Lv.6 地下牢にて

 掌で腕をこする。すこしでも温めようとするが熱は集まらず、無情にも体は冷えていく。同じ牢屋で高橋が「ああ、頭痛い」と天を仰いでいる。頭痛の原因は今置かれているこの状況ではなく、深酒だろう。まだ酔いのさめぬ頭をフル回転させるが心当たりが全く思い浮かばない。買い物の代金は全て支払ったし、特に捕まることは何もしていない。何が悪いのか、考えているうちに眠気が襲い沢渡までコクリコクリと舟をこぐ。


「起きろ!」


 牢屋の前に兵士が2人いて1人がしゃがみ込み沢渡を覗き込んでいた。




 

 城を見たあと雰囲気のいい料理屋を見つけそこで夕食をとった。メニューがなかったので店員に『おすすめ』を頼み、待っている間にビールを飲んだ。昨日は疲れていてビールを飲むことすら忘れていたが、ビールを飲むことがこんなに幸せだったのだと思い出す。異世界のビールは日本のビールよりも一部の外国のビールに近くてあっさりとしていた。腹の底に炭酸が貯まる感覚。胃が膨れて気分も高揚する。


「店長これからどうします?」


 高橋が脱力したような眼差しで聞いてくる。沢渡はまだそこにまで考えが及ばず生きるだけで精一杯だったが、高橋の疑問はいずれ結論を出さなければいけないことだった。


「食糧はたんまりとあるし、しばらく2人で生きていくことはできるだろう」


 人ごとのようにいうと高橋が眉根を寄せる。


「なんかでも、それって空しくないっすか?」

「生きているということは幸せなことだよ、高橋くん。まあ、たぶん死んでるけど」


 笑いながらビールを煽る。高橋は「うーん」と腑に落ちない様子で頬杖をつく。


「あっ、店長! 店やったらどうっすか」

「店? スーパーをかい?」

「そうっす。この町の人たちに宣伝してお店に来てもらうっすよ。お金が入れば食べ物だってこの町の物を買えばいいし、ちゃんと人間らしく生活出来ますよ」

「それもいいな。少し考えておこう」


 ウェイターの女性が料理を運んでくる。


「はい、お待たせ」


 女性は重たそうな皿を豪快にドンッと置くと行ってしまった。乗っていたのはおいしそうな焼き色のついた肉のソテー。何の肉かは分からないが食べてみると非常においしかった。香辛料が効いていてスパイシー。高橋も喜んで食べていた。



 食事が終わり、宿屋も近くに見つけそこに泊まった。沢渡はかなり酔っていたので、高橋が受付などをしてくれた。待っている間も床に座り込みうとうと、うとうと。


「店長、行くっすよ」


 肩を担がれ立ち上がり、倒れそうにふらふらと歩く。階段を上った記憶はないが部屋まで送ってくれると「鍵かけてくださいね」と言って高橋は別の部屋に行った。小さな部屋だが、いくらくらいするのだろう。そんなことを思いながら、気絶するように身をベッドにうずめた。


 どれほど寝たのか分からない。戸を激しく叩く音で目を覚まし、扉を開けると兵士3人と1人の男性が立っていた。男性はよくよく見るとアクセサリー屋の主人だった。


「間違いありません。コイツらです」

「よし、連れて行け」


 兵士が部屋に踏み込んできて沢渡を取り囲む。


「ちょっと何なんですか!」


 後ろ手で縛られ部屋から連れ出されると、高橋も同様に捕まっていた。


 物々しい雰囲気の中、宿屋から連れ出される。宿屋の主人は恐ろしい物を見るような眼でおびえ、兵士に「ありがとうございます」と礼を言っていた。

外は小雨になっていたが、地面はぬかるみ人の姿もまばらだった。ただ、店の軒先に立った人々が2人の連行される様を怪訝な様子で見ている。兵士も濡れていたが自分たちも濡れていた。城に入り、地下へと連れて行かれ、2人は地下牢へと閉じ込められた。





「お前たち平原にできた店からやって来たそうだな」


 兵士に言われて頭が真っ白になる。アクセサリー屋の主人から聞いたのか。しかし、まずいことだろうか。兵士はその表情を見てニヤリと笑みを浮かべた。


「お前たちモンスターだろう」

「へ?」


「先日、草原に変わった建物が出来て、それにモンスターが群がっていたというタレこみがあった。城も警戒して調査していたところだった。あそこから来たということは2人ともモンスターじゃないのか」

「ち、ちがいますよ。あれはただ」


「見たところ変わった服を着ているしな、普通の人間とは捉えにくい」

「ああ、これですか」


 衣服を真っ先に買わなかったことを後悔する。


「モンスターでないというならば証拠はあるか?」

「全裸になっても証明するの無理っすよ」


 考えた沢渡は正直に話そうと意を決する。


「実は私たち異世界から……」


 高橋が「ううん!」とうなり声をかき消した。


「実は自分たちモンスター相手に商売始めたんすよ」

「ほう」


 兵士が興味深げに問い返す。


「となるとモンスター相手にアイテムを売っていたというのか?」

「普通に商売してたんす」

「魔王軍にアイテムを売るというのはいささか考え物だが……」

「魔王軍から金を回収して資金源を断とうと日々頑張ってるっす」

「なるほど」


 兵士は深くうなづき考えた後、何かを思いついたように、にやりと笑った。


「事情は分かった。ただ、誠に結構なことだが実は少々問題があるんだ」

「問題?」


 沢渡は呟く。


「実は国の決まりでな、商売するなら税金を幾らか納めなければいけないことになっているんだ」


 ああ、金が欲しいのかと察しの悪い沢渡でも分かった。


「いくら納めればいいのですか」

「国に納めるのは一店舗当たり5000ゴッドだが、魔王軍にアイテムを売った罪を見逃してやる代わりにもう2000ゴッドを徴収する」


「50000円!」


 叫んだ高橋を見て悪びれない様子で兵士は笑う。


「50000でもいいんだが無理だろう。嫌なら別に無理にとは言わないが。その代わりにモンスターの仲間であるとして処刑しなければならなくなる」 

「処刑!」


 血の気が引いて愕然とする。

 結局、6500ゴッドしか持っていなかったためその全額を徴収することで勘弁してもらい種々の手続きを終えて2人は釈放されることになった。城前で解放されて夜の街に2人放り出される。


 荷物は漁られた形跡があるが、どれも無事だった。傘を差して夜の小雨の降る町を歩く。町には松明がともり、道には客引きの姿もある。でも、近づくとおびえた顔をして扉をみんな閉める。どうせ金はないのだから用はないけれど、あまりの変貌ぶりに言葉をなくした。足元をぴしゃぴしゃと鳴らしながら歩くが心は弾まない。


「夜に町出られないっすよ」


 高橋が脱力したように呟く。

 結局、濡れていない所を探し、町の端の樹木にもたれて夜を明かすことにした。





「やい、モンスター!」


 冷たい水に起こされると人だかりが出来ていた。少し離れて2人を取り囲み、侮蔑の眼差しを向けている。口々に「モンスターの仲間なんだってさ」とささやくのが聞こえた。


 集団の心理というものは恐ろしく、1人がささやき始めればそれは波のように広まり、大きな波紋となって人々の心を揺らす。


「町から出て行け!」


 小さな子が石を投げた。それが沢渡の頭にあたる。


「何すんだ! この……」


 掴みかかろうとした高橋をあわてて制した。けれど、その様子を見て激高した子供の父親が高橋に殴りかかり、乱闘騒ぎになった。高橋は屈強な男たちに押さえつけられてひたすら殴られた。沢渡がやめてください、と叫び間に入ると今度は沢渡が殴られた。

 騒ぎを聞きつけて町の入り口にいた兵士が駆け付ける。騒ぎを速やかに治めたが、殴っていた町民は咎めず、「さっさと出て行け」と2人を冷たくあしらった。


「何なんだよ!」


 悔しさを込めて高橋が怒鳴る。そして、遠くから視線を送る子供連れの女性に「見てんじゃねえ、ババア!」と悪態をつく。

「高橋くん、やめないか」

「でも!」

「やめよう」


 高橋は少し不服そうだったが、諦めると沢渡の後ろをトボトボとついてきた。


「店長、怒ってないんすか」


 高橋の声はしょんぼり沈んでいる。


「怒っている。怒っているさ」


 沢渡の声はそれ以上に深くて地の底から湧き上がるような怒りが込められていた。


「なら……」

「我々だけは正しくいよう。正しくいたいんだ」





 出て少し歩くと草むらからスライムが出てきた。


「おかえりなさい!」


 スライムは町から出てくるのを待っていてくれた。


「町楽しかったですか?」


 嬉しそうに聞くが答えることは出来なかった。


「高橋くん」

「はい」

「我々は生き抜く。なんとしても生き抜くんだ」


 沢渡はそう力強く宣言すると雄たけびを上げるように空に向かって「くっそおおおおお」と叫んだ。

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