Lv.14 旅路

「リンゴには種類があってね。サンフジ、ジョナゴールド、王林、シナノスイート、それから……」


 沢渡は在庫のリンゴを1つずつ取って床に置く。スライムはそれにかぶりつきシャリシャリといわせている。


「どれも味がかなり違いますね」

「違いが分かるかい?」


「さっき食べたのは酸味があるけれど、今食べているのは甘みが強くてジューシー、香りはさっきのヤツの方が強いですね」

「すごいな、モンスターでも違いが分かるのか」


 今日はスライムにリンゴを売ってもらうことにしている。たくさん切り分けてたくさん売ってもらうつもりだ。準備した試食とテーブルをバックヤードから運び出しリンゴ売場に設置する。


「みんな売れちゃったなあ」


 寂しくなった青果売場を見て沢渡が呟く。異世界に来て2週間が経つ。傷んでダメになった物もあるが売れたものもたくさんある。こちらの世界の住人にとって摩訶不思議なものが売れたのはスライムの頑張りも大きかった。豊富な語彙力と客の懐に入り込む力。何より、食品の微妙な違いを感じ取ると客に伝える感性が大きく影響しているだろう。


 今、青果売場にメインで残っているのはリンゴ。リンゴが売れてしまえば、いよいよ青果売り場は伽藍洞になる。来たころに比べ客数は随分減った。欠品が目立ち、目新しさも無くなり、もしかすると飽きられたのかもしれなかった。なんとか来てもらえるよう起死回生の手を打たなくてはいけない。従業員を養わなくてはいけないのだから。そんなわけで今、沢渡の頭の片隅には商品を大量に仕入れて店を再生させる計画がある。


 以前から聞き及んでいる南の村へ行き商品を仕入れることを念頭に、綿密に計画を練らなくてはいけない。商品の運搬には馬車が必要。村までの道案内も必要。店も不在にしなければいけない。そもそも売ってもらえるのか。課題が山積していた。


「行ってきたらどうっすか」


 気軽に高橋が言うものだから、沢渡は呆れてしまう。


「馬車がいくらするか、どこで買えるか分かってるのかい。もしかしたらモンスターに襲われるかもしれないし……」


「馬車要らないんじゃないですかね」

「は?」


「村から大量に仕入れる代わりに配達してもらったらどうっすか?」

「そんな無茶苦茶な」

「だって日本じゃ普通、全部配達っすよね」

「それはそうだけれど。そんなことを言って通用するか……」

「そこは交渉してお願いするっすよ」


 言って高橋は腕をパンパンッと叩く。


「でも、モンスターが出たら」

「従業員連れてったらいいんじゃないすか」

「そうか、うーん。そうか」


 歯切れの悪い返事をして、周囲を見回すと一生懸命働いているスライムが目に入った。

 店を回さなくてはいけないからレジやフロアのスタッフは連れて行きたくない。予定が立つのは彼だな、と呟く。

 長らく話し合った結果、後日スライムを連れて買い付けに行くことになった。





 沢渡はボディバッグを持ち、中には2人分の小さめのお茶とお菓子が入っている。太陽の下だと沢渡の汚れたスラックスが良く目立つ。お土産に2人分の服を頼まれたが小さな村らしいので、満足なものがあるかどうかは分からない。一番の目的は商品を仕入れること。取引先の開拓だ。通常だとバイヤーと呼ばれる役職の者が担当する。しかし、今にこにこマートにバイヤーはおらず沢渡が担当するしかない。


「じゃあ、店長、スライムくん気をつけるっすよ」


 見送りの高橋とがいこつが手を振る。


「ハーイ」


 スライムは楽しそうに返事をすると駆けだす。沢渡はじゃあ言ってくるよ、と言うとゆっくりと出かけた。





 店に残された高橋はというと品出しを黙々としていた。レジはがいこつが見てくれているので大丈夫。店の中央部で気を張り、手すきでうろついている従業員には指示を出す。モンスターもだけれど高橋も成長していた。この頃沢渡がいない状態で店を回すのにも慣れた。日本にいたころは自分が責任者など考えられなかったが、ここは異世界。甘えたことは言ってられない。周りに気を配りつつ、休憩時間がきたらみんなに声をかけて休憩にも行ってもらわなくてはいけないし、有事の際は陣頭指揮をとらなくては行けない。店を回すということをただ、ひしひしと感じていた。


 午前中は問題なかったが、昼、従業員が休憩で少なくなっている時間帯にことは起きた。


「タカハシ副店長」


 呼ばれて振り向くとウェアウルフがおびえた表情をしていた。


「ウルフくんどうしたんだい」

「それがまたドラゴンが来てるんです」


 高橋ははあーっとため息をつくと立ち上がりドラゴンの元へと直行した。いつものドラゴンかと思うと気が重い。従業員の間では問題客として知れていてみんな関わるのを嫌がる。高橋も気は進まないのだが、沢渡がいない以上逃げるわけにもいかないだろう。

 売り場にいくとドラゴンは普通に買い物をしている様子だった。落ち着いているし、不審なところは無い。たぶん別のドラゴンだな、と思って売場を立ち去ろうとした時ドラゴンが焼肉のたれを手に取った。フィルムをペリペリとはがし、キャップを開ける。


「あのお客様!」


 ドラゴンは止める声も聞かず、たれを飲むと売場に戻し次にたれに手を伸ばした。


「困ります! そちらの商品の試食はやっておりません」

「ああ? スライムがいつもやってるだろうが」

「あれは……」


 そうか、そういう思考なのか、と言葉を継げず考えてしまう。商品の試食を店側もやっているから試食は問題の無い行為と考えているのかもしれない。


「こちら側が提供している以外の試食はご遠慮ください」

「はあ? 何言ってるか分かんねえよ」


 そういうとドラゴンはごおおっと火を噴いた。火は商品を焼いて消し炭にした。ものすごい火力。さすがは天下のドラゴン、モンスターたちが恐れるのが分かる。高橋も怖くてひるむ。何とか追い返さなくてはいけないが、どうすれば……と考えを巡らせてハッとする。商品を一瞬で消し炭にした火力。

 これはもしかするとチャンスかもしれない。高橋は慎重に言葉を選ぶと、

「少しご相談があります」

 と伝えドラゴンをバックヤードへといざなった。





「みんな今頃どうしてるかなあ」


 小高い山を越えて休憩しているとスライムがお菓子を食べながら呟いた。食べているのは板チョコだ。


「苦くて甘い不思議な食べ物ですね」


 考えながら味わっているらしい。


「人間っていろんな食べ物を知ってるのですね」


 ふむふむと言いながら沢渡の差し出したチョコを受け取る。相手が人間ならスーパーで売っている異世界の食べ物の言い訳をしなければならないだろう。相手がモンスターだからこそ人間は不思議な食べ物を売り買いするのだということで片付けられている。自分たちが異世界から来た住人であることを明かさないのはフェアでは無いかもしれない。信頼している仲間へ秘密、後ろめたさはあるが身の安全のためにも高橋と決めたことだった。


 休憩を終え、またテクテクと歩く。沢渡は結構疲れたのだけれどスライムは至って元気だった。冒険は順調。スライムを連れてきた甲斐あって出会ったどのモンスターも敵意を向けることは無かった。スライムは思いのほか顔が広いようだった。


「あ、見えてきましたよ。おじいさんの村」


 そう言ってスライムは嬉しそうに駆けて行く。

 綺麗な草原の向こうに村が見えた。

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