* 師匠日誌 2

* 主任調合師の癒し



 * * *



 マルーニャデン魔法ギルドで、黒猫獣人が「師匠、師匠」とトレッサに話しかける姿を見かけるようになってから、一か月が過ぎていた。


 そして最近、もう一人トレッサを「師匠」と呼ぶ者が増えた。

 これまたおかしな青年だと、主任調合師でもあるトレッサは思った。


 調合教えてくださいと現れた彼は、ケイシーと名乗った。彼は調合を教わりに来たというのに、なぜかすでに調合師のローブを着ていた。


「……あんた、調合師なんじゃないのかい?」


「あ、いえ、これは訳あって着ているだけで、黒猫……ミュナのローブなんです」


「ミュナの知り合いかい?」


「はい! いっしょに暮してます!」


「…………そうかい。まぁ深くは聞かないがね」


「深く聞いてくれてもいいです!」


 金髪碧眼の整った顔をにこにこさせてそんなことを言う。聞いてくれてもいいというよりは、言いたくて仕方がないという顔だ。

 トレッサは聞かなかったことにして、話を進めた。


 彼は調合はやったことがないが、調合スキルはあるという。調合スキルは調理スキルとも関連していて、調合に近い作業をするとスキルが上がるため、さほど不思議なことはない。

 魔法スキルも高いらしく、調合作業をするのに問題はなさそうだった。


「まずは回復薬から教えようかね。これは魔量を回復するものだよ。だいたい疲労回復効果も付いたものが多いね。一番売れる調合液だからね、これが作れればお金になると思いな」


 回復薬の基本の液は、薬草のブルムとアバーブの葉とレイジエの根でできている。乾燥した三種類を水と鍋に入れ、煮立たせないようにしながら煮詰めていき、正しく出来上がった液に魔力を込めれば、回復液の完成だ。


 トレッサは説明しながら一通り作り、水晶でできたスプーンで液をすくった。

 台座の上に水晶が乗った機能性能計量晶へかざせば、性能が表示される。


「[性能開示オープンプロパティ]」


 |魔量回復 性能:5

 |疲労回復 性能:2


「性能はこんな感じになる。魔量回復が4あれば、売りに出せるかね。最後に濾して、ビンに詰めて、[封印]すれば、売ることができるよ」


 サーバーへ移して下の蛇口をひねり、出てきた液をビンに詰めた。


「こんな感じだが、できそうかい? あとは、作り手の研究で材料を足して性能を上げていくことになるね。有名なものではコショウを入れて――――」


「コショウ?! コショウあるんですか?!」


「…………あるよ。基本の材料ではないから、ギルドでは扱ってないがね。町の調合屋なんかでは扱ってるだろうよ」


「……料理に入ってなかったから、てっきりないんだと思ってた……」


 つぶやきが耳に入る。

 ――――料理? アレをかい?

 魔法ギルトの主任調合師として、当然コショウ入りのものも作ったことがある。ホールを基本の液に入れて煮込むのだ。吸収がよくなるらしく性能は確かに上がる。だが、クセが強く飲みづらい味になるので、使わない調合師も多いのだ。


「あとは、ショウガとかも――――」


「ショウガもあるんですか?!」


「ミントとか――――」


「ミントも?! ペパーミントですか?! スペアミントですか?!」


「……ケイシー。話が進まないよ。ちなみにミントはどっちもあるよ」


 そう答えると、ケイシーは小躍りして喜んだ。

 よくわからない子だが、薬草や調合に使われる材料には詳しいらしい。それならおもしろい調合液をそのうち作りだすかもしれない。

 とりあえず基本のを作らせてみると、危なげなく作り上げた。


「[性能開示オープンプロパティ]」


 |魔量回復 性能:7

 |疲労回復 性能:2

 |特効:美味


(――――――――は?)


 ……トレッサは機能性能計量晶が壊れたのかと思い、もう一度自分が作ったものも計ったが、己が作った回復液は前と同じ数値を示した。

 特効「美味」は別に構わない。これは調理スキルが高い者が作ると付く。予想通り、この金髪の青年は、料理をやっていたのだろう。

 だが、回復の性能がおかしい。7って。上級回復薬並みの数値だ。


 一体、どうなっているのか。


 その後も作っていきたいと言うから好きに作らせておくと、とんでもない量の回復液を嬉々として作っていたのだ。


「師匠! たくさんできました!」


(ああ。たしかにたくさんだね。たくさんすぎるがね!)


 魔量の少ない者なら、最初に鍋に作った分で魔量はなくなる。

 魔量が多いものだって、二回作るのがやっとだろう。それが、鍋五つ――――……。


 トレッサはくらりとする頭を押さえた。


(――――この感じ、どこかで覚えがあるね……)


 そうだ。もう一人の師匠と呼んでくるアレだ。

 そして同じことを言わせられるのだ。


「ケイシー、あんたどんだけ魔量があるんだい? 普通は鍋二回も作れば、魔量は切れてくるからね。おかしなのに目をつけられて働かされたくなければ、人目につくところでそんなに作るんじゃないよ」


「……おかしなのって……」


「そりゃそうだろ? 一日に作れる回復薬の量が倍になれば、儲けも倍だよ。お金のためなら人をさらって働かせるやからなんて、たくさんいるさ」


「……こ、怖いです……!」


「そうだろう? だから、こっそりと活動するんだよ。あんたも、どこかよその町や街道沿いに店を構えて、無人販売庫で売る方がよさそうだね……」


「そうなんですか?」


「ああ。そのおかしな性能の回復液は、ギルドでは買い取れないからね」


 残念ながら回復液に関しては、魔法ギルドでは性能が同じもののみを販売している。とはいっても、普通の者が普通に作れば、同じ性能になるはずなのだから、外れる方がおかしいのだ。


 ギルドでは買い取れないと聞いて、いくぶん肩を落とした青年に言った。


「だがね、治癒液はいろんな性能のものを買い取っているからね。おもしろいのができたら持ってくるといい。次は治癒液を教えるよ。またおいで」


「はい」


 まぁ、とりあえず、自分のポケットマネーで買う分にはいいだろう。

 トレッサはおかしな性能のほぼ高級回復薬を、高値で何本か買い取ってやったのだった。





(――――――――そんなことがあったね)


 目の前に並んでいる弟子二人を見て、トレッサは思う。

 訳ありだろうに、いろいろあっても「師匠! 師匠!」とのん気に慕ってくる子たち。

 二人を見ていると、しょうがないねぇと思いながらも、笑みがもれてしまうのだ。


「……あんたたちそっくりだね」


 言われた二人は、同じ表情できょとんと見返した。


(――――やっぱりこの二人はよく似ているよ!)


 トレッサはクックックと笑いながら、奥へと向かったのだった。





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