黒猫、拷問部屋を許可する
温泉浴場は[無魔法結界]の中に作る。ということは、私の書いた巻物でさっと建てることができない。魔法陣は魔法だから結界内で使えないのだ。
なので、まずパーツごとに巻物に書いて、結界外で[解巻物]して作る。それをツッチーとドロシーが持ち込んで組み立ててくれている。
ゴーレムたちは必要な時に大きくなれてびっくりしたよ。便利だねぇ。
もちろん他の使役精霊たちもちゃんとお仕事している。
「黒猫様」
うやうやしく近づいてきた魔王が、片膝をついて頭を下げた。
「なんだ魔王」
「燻煙……違った、煙による拷問部屋を作ってもよろしいでしょうか」
「よかろう」
うなずくと、魔王は「ありがたき幸せ……」と言って下がっていって、ひゃっほーと木材を物色しに行った。
拷問部屋。ククク……。魔王、よくわかってる。どんなのができるか楽しみにするとしよう。
でもまさか、拷問部屋から漏れ出る燻製のいい匂いに、「おいしそう! 待てない!」と私が拷問されるとは思わなかったよね。
そこをすかさず頭なでなでからの味見の必殺技で、この黒猫をあーんさせるとは……! 恐るべし魔王!
「黒猫様」
また魔王がやってきて、膝をついている。
「羊……違った、生贄を用意してもよろしいでしょうか」
!!
今、羊って言った! 前に、食べるのかわいそうになるからダメって言ったのに!
「だ、だめニャ。許可しニャい」
「ふわふわでございます」
「くっ……。だめニャ! だまされないニャ!」
「もこもこでぎゅうぎゅうに……」
「ホントのことを言うニャ!」
「新鮮ラム肉食べ放題」
「やっぱり!」
「しまった……! ソーセージ作るのに腸ほしかったのに! 仕方ないなぁ。肉屋で買ってこよう」
!!
肉どころか、腸とか言ってるんだけど!! 恐るべし魔王!
「黒猫様」
またまた魔王がやってきて、膝をついている。
「な、なんニャ……」
「鶏……違った、生贄を用意してもよろしいでしょうか」
今度は鶏?!
「だ、だめニャ! 許可しニャい!」
「ふわふわのぱたぱたでございます」
「ふわふわのぱたぱたいらない! フレスで間に合ってる!」
私がそういうと、呼ばれたと思ったのか風の使役精霊のフレスが、さーっと飛んできて頭に止まった。
「新鮮卵食べ放題でございます」
「うっ」
「唐揚げに鶏がらスープまで、余すとこなくいただけるのでございます」
唐揚げ! 鶏がらスープ!
「サクッとじゅわっと……」
「サクッとじゅわっと…………許可する!」
くっ……。屈せざる負えなかった……。恐るべし魔王!
「――――コイツら、何やってんだ」
「ミュナ様と魔王様はいつも楽しそうですねぇ」
コニーとルベさんがこそこそ言ってるけど、聞こえてるから。
私は魔法陣を書くのを終えて、ルベさんの入れてくれたパルドム茶をいただいた。あー、温まるなー。
「ミュナ様、お風呂屋はだいぶ出来上がりましたね」
「うん、外側はほとんどできたから、あとは中身だなぁ。もうちょっとでできると思う」
「ミュナ、おまえ本当におかしいからな。普通、家を建てるのは大工だからな」
「そういう決めつけが魔法陣の可能性をつぶすのだよ」
「――くっ。えらそーに……」
ふふん。えらそうじゃなく、えらいのだ!
「おつかれさまだっす!」
ドワーフのみなさんもお茶の時間に集まって来た。その中でドワーフのお姉さんドルディーさんが目を輝かせている。
「ミュナちゃん、お風呂見てきただすのよ。蒸し風呂があるだすのねぇ!」
「あ、わかった? 蒸し風呂あるよ! 水風呂もあったほうがいいんだよね?」
「わかってるだすな! 水風呂大事だっす! 外にあるともっといいだっす」
「外?! 寒くないの?!」
「雪の中ちょっと凍った湖で泳ぐんだすよ。温まって冷やすが醍醐味なんだっす。そして整うんだっす」
ひー、寒そう!!
でも、そうか、ドワーフ村も蒸し風呂文化なんだ。ドワーフの村もあちこちに集落が散らばっているらしいんだけど、ワスラ火山地区にある村にはほぼ蒸し風呂があるらしい。
じゃ、蒸し風呂と水風呂は外に作るか……。ううっ、雪の中の水風呂、想像しただけでも寒い……。
「おやつどうぞー」
魔王が小鉢をみんなに配っている。
今日のおやつは何かなー!
受け取った小鉢には、まごうことなきとろとろのあの温泉卵が入っていた。
「温泉卵だ!!」
「うん、温泉の流れに段作って、どの場所の温度ならいい感じに固まるか実験したんだ」
塩をちょっとかけていただくと、あったかとろとろウマー。寒い時期にうれしいおやつだね。
「魔王様! すごいですぅ、とろけますぅ!」
「なんだこれ?! ケイシー、おまえ天才?!」
「すごいだっす! とろとろだっす!」
みんな大喜び。
そういえば前にとろとろの温泉卵が乗ったピザ食べたなぁ。厚切りベーコンとおいしかった……。
日本のことを思い出して、ちょっとしょんぼりした。ふと、頭が暖かくなって、ふわふわとなでられた。
「黒猫、どうしたの?」
「なんでもない」
「……なんか食べたいものある?」
「ピザ……あ、トマトってこの時期ないよニャ」
「そうだねぇ。黒猫、トマト好きなの? 暖かくなったら植えようか」
「うん。ナスも植える」
ナス大好き! 畑かー。自家製野菜もいいよなぁ。じゃ、冬のうちに畑の計画も立てておこう。
「どこに畑作る? 町の真ん中だともったいないよね」
「敷地増やすのもやぶさかじゃないニャ」
「黒猫ってば、魔法陣書きたいだけでしょ」
魔王と畑の話をしていると、ルベさんが声を上げた。
「あっ、雪! 雪降ってきましたよ!」
みんな一斉に炊事場まわりの屋根の外を見る。
灰色の景色の中、ちらりちらりと舞う雪。
この日、ワスラ火山地区の黒猫国に、初雪が降った。
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