黒猫、安息の地を求め


「――――ミュナ。ミュナ。あんたまさかずっとここにいたのかい?」


 はっ。

 もぞもぞと顔を動かすけど周りがよく見えない。

 目をちゃんと開けると、おでこの上の方に明かりが見えていた。

 ……あー、寝袋大きいからはまっちゃってたよ……。

 顔を出すと、トレッサさんが笑いながら見下ろしていた。


「おはようございますニャ……。えっと、ごはんたべに管理局に行きましたけど……むぐ」


「まぁ、かわいいねぇ。他に書写やるやつもいないしね。いいよ、好きにお使い」


 よかった。お許しが出た。今日からここは私の部屋ということで!


 やー、寝袋っていいよー。落ち着くしぐっすりだったな。ちょっと濡れてるのはヨダレだから。泣いてなんかないから。


 私が寝袋から出ると、トレッサさんは寝袋に[乾燥]をかけてくれた。時々は[清浄]もかけた方がいいらしい。[清浄]は強力で魔力をかなり使うから、たまにでいいって。


「朝ごはん食べてきまぁす」


 いっておいでと笑顔で見送られて、私はまた管理局へと向かった。




 朝ごはんはオムレツにしたんだけど、ケチャップがないの! さみしい! あの黄色に赤がトロっとしてるのがいいのに!

 この町は味付けがシンプルだよね。塩味と素材の味だけって感じ。獣人さんが多いからなのかな。美味しいけど、ちょっと物足りないよー。


 ごはんの後は二階の資料室へ向かった。地図が見たかったんだ。

 途中、子どもの声が聞こえてさりげなく部屋の中を見ると、寝袋をたたんでそうじしている姿があった。

 私より小さい子だって親がいなくてもがんばってる。泣いてる場合じゃないよ。……や、泣いてなんかないけど!


 資料室はたくさんの本の棚と、ガラスケースがあった。

 地図は額に入って壁にかかっていて、領都の地図、領全体の地図、領近隣の地図とある。

 そして部屋の真ん中の大きなガラスケースには、国の大きな立体地図が置いてあった。

 すごーい!! ミニチュア? ジオラマ? こういうの好き!


『レイザンブール王国』と書かれたそれは、ひらがなの“つ”か“?”に似たような形の島大陸だった。四方は海に囲われている。

 山には高さが付けられ緑や灰に色付けされており、海の方は低く港や砂浜がわかるようになっている。町と街道もちゃんと作られている。


 赤い旗が立っている町が『マルーニャデン』。この町だ。マルーニャ領とも書いてあった。島大陸の右側の真ん中あたりになる。

 かなり内陸の町で標高が高いというのもわかった。

 そっか、それで寒いんだ。標高が低いところに行けば暖かいのかも。


 山の緑色が、北の方ほど灰色っぽく、南の方は黄色っぽい。多分、南の方が暖かいってことなんだろう。南の海街とかいいなぁ。

 あ、あと、この火山のあたりも暖かそう!

 温泉とかあるかも! 温泉! 温泉!!


 大陸の左側には『王都レイザン』とかかれている町があり、このマルーニャデンよりも大きく立派に作られていた。

 王都ってことは国の首都的なものってことかな。

 この町も十分賑やかで大きい町に見えるけど、もっと大きいのか。


 この国はけっこう広い気がする。少なくとも日本よりは広そう。

 せっかく異世界に来たんだし、旅人だし、もっとこの世界を見てみたいな。

 フォリリアさんが他の領へ行く馬車も出てるって言ってたよね。馬車旅も楽しそうだ。


 ……でも、ちょっとは護身術的なのがないと、不安……。

 私の【敏捷】死んでるし。


 やっぱ魔法かなぁ。持っているスキルで攻防に使えそうなの、それだけな気がするし。


 他は、書写に料理に存在質量……。ん? 存在質量ってスキル、存在をなくせるんだったっけ。

 スキルガイドブックをひっぱり出す。うん、95で完全に気配を消せるって書いてある。


 これいいかも? このスキルでコソコソ誰にも気付かれず進んでいけば、もしかして安全かも?

 今は92だからちょっとがんばれば完全に気配を消せるはず。

 あ、っていうか、どうやって使うんだろう……?


 管理局を出る時にフォリリアさんに会ったので、聞いてみた。


「……使い方がわからない? 使ったことがないのに〈存在質量〉スキルがあるって言うの……?」


 フォリリアさんは泣きそうな顔をして、私をぎゅうと抱きしめた。


「知らずにスキルを使って、存在を消して今まで生きてきたのね……! 大変だったわね……。もう大丈夫よ。この町で安心して暮らすといいわ」


 ごめんなさい! 授業中に指されないようにしていただけですぅ!


 されるがままにぎゅうぎゅうとされ、やっと離してもらったけど、肝心のスキルについては何もわからなかった。


「そうだ。ミュナにいいものあげる。これ町のお風呂の回数券。三枚あげるから温まってらっしゃい」


 え、お風呂あるんだ?! うれしい!!

 ん? あれ? ぎゅうとしてからのお風呂って…………。


「――――! 私、クサイですニャ?!」


「……かわいい……。ううん。臭くないわよ。体冷えてたから、お風呂がいいかなと思って。それに[清浄]は使い過ぎると抵抗力がなくなるとも言われてるから、時々洗う方がいいのよ」


「なるほど……わかりました! ありがとうございます! 夜に行ってみます」


 これが仕事後の楽しみってやつですか。わかります。

 そして風呂上りにフルーツ牛乳ですね。わかります!!


 ゴキゲンでしっぽをゆらゆらさせながら、私は魔法ギルドへと戻ったのだった。





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