黒猫、記憶の彼方
「ミュナお姉ちゃんー!」
白銀の中、ヴェルペちゃんが走ってくる。[転移]で連れてきた師匠も、その場で見守っている。
「いらっしゃい! 師匠もゆっくりできますニャ?」
「あたしゃすぐ帰るよ。あの子たちの入学準備があるからね」
「それじゃ、ヴェルペちゃんは私が送っていきます! 明日の夕方でいいですニャ?」
「よろしく頼むよ。――――ヴェルペ、魔法陣のことならミュナに、調合ならケイシーに聞きな」
慌ただしく戻っていく師匠に、「はーい!」と二人で返事をした。
「ヴェルペちゃん、調合もするの?」
「うん。師匠がね、いろいろやって、好きなこととかやりたいことを探しなさいって」
それがいいよね。
獣人は魔法向いてないっぽいこと言われるけど、やりたいのならやればいいと思う。やりたいことをやるのがいいよ。魔法に向いてるらしい魔人でも、ルベさんは細工師を目指しているし、魔王は料理人だしね。
ヴェルペちゃんが言うには、最近のお姉ちゃんたちは学園の話ばかりでつまらなかったんだそうだ。
あと一か月ちょっとで新年になり、明けて早々に入寮入学するらしい。魔法札書いておこずかいを貯めつつ準備してたら、そりゃ忙しいね。
ちょっとプリプリしているヴェルペちゃんは、さみしいのもあるんだろう。
私は小さい手を繋いで、宿屋の二階へ案内した。一番奥の角部屋の扉を開ける。
「ここが、ヴェルペちゃんの部屋だよ」
「こんな広いお部屋に住んでいいの?!」
元々ベッドが三つ置けるくらいの部屋だけど、今はベッドと机が置いてある。狭いってほどでもないけど、お世辞にも広い部屋じゃないよね。でもすごく喜んでくれたよ。
学校に行くまでの二年間、楽しく暮らしてもらえるといいな。
「部屋は好きに使ってニャ。必要なものがあったら、相談するといいよ。作れるものはいっしょに作っていこ」
「うん! わたし、作るのも大好き! 楽しみ!」
それならきっと、ここの生活も楽しい。
「そうそう! 鶏が来たんだよ。鳥小屋に卵とりに行こう!」
「ケイシーお兄ちゃん、おいしいの作ってくれるかな?」
「間違いなく作ってくれるよ」
二人で源泉の近くの鳥小屋に行くと、ちょうど魔王が柵の中にいた。鳥小屋の前は放し飼いにできるように囲ってある。鶏は外で餌を食べているところだった。
「魔王、卵とれた?」
「とれたよー。新鮮だよ」
「ケイシーお兄ちゃん、魔王なの?」
「そうだよー。ステータスに書いてあるからね」
「「ええ?!」」
「ええ? って、二人ともどういうこと?」
魔王ってステータスに書いてあるものなのか?!
私とヴェルペちゃんはこそっと顔を見合わせた。
魔王はそうは言ったものの、全然気にしてないみたいでニコニコと卵を見せた。
「俺、掃除しちゃうから、卵を温泉の卵置き場に持ってってくれる?」
「わたしやりたい!」
やる気まんまんのヴェルペちゃんに、卵が入ったかごが手渡された。割らないように、そーっと歩いていく。かわいいなー。
温泉の近くに作ってある卵置き場は、流れ出た温泉のお湯がたまるようにしてある場所で、卵を入れておくと温泉卵が作れる。
[無魔法結界]ぎりぎりのあたりにあるそこでは、ルベさんが卵待ちしていた。眺めていると、二人でかごを温泉に沈めているのが見えた。
ふさふさ四つ足の火の使役精霊ペルリンが、その周りをちょこちょこと歩いていた。ペルリンは温泉の近くが好きで、仕事がない時はそのあたりにいるんだよね。
風の使役精霊フレスも飛んできた。ヴェルペちゃんと遊ぶつもりらしい。
ただちょっと源泉に近いのが気になった。
温度高いから危ないな――――。
そっちに向かいかけた時、フレスを追いかけていたヴェルペちゃんが源泉を囲っているレンガの前でよろけた。
「――――危ない!!!!」
一番近くにいたルベさんが、さっと飛んで腕を掴んだ。
ヴェルペちゃん落ちなくてよかった!! けど、その源泉のあるとこ、[無魔法結界]の外側だよ…………!!!!
駆けだした私は、ルベさんの周りに魔法陣が浮かび上がったのを見た。
――――結界から出た時を狙って、ピンポイントに魔法をかけるわけがない。ずっと発動しっぱなしの結界みたいな魔法なのかもしれない――――。
徐々に光が濃くなっていく途中でルベさんのところにたどり着いたよ! 間に合った!
駆け寄る勢いのまま飛びついて、ルベさんにぎゅうとしがみついた。
「――――ミュナ様!!」
魔量勝負なら、負けない!!
ぐいと力をこめてルベさんを魔法陣から引きはがし、安全な[無魔法結界]の中へ押し戻した。
ついでに、光の中に見えた魔法陣の核を掴む。消えないように魔力を流して、古代精霊語の
――――挨拶文――――種族捜索……? ――――拘束――――記憶を受け入れるものの位置記憶を解放――――……これが、呼び寄せる地点だ!!
勝手に連れていかれるのは断じて許さないけど、こっちから攻め込むのはやぶさかではないよ!!
[転移]しようとした瞬間。
うしろから抱きかかえられた。
「[
魔王?!
出かかっていた呪文は止められずに、私の口から零れ落ちた。
「[
――――あ…………。これ、どこかで――――……。
強く締め付けてくる腕が、忘れていた記憶をかすった。
でも、ちゃんと思い出せるほどの時間はなく、私たちはどこともしれない転移先へと消えたのだった。
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