黒猫、いざなう


 口の中のパンをごくんと飲み込んで、目を赤くした魔王が言った。


「……町? どこにあるの?」


「ここから南に何日か歩いていくと、デガロン砦っていうところに出るよ。お店もあるし結構賑わってる」


「何日か……。飛ぶときに魔力を使うんだけど、かなり使うんだよね。だからあんまり遠くに行けないんだ……」


 ってことは、近くに住んでるってことだ。

 話を聞く限り魔人の国はなかなかワイルドな暮らしっぷりだ。

 なんかイメージと違うんだよね。スキルブックには、魔人は魔力が多く体力が少ないって書いてあったのに。

 魔力が多いなら魔法を使うだろうと思えば[治癒]の魔法がすごいって言われた。もしかして、飛ぶのに魔力を使うから魔法の方に割けないのかな。


「魔王がもし町に興味があれば、いっしょに行く? マルーニャの領都で住民登録するといろいろもらえるんだけど……魔人国の人が他の町に住民登録したらマズイかニャ?」


「魔人国ね、控えめに言っても廃墟だから大丈夫だと思う」


 廃墟……! かっこいいし……! く、くやしくなんかないんだから! 私だってこれから立派な廃墟作るし!


 魔王的に大丈夫なら、連れていってもいいだろう。

 ほら、こういう身分証明具とかもらえるんだよ。ステータスが見れるやつ。と腕を出して、身分証明具のバングルを見せる。


「……えっ、こんな小さい水晶でステータスが見られるって……?!」


「うん、他にも魔法書とかももらえるし、パンも売ってるよ」


「ううっ……パン……。魔法書も欲しい……。けど、登録とかして魔王って知られたら捕まったりしないかな……?」


「…………え、魔王、悪い人なの?!」


「悪くないと思うけど……なんとなく魔王ってイメージ悪くない?」


 たしかに。――いや、でもまず、イメージを気にする悪い魔王っていないと思うの。

 あの水晶でデータの記憶はしてるんだろうけど、誰かが勝手に見たりはできないみたいだよね。だから、だいじょうぶだと思う。

 この金髪キラキラの美形さんと魔王って単語は、普通組み合わせないよ。

 魔王の姿を見て、うんとうなづく。


「言わなきゃバレない!」


「そうか! じゃ、行くー。行きたい! 連れて行ってください!」


「――これ着て」


 魔法鞄から赤のローブを出して、渡す。

 これで羽根も見えなくなるからカンペキですよ!

 色違いのローブを着た魔王の腕をつかんだ。

 ええと、同行者もいっしょに連れるのはたしか――……。


同様動ダスチェフォロー][転移アリターン


 一瞬後、私は魔王の腕をつかんだまま、マルーニャデン魔法ギルドの前庭に立っていた。






 あちこちきょろきょろ見ては口を開けている、完全なる田舎者を引っ張って管理局へ。

 フォリリアさんが受付にいたので、手続きをしてもらう。

 魔法鞄は持ってると言う魔王は、代わりにもらえる特典を見ながら悩んでいる。


「……鍋と包丁……いいなぁ……でもナイフもいいし……悩む……」


 その間にフォリリアさんが、ちょいちょいと手招きした。


「ミュナ、彼はどこの子? えらいキレイな子ね。それに調合師?」


「山で知り合ったんですけど、困ってたみたいなので連れてきました」


 ウソは言ってない。赤ローブは私のものだけど。

 フォリリアさんはなんとなくニヤニヤしている気がする。


「ふうん、山でね……。まだまだ知られてない集落が残っているものね。まぁミュナは勝手がわかっているし、町を案内しておいてね。彼もまだ未成年みたいだから、食事できるの教えてあげて」


 魔王、未成年なんだ。

 っていうか、バレちゃうんだ? どこまで?


「……あの、未成年ってわかっちゃうですニャ? 他にもいろいろ知られちゃいます?」


「ああ、ごめんね。未成年かどうかだけは、わかるようになってるのよ。お酒とか売ってはいけないものもあるから。それ以外のことはわからないから安心して」


 それならだいじょうぶ。

 結局、魔王は鍋と包丁を選んだ。箱を腕に抱いてほくほくしている。二人で食堂へ行くと、昼にはちょっと早い時間で空いていた。

 身分証明具をかざすなどのやりかたを教えて、それぞれ昼食をトレーに乗せる。今日もシチューがあったから、シチュー! ぶつ切り鶏肉がごろんと入ったクリームシューはとろけるよぅ。ウマー!

 魔王もシチューを選んで、パンを三つもお皿に乗せて、やっぱりおいしいおいしいって泣いて食べていた。


「そういえば、魔王は鍋と包丁もらったんだよね。料理するの?」


「――うん。俺、料理得意なんだ。だけど今は食材がないから、ちゃんとしたものが作れなくてさ」


 そうか、食材がなくて、魔人たちはアヤシイ野生動物と魔物食べてるんだ……。お腹壊しそうな魔物はイヤだなぁ……。魔人国は大変そうだよね……。私の住み家からそんなに遠くないなら、道を通したらどうだろう――――。


「――こ? 黒猫?」


「あ、ごめんニャ。ちょっと考えごとしてた」


 にへらと笑ってごまかした。

 道もいいけど、その前にやることいっぱいある。

 食事の後、魔法ギルドに行き魔法書と魔粒を受け取って、買い物に行った。


 魔王は住民登録した時にもらった銀貨で、食材を買うのだそうだ。それがいいと思う。だって、魔人国の食料事情ヒドイし。痛い目に合わせたおわびに私もおみやげを買うつもり。


 魔法鞄は持ってるけど国に置いてきたという魔王に、植物のツルで編んだ大きい買い物かごを買った。まずは乾物食料品店へ。私も初めて入るよ! だって料理しないし!

 魔王は小麦粉とか塩・砂糖とか油とか酢とか買っている。お酢は赤と白のワインビネガーなんだって。なんかオシャレくさい。


 その後は、卵屋で農場直送の新鮮卵を買い、肉屋でふつうの肉を買い、パン屋で黒パンを買って、遠慮する魔王におみやげで渡した。魚は川と湖で釣れるからいいんだって。

 ワスラ火山地区に[転移]で戻り、荷物たくさんの魔王が飛んでいくのを見送った。


「……また来ていい?」


 魔王がうるうるしながらそう言っていたので、そのうちまた会えるだろうなと思ったけど――――。


 …………まさかすぐ次の日に来るとは思わなかったなぁ…………。





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