Lv.9 従業員を募集します
「じ、ゆ、う、ぎ、よ、う、い、ん、を……ぼ、し、ゆ、う、し、ま、す」
店の開け放しにしている自動ドアに張っていたひらがなの張り紙をスライムが読んだ。
「すごいじゃないかスライムくん! 文字が読めるんだね!」
高橋がほめるとスライムは嬉しそうにする。
「教えてもらったんです。おじいさんに」
「おじいさん?」
うわさのモンスター仙人のことだろうか。
「じゆうぎよういんってなんですか」
「お店で一緒に働いてくれる人を募集します、ってことだよ」
スライムは、とたんに目を輝かせて高橋の目を見る。
「ボクでも働けますか!」
「もちろんだよ、昨日あんなに頑張ってくれたじゃないか」
スライムは照れたようににぷるんと弾む。
「実は人手が足りなくてたった今から働いてほしいんだ。中に沢渡店長がいるから手伝ってきてくれないかい」
「分かりました」
スライムは駆け出すと店のなかへと溶け込んでいった。
高橋は次のモンスターを待つ。次のモンスターというのは張り紙を読むことの出来る賢いモンスターということだ。従業員は募集するが、それは無作為ではなくちゃんと計画してのこと。張り紙をしてそれを読ませようというのは沢渡の案だった。そもそも日本語が読めるかどうかは大きなかけだったがスライムの様子だとどうやら読めるらしい。多くのモンスターが張り紙を不思議そうに見ていく中、がいこつのモンスターが興味を示した。
「あの、
声が高く、きびきびとして丁寧。かなり利発な印象のしゃべり方だ。
「ああ、えっと商品出したりレジしたりお客様の対応をしたりします」
「ワタクシ、レジというものをしたことがないのですけれど可能ですか」
「数字が分かってあと、練習すれば」
「計算は一通り分かります」
「なるほどなるほど。それは重要っすね」
高橋はがいこつの身なりを見た後「うん」と頷く。
「よし、採用です。中に沢渡店長という人間がいますので、採用されたと告げて業務を手伝っていただけますか」
「かしこまりました」
声を弾ませると、がいこつも店の中へと消えていった。
視線を戻すと杖を持った魔術師が食い入るように張り紙を見ていた。
「じゅうぎょういんというのは何ですか?」
「お店で働いてくれる方を探してるんです」
「お給料は出ますか」
「もちろんです」
「ちょっと家計が苦しくて足しにしたいんですけど」
「ぜひぜひ! 働いていってください!」
魔術師もまた店の中へと入って行った。モンスターにも家計がある。なんだか、おかしく思えて高橋はほくそ笑んだ。
それからモンスターを10匹ほど採用し、張り紙をはがして撤収しようと思った時だった。張り紙を見ていた
「店長! 店長!」
高橋が血相を変えて走ってきた。沢渡はレジを気にしつつ、レジ付近で採用したばかりのモンスターに前出しを教えている最中だった。前出しとは、売れてくぼんだ売場の商品を前に出すこと。些細なことではあるが売場の見めが違うので重要な作業であり、営業前と営業後に2人でやっていたのだが追いつかず非常な手間になっていた。これをやってもらえるだけでも随分と助かる。
沢渡はモンスターたちに前出しをするよう指示を出すと立ち上がり、高橋の要件を聞いた。
「どうしたんだい高橋くん?」
「とにかく来てください! すごいんです」
ただ事ではない様子に沢渡も身構える。良いことだろうか、それとも悪いことだろうか。
高橋に連れられて店の外に出ると、待っていたのは薄い電気を帯びたゴーストだった。
「で、電気……」
ゴクリと生唾を飲み込む。
千載一遇のチャンス。自家発電が切れてからというもの、困ることばかりでとにかく電気は喉から手が出るほど欲しかった。
「こんにちは」
「……」
「話せないんすけど、こちらの言ってることは分かるっす」
「なるほど」
ゴーストはオロオロしたような表情で沢渡たちを見ている。
「私たち電気が無くて困っているんです。助けてくれますか」
ゴーストはピョンピョンと跳ねて喜んだ様子を見せた。
沢渡はゴーストを連れて発電機を設置している屋上へ来た。扉を開けると大きな発電機が静かにたたずんでいた。数日前まで稼働していたものだ。沢渡は愛用のカッターを取り出すと大元の太い電源コードの表面のビニルを剥く。銅線があらわになった。
「ここを握って電気を流してほしいんだ。出来るかい?」
ゴーストは言われたとおりに銅線を握り、念じるようにして電気を繰り出した。目に見えるほどの電気がほとばしり、銅線を伝って流れていく。これは上手く行くかもしれない。そんな大きな期待を抱く。
そのまま発電し続けるように頼んで店内に様子を見に行くと、店内は騒然としていた。
「あっ、店長! 見てください電気ついたっすよ」
高橋は声を弾ませて、モンスターたちはざわざわと落ち着かない様子だった。沈黙していた冷蔵・冷凍売場が冷え始めていた。店内の電気をつけるとそれも点いた。電気が点くというのはなんと素晴らしいことだろう。沢渡はその有難味を今理解した。
「1人じゃ無理だから、ゴーストはいっぱい雇おう。商品もたくさん揃えてここを活気ある場所に戻そう。にこにこマートはスーパーなんだ、スーパーなんだから」
沢渡の目には涙が浮かんでいた。にこにこマートが活気ある場所であったころ、みんなが幸せそうに買い物をしていたことを思い出す。この店は蘇る、きっと蘇る。
翌日、にこにこマートは10匹のフロアスタッフと発電要員のゴースト20匹を従業員に据えて本格的な店としてスタートした。異世界に開店した初めてのスーパー。にこにこマートの快進撃はここから始まった。
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