Lv.16 村民大会議
陽が昇るより早く村民総出の会議が開かれた。集ったのは全ての村人。みんな早朝から農作業に従事するのでその前の時間を使った話しあいとなる。モンスターの姿が無いのでそれをスライムに問うと、実はモンスターはこの村では生活しておらず、みんな近隣の山々から働きにきているとのことだった。モンスターたちがくるのは陽が明けるころ。人同士での話しあいとなる。スライムも席を外したいというので、止めず1人で戦う覚悟を決めた。忙しい中集まってくれたことに感謝するとともに絶対に取り引きを成立させようという気持ちが湧いてきた。
モンスター仙人が沢渡の紹介をした後、場を譲ってくれた。沢渡はぺこりと頭を下げると前に進み出た。
「本日はお忙しい中お集まり頂き誠にありがとうございます。ご紹介にあずかりましたにこにこマートの店長沢渡と申します。本日はにこにこマートがどんな所で何を売っているかを主にご説明しましてみなさまのご理解を得られればと考えております」
沢渡は紙袋をガサゴソと漁ると手書きの絵が描かれた数枚の画用紙を取り出した。
「まず店で売っているのは生鮮食料品。野菜や果物、肉、魚介類、そのほとんどが冷蔵と呼ばれる冷える設備を使って常に新鮮な状態で商品を提供でいるよう工夫しています」
絵を指さしながら懸命に説明をする。出立前に沢渡が夜更かしして描き上げた絵だった。
「次に取り扱っているのが調味料類。塩、砂糖、醤油、味噌、料理の味付けに使うものを一通り取り揃えお客様のニーズにこたえられるよう努力しております」
そういうと沢渡は紙袋から小ぶりの味噌を取り出した。開封してアイスクリーム用の木べらに少し乗せるとそれを前の方の村民に配る。
「味噌と呼ばれる大豆を発酵させた調味料です」
村民は恐る恐る舐めると、味を確認して隣の村民と頷きあっている。
「また、菓子も多数取り揃えており小さなお子様や大人の方のニーズに応えられる売場づくりを目指しています」
紙袋から今度はスナック菓子を取り出し開けて村民に回す。
噛むとサクッと音がして村人の間から「美味いな」と声が起こる。
「その他、生活必需品も多く取りそろえ、お客様が気持ちよくお買いもの頂けるよう清潔な売場づくりを目指しています。以上がにこにこマートの簡単なご説明です」
ここからが勝負。沢渡はより一層気合いを入れる。
「実は生鮮食料品が全て完売いたしまして、売場が現在空の状態が続いています。その状態を脱却するためこちらのマヌールの村の方々に是非、野菜や乳製品、肉を売って頂きたいのです。こちらの村の事情を伺ったところみなさまは日ごろ物々交換をして生活されているとお聞きしました。店に売るのはその余剰分、余った作物でいいのです。ふだん食べきれなくて家畜に与えているものなどをお売りいただければ私ども嬉しく思います」
話を聞き終えて村民がガヤガヤと話しを始めた。どうやら好感触のようでチラホラ良い話なのじゃないかという言葉も聞こえる。上手くいったかと安心しかけたところ1人の中年男性が声を上げた。
「おれは反対だ」
沢渡は顔を見る。
「この村がなんで上手くいっているか分かるか?」
刺々しい言葉に答えられず黙る。
「商売をしていないからだ。この村は町の生活が嫌になり逃れてきた町民の集まりなんだ。貧富の差がないからいがみ合うことなく上手くいく。人々が助け合い協力し合って生きているからこそ上手くいっているんだ。そこに商売を持ち込んでみろ。仕入れる額だって作物によってまちまちだろう。儲かる者もいればあまり儲からない者も出来てくる。この村に混乱を持ち込むな!」
男性の言葉にチラホラ拍手が起こり、徐々に賛同する者も出始めた。沢渡はまずいなと焦りの色を見せ言葉を紡ぐ。
「商売は負の一面だけではありません。来店されたモンスターのお客様はみなご来店されて帰りは笑顔で帰って行かれます。お客様が商品と共に持ち帰るのは幸せです。我々は彼らが幸せに暮らすお手伝いをしたいのです」
「この村に来てちゃんとモンスターたちの顔を見たか? 買い物しなくても彼らは農作業を手伝い幸せそうに暮らしている。彼らを幸せにするのは金じゃない。商品じゃないんだ」
風向きが悪くなり沢渡はこぶしを握り締める。ふと送り出してくれた高橋とがいこつ剣士の顔がよぎり「お願いします!」と頭を下げる。
「私たちは従業員にモンスターを雇っています。彼らと共に働くことに生きがいを感じております。モンスターを雇用し続けるため店を存続しなければなりません。私には彼らを雇った責任があるのです」
沢渡の力のこもった演説に男性はそれ以上言ってこず、場は静まりかえった。
ちょうどのタイミングで差し込む朝日。沢渡は話しあいの終わりを悟る。
「じゃあ、採決をとります。賛成の方は挙手をお願いします」
議長を務めている若い男性の声でみんなが手をパラパラと挙げる。まばらな挙手。数えるまでもなく否決だった。
がっくり肩を落としたところ、「サワタリ店長ー!」と声がした。
沢渡は目を見開く。顔を向けるとスライムがたくさんのモンスターをいざない朝日を背に走ってきていた。人を遥かに上回る数のモンスター。トロールにリンゴの木にイモムシ、イノシシ、あれもこれも見知った顔ばかり。沢渡は胸が熱くなり言葉が出てこなかった。息を切らした様子でスライムはぜえぜえと言っている。
「採決には間に合いますか!」
「ああ、いやもう終わって……」
言いかけた男性をモンスター仙人が制する。
「みんな議会に参加してくれるのかな」
「ハイッ」
そう言って手を挙げる。
人の数を遥かに上回る数のモンスター。みんな挙手して懇願する。
「にこにこマートを救ってください。ボク、お店で働きたいんです」
スライムの言葉に続くようにイモムシが身振り手振りで説明を始めた。
「みんなお店に行くのを楽しみにしているんです。今日は何を買おう。明日は何を買おうって」
「ふむ。商売が悪いことだなんて決めつける必要はないのかもしれないね」
仙人の言葉にみんな考え込む。
イノシシが手に持っていたチョコレートをパリンと割った。
「これ、店で買ったけど美味いんだ」
そう言って反対していた男性に渡した。男性は味わうと「確かに美味い」と呟く。
「一回みんなで行ってみないか? 良いところなんだぜ。おれの育てたカブリの葉が店で売られてたらなんとも言えねえな」
イノシシの笑い声にみんな表情が和らぐ。次第に同調する人が出始め、行ってみたいよな、と声が漏れ始めた。
「でも……」
男性は二の句が継げず押し黙る。
「モンスターたちと汗を流し働く、やっていることは我々と同じじゃないかのう」
仙人が髭をなでながら呟く。男性も少し考えている。
「議長、採決だよ。採決」
仙人に促されて議長が再び採決をとった。するとどうだろう。降りていた手が続々と上がり始めたのだ。そして、沢渡は一瞬、奇跡でも見ているかのような感覚に陥った。一面に花が咲いたように次々と挙がった手。モンスターも人も一緒になり手を挙げてくれていた。
最後には数えるまでもなく賛成大多数で可決された。
「やったー!」
喜ぶモンスターたちに胴上げされ、スライムは空に喜びの声を響かせた。
反対していた男性まで最後には賛成してくれて沢渡に握手を求めた。嬉しくて両手で握り返す。吉報を持ち帰れる。従業員の喜ぶ顔を想像した。そして、棚いっぱいの商品を想像した。
その時、沢渡がちょっと泣いたのは内緒だ。
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