デガロン砦
黒猫、史上最悪の呪い
結果から言うと、床はバレなかった。
獣人さんたちって、おおらかなんだと思う。細かいことは気にしないみたい。
ふぅー、助かった!
「スープおいしいです!」
野菜たっぷりスープは豆もゴロゴロして、ごま油みたいな香ばしい香りもする。ウマーウマー。
あとは黒パンと、骨付きチキン……? 鶏かな? 違う鳥かも? 塩でパリッと焼かれて中はムチムチおいしい。
パンに塗ったリンゴジャムはハチミツの味もした。トムじい、クマだからきっとハチミツ好きなんだ。
三人で囲む丸テーブルにはあったかおいしいものが並んでいた。
「そうか。口に合ったならよかった。都ならもっとウマいものがあるし、田舎料理で悪いんだがな」
「ううん、管理局のごはんと同じくらい、や、もっとおいしいです!」
「……そうか、管理局か」
トムじいは眉を下げて、ちょっとだけ笑った。
「この時期はな、山鳥も太るし木の実も採れる。山で暮らす者にはいい季節だぞ」
「そうだねぇ、そろそろ熊もウマい時期になるね」
ミネルバさんが舌を出してペロリと口をなめると、トムじいは苦笑した。
「わしは魔物の熊しか食べないが、たしかに冬眠前は食いでがあるな」
「熊、おいしいですニャ……?」
そう聞きながらもトムじいの耳をチラチラ見てしまう。い、いいのかな……? 共食いとか……?
「ああ、そりゃぁウマいよ。ミュナは砦の辺りにしばらくいるかい? 向こうでアタシが熊食わせてやるよ。今の時期は安くたくさん出てるからね」
よかった、ミネルバさんが近くに住んでるなら、ちょっと安心だ。
寝るのに使ってくれと案内された部屋は、成人になって出ていった子どもの部屋だって。ミネルバさんは隣の部屋。部屋だけはいっぱいあるんだよと、トムじいは笑った。
寝袋に[清浄]をかけて、ベッドの上に置いた。
靴を脱いで魔法鞄の中に入れてしまう。そして魔法鞄をタオルでぐるっと包んで、寝袋の中に入れてまくらに。中に潜り込んで紐できゅーっと絞れば、寝る準備完了。
馬車で寝たせいか、あんまり体を動かなかったせいか、すぐに眠れる感じじゃなかった。
そうなると、思い出してしまう。
『――――獣人のくせに』
バチッという音と焦げ臭い匂いと、逃げ去る後ろ姿。
怖かった……。暗闇の中そんなことがあれば、そりゃコワイよ!
悪い人だなんて思ってもいなかったから、裏切られた気持ちもあった。だから今は怒りも沸いてきている。
きっと、気に入らなかったんだろうけどさ! こちとら申し子ってやつなんだから! チートなんだからな! へーんだ! くやしかったら上手くなってみろってんだ!
……いや、そんなやっすい
――私の逆鱗に触れてしまったようだな……。地獄の果てまで呪われるがいい……。
ダジャレがウケない呪いで氷点下の視線を浴びるがいい……。足クサの呪いで存分にフラれまくるがいい……。ククク……。
私は眠気が訪れるまで、ひよこ色の髪の毛に向かって身の毛もよだつ極悪非道な呪いを念じ続けた。
次の日、朝ごはんまでいただいて、私とミネルバさんは馬車に乗った。
トムじいは「いつでも遊びにおいで。ミュナのバサリトニャの家だと思ってくれればいいぞ」って大きい手で頭をなでた。
そんなこと言われたら、また遊びに来ちゃうよ!
荷車のうしろから、トムじいが見えなくなるまで手を振った。
テブラレルニャは通り過ぎ、とうとう大きな街道に出た。小休憩で停まった駅から、御者台に乗せてもらった。
ふんふん、御者台にも魔法陣が仕込んであるね。風よけされて、思ってたよりぜんぜん寒くない。
そのうち道の左側にはちらちらと海が見えるようになった。
「海! 砦は海が近いですニャ?」
「ああ、近いよ。海の幸も山の幸もあるいいところだよ。ミュナはデガロン
「えと……師匠に、店を出すように言われてて、場所を探そうかと思ってるんです」
「ああ、いいね。なんの店さ?」
「魔法札なんですけど」
「…………ミュナ、あんた魔書師なのかい?」
「はい!」
「……そうか、それで昨日……」
「え? なんですニャ?」
「いや、獣人の魔書師ってのは珍しいからさ」
「そうなんですニャ?」
「ああ。魔量が他の種族より少ないから、なるヤツも少ないさ。それに体を使う方が好きなヤツが多いだろ」
ミネルバさんはニヤっと笑った。
なるほど、それでマルーニャデンで魔書師が不足してたんだ。
聞いてみると、獣人族はマルーニャ領の辺りにはたくさん住んでいるけど、他の場所は人族が多いんだって。
デガロン三叉のあたりはマルーニャ領から近いこともあって、人と獣人が半々くらいだから魔法屋も少ないみたい。チャンス?
お昼過ぎに、馬車はデガロン砦へ到着した。
うわぁ……。
大きな砦にポカンと口を開けた。マルーニャデンの壁も大きかったけど、建物が大きいっていうのは迫力があるよ……!
部族の砦みたいな、丸太を並べて壁にしてるようなのを想像してたけど、全然違ってた!
黒っぽい石造りの建物は、城だと言われれば納得するくらい立派なものだった。
砦は三叉路をまたぐように建っていて、建物同士を繋いでいる連絡通路をくぐって馬車は進んでいく。
「とりあえず、うちまで行ってもいいかい? 昼メシごちそうするからさ」
「はい!」
ミネルバさんの家は、またちょっと森の中に入ったところにあった。
おうちは小さそうなのに、馬車を停めた倉庫と馬小屋は広い。
「ミネルバさん、馬車代を払います」
馬車から降りて私がそう言うと、ミネルバさんは手を振った。
「あー、いいよいいよ。トムじいがミュナの分も出したから」
「え?! そうなんですニャ?!」
「ああ、床のお礼だろ」
あああ!! 知ってた!
「知ってたですニャ?!」
「そりゃ、知ってるよ。足元がピカーっと光ればさ、わかるだろ。でもあんたが何も言わなかったから、放っておいたのさ」
あぅぅ……。
「なんでそんな顔してんのさ。いいことしたのに、おもしろい子だねぇ。さ、昼メシ食うよ」
お昼ごはんをごちそうになったうえに、泊っていってもいいよと言われたけど、さすがに甘え過ぎなので遠慮した。
獣人さんたちは、ちょっと親切過ぎる気がするよね!
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