黒猫、絶望の午後七時
馬車は街道から枝道へと入り森の中を進んだ。
その先の小さな集落の中に、トムじいのお店があった。
細工屋『
ランタンに金属の鳥の飾りが付いてるのとか、金・銀・黒銀・赤金と、いろんな色のスプーンとフォークとか、かわいいのいっぱい!
鍋とかフライパンも売ってて欲しい気もするけど、料理スキル10だしな。ムダづかい間違いない。
「ミュナはなんかほしいものがあるのか?」
楽しくてあちこち見てたら、トムじいに笑われた。
だって、おもしろいのいろいろ売ってるんだもん!
そういえばこっちの世界に来て、初めてお店をゆっくり見たな。日本にあるものでも見たことがない材質で、見飽きない。
「わしはメシの支度するからな。店でも庭でも好きに見ていいぞ」
「はい。お手伝い……なんでもないです!」
あぶないあぶない。食べれないものにしてしまうかもしれない。ごはんの手伝いはキケン。
「アタシが手伝うから、子どもは遊んでな」
馬の世話から戻って来たミネルバさんが、トムじいに付いて台所へ行ってしまう。
そんなに子どもじゃないんだけどなー。
庭に出ると、空はオレンジ色から紺色に染まっていた。
ポケットから取り出した記憶石を見比べる。
片方は『マルーニャデン魔法ギルド』もう片方は『火トカゲ浴場(マルーニャデン中区)』と表示が出ている。
お風呂の方を手に持ち、もう片方はポケットにしまった。
「[
ふわりと光が舞い、魔法が成功。
『銀胡桃(バサリトニャ)』と表示されたのを確認してポケットに入れ、魔法ギルドのを取り出して握りしめる。
「[
一瞬で目の前の景色が変わった。魔法ギルドの庭だ。
私は急いで魔法ギルドの中へ入った。見つからないように……。見つからないように……。
そして入口近くの無人販売庫で記憶石と空札を買って、またトムじいの店へ[転移]した。
何事もなかったように店の中に戻る。改めてお店の中をぐるりと見まわすと、すみっこに砥石や道具が置かれた作業スペースを見つけた。
トムじいは道具のお手入れもしてくれるんだ。
近くでよく見ると、周りの床板がささくれ立ち、たくさん使われてるんだなとわかる。
ああ、でも、足ひっかけそうで危ないな。トムじい、足悪いのに。
私はしゃがみこんで魔法を唱えた。
「[
ごくうすーく軽く魔法をかけて、板のささくれを切り落とす。あ、いい感じにできた!
ここからが考えどころなんだよ。
うんー、どうしようか。
魔法でささっとできちゃえば簡単なんだけど。私が書き写した魔法の中には、『へこんだ床をいい感じに埋める魔法』なんてのはなかった。
切り落とした木片も使って、少量の粘土と混ぜて埋める感じ? ――――[創水]と[土壁]を足せばいいかな。
そういえばゴムとかレジンとか琥珀って樹脂だっけ。ああいうので表面を固められればいいのに。ツヤっとして傷が付きづらそうな気がする。
魔法鞄のリュックから空札を出す。あっ、書くものない……と思ったら、鞄の中に入れていた手にペンが乗っていた。
これボールペン! 漆黒のボディがお気に入りのやつ! なんだキミ、鞄の中にいたんだ。
愛用のペンを握り、トムじいの作業机をちょっと借りる。
丸を書き、四大精霊へのご挨拶文を書いて、術組立て文へ。
土少量と水少量を使って、そこにあるものと混ざり、床をたいらにする。骨組みはこんな感じかな。
シロアリとかいたら困るから、土と木は熱処理で水は殺菌……いや、熱湯で混ぜればいいのか。耐えがたき熱さに全部滅されてしまうがいい……。
[煮湯]の魔法を上に付け足して、混ぜてこねてを強い[撹拌]で。
樹脂は……よくわかんないから樹脂って書いてみる。私が書いた字は勝手に古代精霊語になるわけだし、なんとかなからないかなーっと。
たいらにするのは風魔法でいいと思う。あ、乾燥を使うから、風を強くした[乾燥]なら無駄がない気がする。
術終了。[札封]。
そして魔力を込める込める込める込めるぅ~!
光りが紙をめぐり、カードへと変わった。
表面には[修復・特殊]と書かれている。
なるほど、これ[修復]っていう魔法になるんだ。でも、そんな呪文あったっけ?
中級も上級も必要そうな感じのものだけ写したから、見逃してるのかもしれない。今度ちゃんと見てこよう。
魔法札を使うのは、札の表面の魔法を読み上げればいいはず。
「[
カードがふわりと溶けて、魔法陣が床に浮かび上がった。私を中心にして円は広がり、部屋の隅々まで満たして、消えていった。
見れば
ああ! しまったー!! 範囲指定するの忘れてたよー!
へこみをちょっと直すだけのつもりだったのに!
どうしよう、悪い商人に知られたら馬車馬――いや、馬車猫のように働かされちゃう!
こんなド派手にやっちゃったら、ゼッタイおかしいって思われる!
…………うん、ナイショにしよう。
言わなきゃバレない……かもしれない……。
私はキョロキョロと挙動不審になりながら、二人がいる方へ向かった。
店から家の方へ一歩踏み出す。
そして、店の床だけじゃなく家側の床までキレイになっていることに絶望した。
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