Lv.7 売りつくしセール(前編)

 店へ戻っても開店する気分にはならなかった。思い出すと怒りがふつふつと燃えたぎり、ただ許せないという思いが強くなっていく。二度と町には行かない。人と関わらずともここはスーパー。しばらくの食事はあるしここで一生暮らせばいい。

だが異世界へ来て4日目、沢渡たちの決意をあざ笑うかのように大変な事態が起こった。高橋が顔面蒼白でロッカールームへと駆け込んできた。


「店長! 冷蔵が機能してないっす!」


 あわてて店内に駆け込み、電気のスイッチをいじるが電気はつかない。恐れていた事態がこんなにも早く訪れた。自家発電が切れたのだ。


「困ったな」


 1週間は大丈夫だと踏んでいたので、とにかくうろたえた。

 大量の冷蔵、冷凍商品。アイスをチェックするとショーケースの中にあるせいかまだ冷えてはいたが溶けるのも時間の問題。2人で消費出来る量もたかが知れている。駄目になった物は捨てることになるが、その捨てる場所もない。2人で呆然としているとガシャンガシャンとシャッターをゆする音が聞こえた。


「きっとモンスターっすよ。また、買い物させろって要求してるんすよ」


 高橋は頭を抱え、うんざりした表情を見せる。

 沢渡はハッとする。


「高橋くん、それだ」

「へっ?」

「セールをしよう」





 高橋がPOPを急いで手書きで作成する一方、沢渡は開店準備を進めた。金庫からゴッドを出してレジに設置。すぐさま売場を回り、商品の状態をチェックする。まずアイス。次に肉と魚。まだ肉は問題がなさそうだが一刻も早く魚は売りたい。 


 シャッターをたたく音が次第に大きくなり、壊されては困るのであおられるように店を開店させる。シャッターを上げると我先にとモンスターがなだれ込んできた。

 モンスターにもみくちゃにされながら沢渡は叫ぶ。


「冷蔵、冷凍品売りつくしセールです! ぜひお買い求めくださーい!」


 左足に感触を感じてうつむくとイモムシのモンスターがズボンを引っ張っていた。


「レイゾウ、レイトウヒンってなあに?」

「……」



 冷蔵、冷凍、全品一律10ゴッド。ようするに日本円だと100円均一。破格の安さだ。モンスターの様子だと数字はなんとなく分かるようだが、文字は読めないようなのでA4のコピー用紙に赤字で大きく『10G』とだけ記入してそれを該当する売場に張り付けている。


 願いに反し、アイスは売れなかった。無理もない。何せこの世界にアイスのようなパッケージに入った食品は恐らくない。モンスターはアイスがどんな食べ物かも知らなければその魅惑的な味も知らない。沢渡は少し考えるとテーブルを倉庫から持ち出してきてアイス売場で試食コーナーを始めた。


「甘くておいしいですよ。いかがですか?」


 行きかうモンスターを呼び止めて、箱売りのバニラアイスを開封し、1本1本配る。アイスの試食販売などやったことがないがやるしかない。


 人間だと素通りする人も多いが、モンスターはいちいち立ち止ってくれるから面白い。ただ、未知の食べ物に対する警戒心も少しあるようで、こわごわと手に取る。そんな中、その場で試食を食べたひときわ大きなグリズリーが「うんまい!」とおたけび・・・・をあげた。その声にモンスターたちがくるりと振り向く。グリズリーは気に入ってバニラアイスの箱をかごに入れたくさん入れて、小売りアイスもいくつか買っていってくれた。念のため時間が経ったら溶けますよ、と告げたが、「一気に食うからいいんだ」と笑った。


 おたけびは店内中に届いていたようで、次第に店内中からのモンスターが集まり始めた。試食をしたいとみんな手をのばし、バニラアイスを頬張って目をキラキラとさせる。結果、アイスは飛ぶように売れ、在庫の4割ほどは処理することが出来た。


 冷凍食品も試食で売りたかったが、電気がないためレンジは使えなかった。このままではもったいないことにほとんどを腐らせることになるだろう。食べ方が分からないものを売るのも無責任な気がして、溶けてそのまま食べられるタイプの物を除いて店頭から撤去し、レジでサービス品として配った。


 高橋は会計しっぱなし、沢渡は試食にかかりきり。目の届かない所でモンスターは商品を開けるし、もしかしたら万引きもしているかもしれない。ふとスタッフが欲しいなと思う。しかし、駄目だ、駄目だ、人間は頼れない、と思いをかき消す。


 この世界の人間は、というと言い過ぎかもしれないが、少なくともこの国の人間は信頼することが出来ない。一緒に働くことが出来ない。働きたくもない。それに人間がモンスターを恐れている異常、モンスター相手の商売というのも難しい。


 それにまだスーパーをやるとは決めていない。仕方なく店を回しているだけ。

自分たちの生命線の食料を売る代わりに手に入るゴッドはもしかしたら宝の持ち腐れになるかもしれない。在庫は一生かけても食べきれないだろうが、それでも身を削る危機のような物は感じていた。せめて、この世界の新鮮な食糧が手に入ったら。頭がないものねだりばかりをして、制限がない。



 ともかく、腐った商品だけは店に置いておきたくない。処分に困るのが目に見えている。アイスの次は魚だ。腐るとひどい臭いがするので何とか売りさばきたい。初日の開店で冷凍食品に比べると随分売れていたがそれでも売り場には切り身が残っている。


 沢渡は店のカセットコンロを使い、試食販売を行った。貴重なガスだが思い切って使うことを決めた。ライターなどもあるし、火ならきっと何とかなる。狙い通り焼いた魚のにおいに誘われてモンスターたちが集まってくる。鼻をクンクンとひくつかせ、匂いを楽しんでいるモンスターもいる。焼いた魚を配ると、気に入ったモンスターは魚を4パック、5パックと購入していく。試食をたくさん作り、売場に設置すると次の売場へと急いだ。

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