にこにこマートは転移しました

奥森 ゆうや

スライムくん魔王城にて

「スライム、魔王さまがお目通りになる。ついてこい」


「はいっ」


 くぐるのを幾度となく夢見てきた巨大な王門。地獄への入り口。モンスターであれば誰でも1度は訪れたいほまれある場所。スライムは今、魔王の居城にいる。本来ならば自身のような末端のしがないスライムには不相応な場所。こんなこと・・・・・さえなければ一生訪れることはなかっただろう。けれども今、おびえているわけにはいかない。自分は店の代表としてここにいる。


 地獄の門番に案内されながらすれ違う恐ろしく格上のモンスターたちを見て体がこわばる。冒険で出会ったこれまでのどのモンスターも持ち合わせていなかった威圧。緊張度は限界にまで達し、すでに体の感覚はない。ただ置いていかれまいと、震える体にムチを打ちながら必死でついていく。 


 不意につまずき、アイテムがこぼれ落ちた。ささやく声。モンスターたちがみっともないと高笑いする。羞恥心と焦りで涙が出そうになるのを精一杯こらえる。慌てて拾い集める最中、1つのアイテムに目を止めた。名刺だ。小さな紙に『にこにこマート新田店 バイヤー スライム』とある。冒険の前に沢渡さわたりが手書きで作ってくれたものだった。それを見て奮い立つ。


「ボクは店の代表としてここにいるんだ。サワタリ店長も言ってたじゃないか。みんなは1人のために、1人はみんなのために。泣いてる場合じゃないぞ、ボクの肩に店の命運がかかっているんだ」


 名刺を口で拾うと大切に持って、地獄の門番についていく。「はやくしろ」とささやかれたので「すみません」と謝ると果てしなく長い廊下を進んだ。



◇ 



「この扉の向こうに魔王さまがいらっしゃる。ご無礼の無いようにな」


 地獄の門番に言われ、思わず身が引き締まる。


「ハ、ハイッ。ありがとうございます」


 扉の左右にいたグレーターデーモンとよろいの騎士が扉を押し開ける。重そうな扉が内に開いて、隙間から姿がのぞいた。玉座までとても遠く魔王の表情までは分からない。顔を見ては失礼なので視線を下げて、部屋の中ほどまで進んで平伏した。


「スライム、そこでは声が聞こえん。もっと近こうよれ」


 熱を持たぬ声がした。


「は、はい」


 スライムは玉座の階段の前まで近寄ると再び平伏した。


 息遣いが聞こえてきそうなほどの距離、びりびりと伝わる魔王の力。自分は今、この世界最強のモンスターと対峙しているという恐怖に身がすくむ。


「おもてをあげよ」


 言われて顔をあげると魔王と視線が合った。氷のように研ぎ澄まされた表情と刺すような鋭い視線。これが魔王さまか、威厳にあふれた佇まいとその立派なお姿。自分など100年経とうとも足元に及ばない。


「して、スライム。予に何用だ」


 要件を促されてスライムはハッとする。


「……わ、わ、わ、ワタクシ、ワタクシ、ワタクシ」


 話し出そうとするが口がキレイに動かない。体ががくがくと震える。


「はよう申せ!」


 覇気が空気を震わせ目をグッと閉じる。殺される、そう思ったが口をグッと食いしばり、心でおのれを叱咤しったする。何のために遥々ここまで来たんだ、もう逃げないって決めたじゃないか、と。その時、沢渡の言葉が頭に蘇った。



――スライムくん、商売するのに必要なのは真心と少しの勇気だよ



 魔王に対峙するのはスライムにとっては少しどころか一生ぶんの勇気が必要であり、大きすぎる試練であった。けれど、仲間が待っている。そう思うと勇気が湧いてきた。負けじと背筋をしゃんと伸ばし、毅然とした態度で臨む。


「ワタクシ、にこにこマート新田店のバイヤー『スライム』と申します」


 言って名刺を差し出す。そばにいた魔王のお付きのゴーレムが速やかに名刺を受け取りそれを魔王に手渡す。


 魔王はいぶかしげにじっと眺めたあと名刺をボッと燃やした。


「バイヤーとはなんだ」

「スーパーと呼ばれる店で買い付け担当をしております」

「スーパー? 何だそれは」


「食品を大量販売しているよろず屋です」

「聞いたことがないな」

「本日は魔王さまにぜひご検討いただきたい案件を持ってお目通りを願いました」

「聞こう」


 スライムは気合いを入れるとひと際大きな声を張り上げた。



「ぜひうちでコラボレーションアイテムを作ってくださいませんか!」





「スライムくん大丈夫でしょうか。消炭にされてないといいのですが」


事務所でミイラ男が心配そうに言う。


 沢渡はトントンと使用済みのコピー用紙をまとめながら「うーん」とうなる。


「彼を信じよう」


 そう言うと真っ白な裏面を上にしてコピー用紙をコピー機に入れた。ストックのコピー用紙は随分と少なくなった。ここ、異世界にはコピー用紙がない。この頃はスライムくんの仕入れてくれた手すきの紙を利用して手書きでPOPやシフト表を作っている。


 この間ホッチキスが1つ壊れた。代用の効く消耗品もあるが、ほとんどは代わりが見つからない。パソコンやコピー機や印刷機、トナーなんかは気を使って大切に使わなければいけないし、トイレが壊れると困ってしまう。この世界へ来て半年が経った。当初に比べると生活にも慣れ、コツもつかんだがそうした身の回りの不足はどうしようもない部分でもあった。


「店長、たいへんです! 来てください」


 事務所のドアを開けたのはパートスタッフのドルイドだった。


「今行くよ」


 沢渡は立ち上がるとジャンパーを着た。


 バックヤードを出ると店内で一礼。


「いらっしゃいませー」

「イラッシャイマセー」


 すぐに聞こえるやまびこあいさつ。何だがちゃんとした店になってきたのだとホッとする。


 今日もにこにこマート新田店は営業中。




 時をさかのぼること半年前――

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