Lv.8 売りつくしセール(後編)

 冷凍枝豆の試食を勧めていると「こんにちはー」と足元から声がした。視線を落とすとスライムがいた。


「ああ、スライムくん。来てくれたんだね、今日は何を買っていくんだい?」

「ゴボウを買いにきたんです」

「ごめんね、ゴボウはもうないんだよ」

「ええっ!」


 ゴボウはスライムの口コミのおかげで初日に売れてしまっていた。


「その代わりにね、枝豆というものがあるんだよ」


 言って枝豆を1つ渡す。「皮は食べず中身だけ食べるんだよ」と伝えて。スライムは枝豆を地面に置き、器用に豆を押し出すとそれを拾ってもぐもぐと食べた。


「なんと味が濃いのでしょう! 塩味と豆の濃さがあいまって食欲をそそります。1つと言わず2つ3つと食べたいおいしさで……」

「もう1つ食べるかい?」


 差し出すと再びスライムはよいしょっと豆を押し出して食べた。


「これいくらですか?」

「10ゴッドだよ」

「じゅ、10ゴッド!」


 目をひんむいてぽかりと口を開ける。


「いくら持ってるんだい」

「2ゴッドしか持っていないのです」


 スライムの持ち金はいつでも2ゴッドらしかった。あまりにしょんぼりとしているので、かわいそうになる。


「2ゴッドでいいよ」


 笑うとスライムが震えて恐縮する。


「そんな、そんな! 悪くていただけません」

「たくさんあるからいいんだよ」


 渡そうとしたがスライムは受け取らなかった。どうせ売れ残ると処分しないといけないものだから貰ってもらえるだけでありがたいのだが、それでもしきりに遠慮している。

 沢渡は考えた末、ある案を思いつく。


「そしたら枝豆をあげる代わりにお店のことを手伝ってくれないかい」

「えっ!」

「店が2人で大変なんだ。手伝ってくれると助かるのだけれど」


 スライムの顔がほころんでいく。


「頑張りますっ! ボク、頑張ります!」

 



「塩味の効いたおいしい枝豆です。食べて行ってくださーい」


 スライムは頑張って枝豆を売っている。客もちらほら立ち止り、興味を示している。沢渡はその様子を見て安心して枝豆の販売をスライムに任せ、次の策を講じた。


 肉を焼肉のたれで売ろうという計画だ。魚を焼いていたフライパンをきれいにして、国産の肉を焼いていく。1パックで1000円はする結構いい値の肉だ。魚以上に食い付きが良くて、結果肉とついでの焼肉のたれは飛ぶように売れた。


 一通り出来る策は講じたので、高橋の様子を見ようとレジに行くと高橋は楽しそうにモンスターと話しながら会計をしていた。電卓を叩きっぱなしなので随分疲れているのではないかと思ったが、予想に反して元気で「さすが若い」と感心した。そして、モンスターと世間話を出来る適応力をただただすごいと思う。沢渡の姿を認めると「あっ、店長」と嬉しそうに声をあげた。


「お客さんに聞いたんですけどね」


 電卓を叩く手を止めずに話す。


「南の山を越えた向こうにもう1個人間の村があるらしいんすよ。とてものどかな村らしくて。今度行ってみません?」


 先日人間にひどい目に遭ったのにそれを忘れたのか、高橋だってあんなに怒っていたじゃないか、と心で呟く。とにかく、人間に嫌気がさしていたのであまり気が進まなかったが高橋が情報を続ける。


「モンスター仙人って呼ばれる長老がいるらしくって普通にモンスターが出入りしている村らしいんすよ」

「へえ、それはそれは」


「農業の盛んな村らしくって。手に入るかも知れませんよ、牛乳」


「牛乳……」


 牛乳という言葉がエコーがかかったように頭の中に響き、沢渡はなんだか泣きたくなった。悲しいからじゃない。感動したからだ。牛乳は社員になり初めて発注を任された思い出の商品だった。毎日、売場をチェックして売れている、売れていないと確認した日々。遠い過去が昨日の思い出のように蘇る。憎しみに囚われた心がすーっと晴れていくのを感じた。牛乳が欲しい。牛乳が売りたい。牛乳が好きだ。


「店長、てーんちょう」

「あっ、なんだい」

「ぼーっとしちゃってどうしたんすか」


「ああ、いや牛乳が」

「まだ、分かんないすよ。あるかどうかも」

「そうだね」


 気持ちを落ち着かせ、冷静になる。売りたいとは一瞬思った。けれど客はモンスター。このまま続けて危険性はないのだろうか。従順な気のいい連中ばかりだけれど、いつ凶暴になるともしれない。店の在庫を食いつぶして生きるか、商売して手に入れた金で食料を調達するのがいいか、ふとそんなことを考えた。



 その日は日が暮れる手前まで営業して販売可能な一部の冷凍食品とアイス、肉と魚を売ることに勤しんだ。出来る限り売ったがそれでも大量に余ってしまい、それも夕方、結局レジで客にタダで配った。働いてくれたスライムに悪いとは思ったが、そうするのが一番いいと踏んでの行動だった。閉店後、スライムに冷凍食品をいくつか渡すと「どれにしようかなあ」と選んでいる。


「全部あげるよ」

「えっ」

「どうせ捨ててしまうものだから」


「いいんですか」

「手伝ってくれてありがとう」


 スライムは嬉しそうにレジ袋をひしっと握りしめる。


「働くって楽しいんですね」


 沢渡はそのスライムの笑顔が忘れられなかった。



 電気がつかず店舗が暗いので食事は月明かりの下でとった。月見酒。缶ビール片手に高橋と1日の出来事を楽しく話した。ビールはぬるくなっていたけどとても美味しかった。相変わらず店内で無銭飲食するモンスターもいたし、中には万引きしていくモンスターもいたけれど、すべてが笑いの種になり、何だか久しぶりに充実した気分だった。



 ロッカールームに寝転がりながら高橋が問いかける。


「店長寝てるっすか?」

「起きてるよ」


 寝てたら返事など出来ないだろうと思って笑いながら答える。


「自分、1日働いて思ったんすけど」

「うん?」

「やっぱり働くって楽しいっすよ」

「……そうだね。私も思ってたよ」


「このままお店続けません?」

「毎日2人で働くのはしんどいな」

「従業員雇ってモンスター相手に商売するんすよ」

「従業員か。しかし、あの町の人間は……」


「違いますよ。従業員はモンスターっす」

「おいおい、それはまた大胆なアイデアだな」


「モンスター雇って教育して立派な従業員に仕立て上げましょうよ」

「それは随分骨の折れる計画だな」


「農産物を南の村から仕入れて店で売るんす」

「……」

「あれ? 店長? 店長、寝たっすか?」

「寝たよ」


 クスリと笑いながら返事する。


「ちゃんと考えといてくださいね」

「そうだな」


 寝がえり打ちながら口元に笑みを浮かべる。高橋の語った夢物語をかみしめながら。

 沢渡の心は決まっていた。

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