Lv.36 駆け引き

「高橋くんキミは何を言ってるんだ」


 沢渡があきれ顔で問いかける。


「だから、魔王さまを説得すれば……」

「一体誰がどうやって説得するんだい?」

「うーん、それは……あ、そうだ! コラボレーションするってのはどうっすか?」


「コラボレーション?」


 みんな声を揃えて疑問符を浮かべる。


「魔王さま公認という既成事実作ってそれを内外に示すために、魔王さまとコラボレーションアイテムを作ってそれを店で販売するんすよ。魔王さま公認の物が置いてあるとなれば誰も無下には出来ないっすよね」

「また、突拍子もないことを……」


 呆気にとられる沢渡の向かいでモンスター仙人が体を揺すって笑いだす。


「ふぉっふぉっ、実に面白い発想をなさる。沢渡さん、柔軟な発想をする部下をもたれましたな」

「ああ、いや。それはさすがに」

「まあそう言ってやりなさんな。それに、あながち無い選択肢ではありませんよ」

「?」


「今現在魔王軍を取り仕切っているのは50年前に私共が倒した魔王の子にあたるモンスターではないかと推測します。父を亡くしたその子を数年間私は育てたことがありますが、実に好奇心旺盛で人間にも興味を持ちユーモアのあるモンスターだった。その頃の心が残っていれば、にこにこマート側の提案も受け入れてくれるのではないでしょうか」


「そうですか。確かにそういう事実があるのであれば悪い話ではないかもしれません。しかし、誰が説得に……」


「ボクが行きますっ!」


 沢渡の問いかけに声を上げたのはスライムだった。


「おいおい、冗談だろ? スライム、お前みたいなモンスターが行けば魔王さまは一瞬でお前を消し炭にしちまうぜ?」


 ドラゴンのからかうような言葉にスライムが意気消沈してションボリする。


「魔王さまには一度お会いしたことがある。オレが行こう」


 ドラゴンは力強くそう言うと体を張りだした。


「いや、ドラゴンほどの強力なモンスターを差し向けたとなると敵意を向けたと勘違いされるかもしれません。ここは程よいがいこつのガイさんを」


 ミイラ男の提案にがいこつはうろたえる。


「ワ、ワタクシがですか! そんな、魔王さまを説得するなんて大役ワタクシには」


「誰が行くかは後日考えるとしようか。とにかくまずシーザーにこの提案をして認めてもらおう。魔王さまの名前が出れば恐らく勝手に判断は出来ないだろうから、御意向を問うて来いとなる。上手く話を認める方向に持っていくのは社員である私と高橋くんの仕事。いいね? 高橋くん」

「もちろんっす!」


 そう言って高橋はパンパンと顔を叩く。その時、シーザーの使いの鎧の騎士が集会所にやってきた。


「おいっ、そろそろ約束の1時間だ。シーザーさまがお待ちであるぞ!」

「やれるだけのことはやろう!」


 円陣を組み、みんなで手を重ねると「おおーっ!」と掛け声をした。





「して死ぬ覚悟は出来たか?」


 森の広場で玉座に座ったシーザーが息を荒く吐きながら問いかけてくる。


「シーザーさま、私にこにこマートの店長沢渡と申します。そしてこちらは高橋」


 紹介された高橋はぺこりと頭を下げる。


「今はそのような自己紹介必要ない」

「我々を殺し、店を取り潰す前にぜひ我々の店のコンセプトをご紹介させていただきたいのです」

「コンセプト? 何だそれは!」


「店の経営方針です」

「むぐぐ」


 経営方針と言う言葉も分からないのか、シーザーは顔を歪めている。


「我々の店はモンスターによるモンスターのための店づくりを合言葉に半年ほど前に営業をスタートさせました。地域の村から食材を頻繁に調達し、鮮度、流行を意識した売場づくりをしています。取り扱う商品の種類は数千種を超え、地域に愛される便利な魅力ある店を目標に日夜努力しております。そして、特に注目していただきたいのは従業員がほとんどモンスターであるということ、それによりこの地域の雇用を生み出し、従業員に支払う給与の大半は魔王軍の資金源ともなっております。みな魔王さまに忠誠を誓った誠意ある従業員たちばかり。魔王さまのことを考えながら懸命に働いております」


「戯言を。お前たちの店で資金を使っていては魔王軍の物とはならんだろうが」

「みなさまにお買い上げいただいているのは健康です、元気です。健全な体無くして魔王さまに使えることなど到底無理ですから。そういう意味でもこの地域の魔王軍のモチベーションに深く貢献させて頂いていると自負しております」


「むむむ」


 続いて話すのは高橋。


「この度、営業を始めて約半年という歳月が経過しました。我々としてもこれ以上魔王さまに謝意を伝える方法はないかとみなで話し合いまして、1周年を目途に店のセレブレーションと銘打って魔王さまとコラボレーションアイテムを売りだしたいと考えております」

「魔王さまがそのようなお戯れを望まれるはずがなかろう」


「失礼ですがお決めになるのはシーザーさまではありません」

「何だと!」


 こぶしを握り締めると近くのモンスターを殴りつけた。モンスターは吹き飛ばされ、仲間のモンスターに激突する。


「申し訳ありません。ただ、ご判断されるのはあくまで魔王さまではないかと存じます」

「……そうか、それもそうだな」


 シーザーは怒りのこぶしを下ろし、玉座に座る。


「まずは我々に魔王さまの御意向を伺う時間をください」

「……いいだろう」

「ありがとうございます」


 そう言って従業員一同頭を下げる。


「ただし、魔王さまが店を不要と判断された場合お前たちを殺す、いいな?」


 沢渡はグッと息を飲むと決意を決める。


「煮るなり焼くなり好きになさいませ」





 結局、処分は保留。魔王の意向を伺うまでは営業も許可され、とりあえずは命拾いをした。店に戻って行きた従業員たちで話し合いの場を持つ。


「3人は今のうちに逃げてはいかがですか?」


 問いかけたがいこつに沢渡は首を振る。


「いや、店を捨ててはいけないからね。ここが墓場だと思って働いているから」


 沢渡は格好のいいことを言ったが、元の世界に戻るには店が必要かもしれないというそんな裏事情の不安もあった。


「しかし、驚きました。随分沢山の商品があるのですね」


 モンスター仙人が感心したように言う。知恵を授かれないかと沢渡が頼んで店に一緒に来てもらっていたのだ。


「で、肝心の話題だけどサワタリ店長。魔王さまには誰が会いに行くんだ?」


 ドラゴンの問いかけに沢渡は少し考えるように沈黙し、ウムと頷いた。


「今晩しっかり考えておくよ。結論は明日。とにかく今日は店を開けよう。お客さんも来たみたいだから」


 窓の外を見ると客がチラホラやってきたようだった。従業員はそれぞれの持ち場に着くといつもの業務に取り掛かった。




 モンスターのみんなは通常業務をしているけれど沢渡と高橋とリズと仙人の4人は集まって事務所で話し合いをしていた。


「スライムくんに行って貰おうと思ってます」


 その言葉を聞いた仙人は二コリと笑った。だが、高橋とリズの反応は違った。


「店長、スライムくん殺されちゃうっすよ!」

「そうですよ! やっぱりここはドラゴンさんに……」

「いや、スライムくんに行ってもらうよ」


 沢渡の固い決意に2人はうろたえる。


「スライムくんには無理っすよ」

「お2人とも。店長さんがお決めになったことですぞ。信頼して任せてみるのが道理ではないですか?」

「それは……」


「にこにこマートのバイヤーはスライムくんだよ。だから商談はスライムくんに任せることにする」

「そんな」


「高橋くん、スライムくんと初めて会った時のことを覚えているかい?」

「ああ。そういや、リンゴとゴボウ齧ってましたっけ?」

「食材に対する深い洞察力。未知の物に対する探求心。失敗もしたけれど経験を重ね随分良いバイヤーになってくれたよ。彼はどこに出しても恥ずかしくないにこにこマートの誇るべきバイヤーだ」

「店長……」


「彼は戦いに行くけれど、それは殴りあうことじゃない。商談と言う孤独な戦いに向かうんだ」

「孤独な戦い」


 リズは呟く。


「本当は一緒に行きたいんだけれどね。さすがに人間は謁見させてもらえないだろうから」


 そう言って沢渡は出そうになった涙を拭く。


「ささやかではありますが、私も親書をしたためましょう。魔王が読んで何かの助けになるやもしれません」


 仙人も沢渡の意見に同意してくれているようでそれが嬉しくなる。


「ありがとうございます」


 そう頭を下げると沢渡は店内へと向かった。

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