黒猫、寂寥の廃墟を思う
初雪が降った二日後、温泉浴場が完成した。雪が積もる前に完成してよかった!
蒸し風呂は露天風呂といっしょに外へ設置した。
男湯と女湯を隔てる壁代わりにもなってちょうどよかった。それぞれ水風呂も完備。水風呂はドワーフのみなさんがこだわり持って作ってくれた、広い岩風呂だ。
中はそこそこの大きさの浴槽が二つと洗い場。浴槽一つの予定だったんだけど、蒸し風呂分が空いたから二つ作っちゃった。温度を変えてるけど、なんか入れてもいいよね。家族旅行で薬草風呂とかリンゴ風呂とか入ったのを思い出す。
…………いや! さびしくなんかないんだから!
広い休憩室には厨房も完備。小さい販売庫にフルーツ牛乳……じゃなく果実水を入れる予定(魔王が)。
そして、二階には個室が――――……。
「ミュナ様! これ、宿じゃないですかぁ!」
いっしょに建物の中を見ていたルベさんが、くわっ! と怒った。
二階の廊下の壁は片側は窓、もう片側は部屋の扉が間隔を置いて並んでいた。
個室は五部屋。こじんまりとした温泉宿となっている。
前にドワーフのダースタさんとドルガさんが来た時から、宿泊場所があったらいいなと思ってたんだよ。
「温泉に宿が付いてたらいいニャーと思って……」
「やっと、ミュナ様も建物の中に住むと思って安心してたのに! 最初から住むつもりなかったです?!」
「ギク。そ、そんなことないニャ……」
ルベさんは怒った顔を一転して、ニヤリとした。
「そんなことじゃないかと思っていましたよぅ?」
「え……?」
三番目の真ん中の部屋の扉がガチャリと開けられる。
――――はしご?!
ベッドを三つおけるほどの部屋は、今は空っぽだ。
手前側には、なぜか知らないはしごが付いている。
「はしごは魔王様が作ってくれました。さぁ、上へどうぞ」
はしごを上りひょこりと覗くと、そこは丸窓がかわいい屋根裏部屋になっていた。
――――なんと!! いい感じのすっぽり感です!!
「ここがミュナ様の部屋になりますぅ。荷物は強制的に移動させていただきますぅ」
気に入ったことがわかったのか、ルベさんのしてやったりな言葉が背中から聞こえる。
「……いつの間に?」
「気付かれないように、みんなでこっそりですよぅ」
ふたたびガチャリと扉が開き、コニーと魔王が顔を見せた。
「――おう、テントたたんで持ってきてやったぞ」
「黒猫に机作ったよー。ここで魔法陣も書けるね」
魔法鞄に入れてなかったテントだけたたんで持ち込まれ、新しい机といすも運び込まれる。
なんというか、いろいろと誤解されている気がするけど、別にテントでも困ってなかったんだよ?
でも、こんなにされたら……。
「……それじゃ、しょうがないから、住んでもいいニャ……」
「あたしの心の平穏のために、そうしてください!」
「まったくミュナは素直じゃないな」
「そこが黒猫のかわいいところなんだよ」
……なんでこんな生暖かい目で見られないとなんないのか。解せぬ。
温泉宿の完成パーティは、まずはみんなでお風呂に入った。露天風呂へ行くと男湯の方から大変盛り上がってる声が聞こえている。水がザバーンいってるから、水風呂でホントに泳いでるんだろうな……。
女湯の方は落ち着いたもんですよ。私一人で広い露天風呂を独り占め。他のみんなは蒸し風呂派なんだって。
お風呂の後は、魔王が作った料理を食べた。火熊の鍋だ。デガロン砦に魔法札を納品に行った時に、たまたま火熊の肉が売ってたから買ってきたやつ。トウガラシかな? 赤くて辛いのが入っててピリ辛ウマー!
がんばってくれた使役精霊たちにも、魔王製回復薬をあげた。いつもいっぱい働いてくれてありがとね。私の魔力だけでいいはずなんだけど、魔王の回復薬は好きみたいで喜んでる。
ちなみにお風呂の掃除はスライミーが担当してくれている。
一旦お湯を止めて抜いた後、空になったところにべろーんとくっついて、汚れを取り込んでくれるのだ。ゴーレムってすごいと思ってたけど、スライムもかなり万能だよね。
「師匠! 空札と空巻物くださいー。あ、あと記憶石も」
「はいよ。ちょっと待ってな」
マルーニャデンの魔法ギルトは相変わらず人が少ない。
あんまり魔法を使わない獣人たちの町だからしょうがないのか。なのにトレッサ師匠みたいな大ベテランがいるのが不思議だったけど、
奥から戻ってきた師匠から、いろいろ入ったカゴを手渡された。
「ほれ。これでだいじょうぶかい?」
「はい。しばらく間に合うと思います」
身分証明具を水晶にかざして、銀行からの支払いにする。
品物を魔法鞄に移していると師匠がさりげなく話をした。
「ミュナ、召喚魔法だがね、やっぱり記録はないよ」
「……そうなんだ……。でも師匠、じゃどこに行っちゃうんでしょうニャ?」
「あたしゃその現場を見てないからなんとも言えないがね……。ただ、どんな悪い魔法だったとしても、魔法陣の組立て文を残せなくても、
もしウソだとして、ルベさんになんの得があるかっていうと、なんにも思いつかない。
だんだんと元気をなくしていって、怯えて諦めた顔をしたのが演技だったとも思えない。
無残な廃墟となっていた魔人国が、脳裏に浮かぶ。
誰もいなくなったあの国のあの姿は事実なんだよ。
「師匠、気にしてくれてありがとうございます。――――これ、私の町の[位置記憶]です。お風呂ができたので、よかったら来てください!」
記憶石を差し出す。
師匠はちょっと目を見開いて、ニヤリとした。
「ありがとうよ。コニーもケイシーも住んでるんだろ? 近々遊びに行こうかね」
「……コニーはなんで帰らないんだろう? こっちに家あるんですよニャ?」
「あるね。まぁギルドの宿舎だけどね。――――なんでもあんたたちが放っておけないらしいよ?」
なんと! アイツの方がだまされやすくて危なかしいのに!
私の顔を見て、師匠は笑う。
「――――楽しそうだねぇ。子どもたちも連れて行っていいかい?」
「ぜひ! 待ってます!」
使役精霊たちを見て、喜んでくれるかな。魔書師のタマゴたちだから、魔法陣から作れるって聞いたらびっくりするかも。
「――あ! 黒猫も来てた!」
うしろから声をかけられ、横に並んだのは魔王だった。
「師匠! 薬草くださいー。ブルムとアバーブの葉お願いしますー」
「……あんたたちそっくりだね。同じこと言って買いに来て。はいよ、ちょっと待ってな」
笑って師匠は奥へ行った。
そっくり? こんな金髪碧眼のふんわり魔王と?
私と魔王は顔を見合わせた。
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