Lv.15 マヌールの村

 草原の中にたたずむマヌールの村では、多くの村民が農業に従事し、作物や家畜を育て穏やかに暮らしていた。家畜の数は人より多く、畑にはたわわに作物が実り極めて豊かな村のようだ。


 これだけをとるとごくありふれた村に感じるかもしれない。しかし、特筆すべきは人とモンスターが一緒に暮らしていること。驚いたことに実に多くのモンスターが村で働き、生活を共にしていた。普段モンスターが同僚なので、お前たちはどうなんだと問われればそれまでだが、それでもクイーンズベリーの状況を思い出すと、この世界の村がモンスターと手を携えているのは奇跡のようなことで会った。



 村の中央部には巨大な風車があった。風車で地下から水を引き上げ、それを農地や各家庭に送り、それで村は潤っているのだとスライムが説明してくれた。かなりたどたどしい言いぶりだったので、もしかしたら誰かからの受け売りをそのまま思いだしているのかもしれなかった。そして、沢渡はその風車小屋まで続く大きな道をスライムと歩いている。嬉しいことに道行く馬車の姿も見えて、乗っていたのは人参のモンスターだったのだが、もしかすると農産物を買いつければ宅配をしてもらえるかもしれない、そんな淡い期待を抱いた。


「あっ、スライムくんお帰り」


 道沿いの畑を耕していた少年と、一緒に働いていた大ミミズとイノシシのモンスターが顔を上げた。


「ただいまー」


 スライムはその場でピョコンピョコンと跳ねた。みんな手を振り挨拶している。

すれ違う村人やモンスターまでみな泥だらけだが、誰もが笑顔で優しい。よそ者の沢渡にも会釈を返し、変わった格好をジロジロ見る者などいない。村の気質がそのまま村人の気質になったような場所。沢渡は村をひどく気に入った。


 歩いて行く途中、牛がいた。ちょうど搾乳している所で、感動のあまり立ち止ってしまった。その様子を見た男性が「やってみるかい」と問うのでスライムに待ってもらい少し体験することにした。ギュウウッと引っ張るとピュッと出る乳。ミルクのほの甘い香りがして心が弾む


「こちらの牛乳は販売してるのですか」


 問いかけた沢渡を男性が笑う。


「この村は基本、物々交換だからね。よその家庭の野菜なんかと交換するのさ」

「なるほど」


 するとたわわに実る作物は全てこの村のみで消費されると言うことだろうか。商売をしていない村に商売を持ち込む。もしかしたら野暮なことを頼みに来たのかもしれない。少し後悔したがとにかく話だけはしてみなくてはいけない。男性に礼をいうとそのまま風車小屋の方を目指した。



 風車に隣接したログハウスが目指していた所だった。スライムはおじいさんと言っているが恐らくウワサのモンスター仙人のこと。ノックすると中から「開いてるよ」と声が聞こえた。入ると白髪頭で髭を伸ばした老人が天眼鏡をかけて本を読んでいた。足元にはスライムや大きな鳥、桃色のネズミ、見たことのない舌をベローっと出したよく分からないモンスターまでいてこちらを不思議そうに見上げていた。


「おお、スライムくん。そちらがお店のお方かい」


 柔らかい声に緊張がほどける。


「いつもモンスターたちがお世話になっているそうですね。ありがとうございます」


 どうやらスライムはある程度店で働いている状況などを話しているらしかった。


「おじいさん、こちらサワタリ店長です」

「ほう、サワタリさんとおっしゃるのですか。変わったお名前ですね」


 格好のこともあるし、何か聞かれやしないかと勘繰ったがそんな様子は無く、立ち上がると家の奥へと消えて、暫しして人数分の牛乳を運んできた。スライムの分は平皿に入っていた。


「この村でとれた牛乳です。新鮮なので美味しいですよ」


 沢渡は先ほど乳搾りをさせてもらったことを顔をほころばせながら伝え、グッとのむと顔を輝かせた。


「美味しい! 非常に美味しいです」

「そうでしょう、そうでしょう」


 ニコニコと老人は笑っている。ちょうどいい話の流れなので沢渡は意を決した。


「実はご相談があるのです」


 意を決し、沢渡はスーパーという名前はあえて出さず、にこにこマートというなんでも屋でモンスター相手に商売していること、商品が無くなり仕入れ先を探していることを自分の口から話した。

 老人は笑うと少し申し訳なさそうに話した。


「事情は分かりました。いつもモンスターたちがお世話になっているので私も出来ればお力になりたいのですけど、実はこの村のことを決める権限は私にはありません」


 笑顔を崩さないので何か続きがあるのだろうと聞き入る。


「この村は町の暮らしが嫌になり移り住んだ農民たちの村です。ここでは誰にも支配されず、みながみな同じように権限を所有し、全ては村の集会で採択して決まります。集会の開催を呼び掛けることは私にも出来ますが、それ以上はあなた方の思いをぶつけ、みなに判断してもらうほかありません」

「なるほど」


 沢渡は頷くと飲みかけの牛乳を飲みほした。


 仙人の呼び掛けにより集会は翌日、朝から開いてもらえることになった。よって今晩は仙人宅に泊めてもらうことにした。



 夕暮れを見ながら遠くで村の子供たちや仲間のモンスターと触れ合うスライムを見つめる。モンスターと人がともに笑って暮らせる村。こんな素敵な場所があったのだと胸が熱くなる。


「あなたはモンスター仙人とも呼ばれているそうですね」

「そう呼ぶ人もいますね」


 沢渡は仙人を見る。夕焼けを眩しそうにしている。


「この地域のモンスターを教育し、文字を読むことを教え、穏やかな心を培う素晴らしさ、ともに働き暮らすことを教えました。モンスターと人は相いれない存在と考える人もいるかと思いますが私はそうは思いません。互いに助け合い、慈しみ合って生きていけると信じています」


 感銘を受けた沢渡はあなたのような素晴らしい人がいてモンスターたちは幸せだ、と言おうとして照れくさくなり沢渡は言葉を飲み込んだ。


「あなた方がモンスターを雇い働いてくれていることを知り嬉しく思います。ありがとう」


 真心の込められた『ありがとう』、きっと一生忘れることの出来ぬ言葉になると思う。



 その晩久しぶりに風呂に入り、仙人から息子たちの着古したものだという洋服を貰った。夕食は近くに住む孫娘が作った手料理を賞味した。どれも新鮮そのもので食べ応えがあり、肉や野菜、乳製品、村の底力をひしひしと感じた。


 この食材を店で売りたい。沢渡は決意を新たにした。

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