黒猫、癒しの掌


 魔法札! [治癒]の魔法札、書かなきゃ!

 空札を取り出そうとして、始めから魔法を使えばいいということに気付く。

 慌てすぎだ、自分!


「ええと……ええと……修復アリペア……じゃなくて、[治癒アヒール]!」


 コウモリ男に掌を向けると、光が倒れている体を包み込んでいく。

 光はもやもやと体の周りをしばらくうごめいたかと思うと、ふわりと空へ消えていった。


 う?! 魂も空に上っちゃってないよね……?!

 しゃがんで顔を覗き込むと、規則正しい寝息が聞こえた。ふぅ、びっくりした。


 火山の近くとはいえ山だし寒いし、ここに寝かせておくわけにもいかないな。

[筋力上昇]を使って、米俵風に抱え上げる。折りたたんであったんだけど羽根が邪魔で、お姫様抱っこはできなかったよ。


 テントの中は外気の温度に左右されなくて、ほんのり暖かい。靴だけ脱がしておこう。寝袋の中に入れていた毛布を引っ張り出して、コウモリ男にかけた。

 下に冷たくならないマットも敷いているし、風邪もひかないだろう。

 私は毛布の代わりに緑のローブを着て、もう一度寝袋の中に潜り込んだ。






 次の日、目を覚ますとコウモリ男はまだ寝ていた。

 顔色を見る限り悪そうな感じはしない。

[治癒]って初めて使ったから、どんな感じになるのかわかんないんだけど、寝かせておけばいいよね。


 寝袋を片付けて、自分と寝袋に[清浄]かけて、ローブを緑から紺に着替える。あくまでも魔書師のローブが外用だから。焦げちゃってるけど。


 朝の支度が終わったらマルーニャデンに[転移]。パンと果実水だけ買ってテントへ戻る。

 そういえば、お弁当とか総菜とか売っているお店をマルーニャデンで見たことないな。売ってればいいのに。あ、でも、三叉の海側にパンの無人販売庫のお店で、サンドイッチを見た気がする。今度またいってみようかな。


 コウモリ男はまだ寝ている。

 パンを食べて、魔法陣を書く仕事をする。店に補充する分と、砦に納品する分。習字みたいに床に置いて書いてるけど、書きづらいなぁ。そろそろ机も買おう……。

 書いている途中に、横でもぞもぞ動く気配を感じた。


「……ん……」


「……コウモリ、起きた?」


「……コウモリ違う、魔王だよ……。あっ、おはようございます!」


 目を開けてから秒で起き上がったコウモリ男は土下座した。


「大変お世話になりました! このご恩はいつか必ず……!」


「え、あ……えっと……とりあえず頭をあげるニャ」


「……かわいい」


 顔を上げたコウモリ男は、金髪碧眼のキレイなお兄さんだった。

 ちょっとクセのある濃い金髪……魔法ギルドのジョージさんみたいな薄い金髪じゃなくて、あ、いや髪が薄いって言ってるわけじゃなくて、金髪の色の話だよ! 薄いのは髪じゃなく色! 横に流した前髪の向こうに見える切れ長の目は透き通った青色。アクアマリンとかそんな感じ。鼻も高い! 憎い!

 ちょっと年上だと思うんだけど、ひょろっとしてふわんとした雰囲気だ。


 魔王っていうより、育っちゃった天使だな。

 青い目を見開いてあわあわしている。


「かわ……かわいい……黒猫かわいい……やっぱりここは天国……もしくは夢……」


「待て。もう一度寝ようとするニャ。体はどうかニャ? 痛いところない?」


 はっ! と、もう一度起きて向き直ったコウモリ男は、ぱーっと笑顔になった。


「うん、もう痛くないみたいだ。黒猫ちゃんが治してくれたんだよね」


「――――黒猫ちゃん…………? そんなラブリーキュートな呼び方は許可しない! 黒猫もしくは黒猫様!」


「ご、ごめん、黒猫……泊めてくれてありがとう。俺、あちこち折れてたような気がするんだけど……。もう死ぬと思ったんだけど、あんなのどうやって治してくれたの?」


「魔法だよ。コウモリ男も魔法で飛んでたんじゃないの?」 


「治す魔法?! そんなすごい魔法使えるんだ! 黒猫すごい! かわいくてすごい! 俺が飛んでたのは魔法じゃないよ。っていうか、コウモリ男じゃないから! 魔王! 種族的には魔人なんだよ。魔人は、種族の特徴でちょっとだけ飛べるんだ」


「へぇー……魔人…………。魔王って、魔人の中の王ってこと?」


それなら魔王ってことにしておいてあげてもいいか。


「よくわかんないんだけど、水晶に魔王って出たんだよね。国に戻れば水晶で見せてあげられるよ。台座にくっついた大きい水晶だから持ってこれないけど……」


 ぐぎゅるー……。

 盛大にお腹が鳴って、コウモリ男じゃなくて魔王は顔を赤くした。


「あっ、ごめん……」


「そうだ、忘れてた。パンあるよ」


 木の実入りの黒パンと果実水を差し出すと、ふるふる頭を振って「そんな贅沢なものはいただけません……」とか言い出した。


「え、町で買ったふつうのパンだし、安いよ? あの、ごめんニャ……昨日の木の嵐は私の魔法のせいかもしれないから、おわびだと思って食べるといいよ」


 いや、まぁ多分、百パーセント私のしわざだ。助けられてよかったよ……。


 受け取ると魔王はううう……と泣き出した。そして泣きながらパンを食べた。


「おいじい……パンなんて、久しぶり……」


「……いつもは何食べてるの?」


「ありとあらゆるヘビとか、狂暴なウサギとか、変な色の鳥とか」


 魔人たちはすごいものを食べている。

 そして据え置きの水晶でステータスを見ているってことは、身分証明具を持ってないってことなんだろうな。

 町には行かないのかな。なんか種族的に問題があるのかな。

 あの獣人の町のマルーニャデンの中でさえ、獣人のくせにって言われた。

 もしかしたら、魔人も町では暮らしづらいのかもしれない。


 でも、羽根さえ見えなければ、ふつうの人に見えるよ。ケモ耳がある私よりも隠しやすいと思う。


「町とかって行かないの?」


 そう聞いてみると、おいしいおいしいと泣きながら食べていた魔王は、不思議そうに首を傾げた。





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