強め名前を呼ぶと、スライムは振り向き嬉しそうな笑みを浮かべた。


「サワタリ店長! ヨーグルト売れましたよ!」


 商品はほとんど動いていなかった。売れたのは多分2、3個。頑張って売っていたのだろうが、逆効果だ。


「腐ったなんて言ってはいけないよ。お客さんが買わないじゃないか」

「えっ、でも売れて……」

「腐ったものって言われたらどうだい? キミは買うかい?」


 咎められていると悟ったのか、スライムの目には次第に涙が浮かんでくる。


「だって、だって。ボク。う、ううっ、うわーん」


 ヨーグルト売り場で盛大に泣き出してしまったので客が何事だろうと見ていく。このまま、泣かれてはまずいのでバックヤードへと連れて行った。


「いいかい。物を売るには商品を少しでも魅力的に見せなければいけない。どうやったら売れるのか、少しでもいいところを掘り下げるつもりで臨まなければいけないよ」


 スライムは涙にぬれた目で沢渡を見上げる。


「美味しいヨーグルトいかがですかー、朝ごはんにどうですかー、って。腐ったものって言われるよりずっと気分がいいだろう?」


 スライムは泣くのを止めて、沢渡のお手本を真似る。


「美味しいですよ、朝ごはんにどうですかー」


 次第に自信を取り戻した様子で笑うと「ボク、一生懸命売ります」と弾んで店の中へと戻っていった。


 その後もその日はトラブル続きだった。間違って商品を20個と打って返品騒ぎをしたり、走ってお客様と衝突してけがをさせそうになったり。沢渡も高橋も休憩を片時も取れず、懸命に店の中を走り回った。


 みんなで頑張った結果、その日の来客は、238人(匹)。

 売り上げはマイナス3450ゴッドだった。

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