Lv.12 レジと信頼

「レジの表示が4259円です。1000ゴッドを受け取ります。いくらのお返しですか?」


 高橋が小さなホワイトボードに黒マジックで数字を書く。それを見て従業員たちはカタカタと電卓を打つ。真っ先に解いたバーサーカーが電卓を掲げる。


「バーサーカーくん違います」


 バーサーカーは物も言わずものすごいスピードで電卓を叩くとまた電卓を掲げる。


「違います」


 がいこつが手を掲げたので確認に行く。


「はい、ガイさん。正解です」


 がいこつは澄ました様子で周囲が解けるのを優等生のごとく待っている。完全に理解しているようなのでこれ以上の訓練は彼に必要ないだろう。


「ガイさんは店長の所に行って品出しを手伝って来てください」

「ハイ」


 速やかに立ち上がると、がいこつはまだ営業前の店内へと向かった。


 少ししてまたバーサーカーが手を挙げたが間違っている。そうしているうちにドルイドが、そして残りのコボルト、ドロ魔人も電卓を掲げた。


「ドルイドさんコボルトさん正解です。ドロくん違いますよ。1000ゴッド受け取ったのに40000ゴッド返すのはおかしいです。40000ゴッドというのは一日の売り上げ並みです。おかしいと疑う感覚を身につけてください。もう一度計算し直してください。計算は遅くてもかまいません。あせらずに正確にこなしてください」



「店長、朝の練習終わりました」

「御苦労さま」


 エンド(通りに面した、什器の端の売場)をいじりながら沢渡は笑っている。たぶん高橋の声のトーンで、ある程度言いたいことは予想がついているのだろう。


「電卓はやっぱり難しいみたいっす。空き時間も電卓叩いて慣れてもらわないといけないっすね」

「まあ、先は長いよ。ゆっくりトレーニングすればいいさ」


「あれっすよね。慣れるまで2人制で打ちます? バーサーくんとか計算できないけどスキャンがめちゃめちゃ早いじゃないっすか。計算の出来る人を横につけて慣れるまで練習積んでもらうとか」

「それもいいかもしれないね。午前中忙しいから、そうして貰おうか」


 沢渡は立ち上がり空になった段ボールを持って、首をコキコキと鳴らす。


「しかし、休めないのはしんどいな。シフトを組んでみよう」



 朝礼を終え店を開店させる。開店は店内時計で朝の9時。入り口で朝一番の客におはようございますと挨拶し、かごを渡す。店長になって10年続けた沢渡のこだわりだ。異世界に来たからと言ってその習慣を変えるつもりはない。毎朝、客の顔を拝み、気持ちを引き締め、全力で働く。今日もその一日が始まった。


 午前中レジは2人制にして沢渡も高橋もレジに付きっきり。アタフタする従業員たちに横で計算の仕方を丁寧に教え、様子を見守る。がいこつは1人で立派にこなしているし、いずれはみんなそういう風になってほしい。エラー音もよく鳴っているけれどみんな確実に成長していく。人もモンスターも一緒。たぶん、一緒だ。





 忙しい時間帯が過ぎ、1人制に戻してモンスターだけにレジを任せ、問題があったら手を挙げるよう伝えて沢渡と高橋は目の届くサービスカウンターにいる。沢渡はシフトを組んでいる最中、高橋は基本的にレジの助っ人兼お客さま案内係だ。


「高橋くん。休み週2日でいいかい?」

「えっ、2日も貰えるんすか」

「頑張れば、2日は休めると思うんだけど」

「店長は何日休むっすか」


「私は1日だね」

「それじゃ悪くて2日休めないっすよ」

「気にしなくていいんだよ。2日くらいは半ドンにしようと思っているから。働く時間は一緒だよ」

「じゃあ、ありがたく2日貰うっす」


 当然の話かもしれないが、沢渡と高橋は同時に休めない。モンスターだけで店を営業するのは非常にリスクがあるし、その結果どんなことが待ち受けているか考えるだけで恐ろしい。当分はどちらかが必ずいるようにして店を回す。自分のいない時の責任者は高橋。そんなことを考え、沢渡はふと、あることを思いつく。


「高橋くん。副店長にならないかい?」

「へ?」


 高橋が目を丸くする。すぐに言葉を理解したのか顔をブルブルと横に振る。


「む、む、無理っすよ! 自分まだ3カ月目ですよ」

「他に人間はいないじゃないか。ずっととは言わないよ。こちらの世界限定にするから。それに向こうに戻ったころには店も潰れて無いからね」

「でも……」


「名札をちょこっと変えるだけだよ。どうせ誰にも読めないし」

「でも、店長いないときは自分が責任とるんすよね」

「もちろん」


「給料上げてくれるっすか?」

「ゴッドで良ければね」


 笑いながらそんな風に話しているとスライムが駆けてきた。


「サワタリ店長! 試食無くなりましたー」

「ああ、それは作らないとね」


 沢渡はペンを置くと「とにかく考えておいて」と言い置いて行ってしまった。


「副店長かあ」


 ペンを回しているとドルイドが手を挙げたのが見えた。高橋は3号レジへと急いだ。



 キノコのハーブ焼きは綺麗に売れていた。シイタケ、エリンギ、エノキダケをフライパンで炒めハーブソルトをかけただけの簡単な料理。作り終えるとたくさんのカップに入れわけて、つまようじを刺す。


「さあ、これで心配はないよ。引き続き頑張って売ってくれたまえ」

「頑張ります!」


 実際スライムは本当に頑張ったのだろう。ハーブソルトも何本か売れていたし、キノコは在庫の3分の2は売れていた。先日のようなミスをしていないこともその要因かもしれない。スライムの成長を肌で感じた。


「キノコのハーブ炒めいかがですかー」

「晩御飯にいかがですかー」


 二人で声を揃えて言っていると店内放送が流れた。


『サワタリ店長、サワタリ店長。至急3号レジまでお願いします』



 何事かと慌てて行くと3号レジに怒り心頭のドラゴンがいた。もしかすると先日味噌を食い荒らしていたのと同じドラゴンかもしれない。


「コレ味見したんだけど腐っているから捨てろって言ってやったのに無視しやがるんだ!」


 ドラゴンが持っていたのは梅干しの空の容器だった。


「お客さま、申し訳ございません。そちらはそういった状態の商品でして」


 すぐさま沢渡は応対する。


「こんな酸っぱいもの、痛んでるに決まってる!」

「申し訳ございませんが店内で商品の開封はご遠慮ください」

「こんなもの置いといて腹壊したらどうするつもりだ!」


 ドラゴンがいつまで経っても声を挙げているので周囲の客もおののいてレジに並ぶのをやめている。


「お客さま」


 落ち着いた声がして振り向くとがいこつがいた。


「天下のドラゴンが食品1つにとり乱しては魔王さま・・・・に見限られるかもしれませんよ」


 魔王さまという言葉を聞き、ドラゴンが少しうろたえた。


「ワタクシどもは少ない給料で働き、一生懸命商品を売っています。その商品を店頭で食べ散らかし、文句を言うのはワタクシたちに対する侮辱ではないでしょうか」

「うぐぐ……」


「ルールを守って買い物出来ないようであれば、どうぞお帰りください」


 がいこつの毅然とした態度にドラゴンも地団太を踏み、「2度と来るかこんな店!」と叫んで帰った。先日もそう言っていたのに来たから、また来るかもしれない。

 ドラゴンが去ると店内に拍手が沸き起こった。すべての拍手はがいこつに向けられていた。


「すごいな、ガイさん! カッコよかったよ」


 沢渡も感動してしまってつい拍手を送る。


「ああ、いや」


 がいこつも照れているのだろうか、頭をさすりながら口元をカタカタいわせている。その様子を見て沢渡は1つの決意をした。



 営業が終わり、沢渡と高橋は従業員を草原へと見送る。みんな今日は少し気疲れした様子で帰って行く。


「みなさん、お疲れ様です。お疲れ様です。あっ、ちょっとガイさんは残ってください」

「?」


 3人で事務所に行くとコーヒーを入れてがいこつに手渡す。「あ、どうも」と言って受け取るとひと口飲んだ。コーヒーが体のどこへ消えているかは想像もつかない。


「ガイさん、実はお願いしたいことがあって残って貰いました」

「何でしょう?」


「あなたにぜひレジ主任を引き受けて頂きたいのです」

「レジ主任? なんですかそれは」

「レジ部門の責任者です」


 がいこつは少し驚いた顔をしている。


「ワタクシはまだ働き始めたばかりです。責任者が務まるとはとても……」

「昼の対応を見てぜひお願いしたいと思いました。この店は稼働し始めたばかりの新しい店です。スタッフも若い。私も高橋くんもいるけれど全てに目が届くとは限らない。どうかみなさんを助けて一緒に働いてくれませんか」

「しかしそれならタカハシさんが適任では」


「高橋くんは副店長になって貰います。そうだよね、高橋くん」


 高橋は諦めたように天を仰ぐと「……はい」と言って引き受けた。


「ここを良いお店にしていきたいんです。誰もが笑顔で通える地域のスーパーマーケットにしたいんです」


 がいこつは沢渡の熱のこもった眼差しを受けてしばし考えた後、しっかり目を見て「お引き受けいたします」と頷いた。


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