魔王の日記

魔王、帰還


 黒猫、かわいかったなぁ……。

 ふさふさの耳がひこひこ動いてた。丸い目はちょっとタレ目だった。猫なのに。反則だと思う。あんな子猫みたいな目! 肩よりも長い髪も、大きな瞳も真っ黒だったなぁ。かわいかった……。


 手にバスケットを持って飛んでいる間も、思い出してはくねくねゆらゆらしてしまった。


 あんまり高く飛ぶと翼竜に見つかったりするから、森の中か上空すれすれを飛ぶのが魔人の鉄則って言われてる。

 だけど、そのおかげで黒猫の魔法による木の伐採に巻き込まれてしまった。

 それに俺の髪って光ってるから、森の近くの方が目立ちそうな気がしているんだよね。

 翼竜に聞いてみるわけにもいかないから、なんとなく森と空の境あたりを飛んでいるところだった。


 前方に見えてきた森がぽっかりと空いたところが魔人の国だ。黒猫には廃墟って言ったけど、もうすでに遺跡のレベル。

 見れば見るほど、破壊され住む者がいなくなってから長い時が過ぎた旧時代の町じみていた。特にさっき大きな町を見て来たから、余計にそう思う。


 上空に入ると、住処すみかにしている塔の屋上に赤い髪を見つけた。

 あ……泣きながら手を振ってる……。

 そのまま屋上に着地すると、赤い髪の魔人の女の子ルベウーサが泣きながら近づいてきた。


「魔王ざまぁ……!! 生きててよかったぁぁぁ!!」


「ご、ごめん、ルベウーサ。心配かけてごめんなさい」


「また一人になっちゃったかと…………」


 えぐえぐと泣くルベウーサを前に土下座をする。


「大変申し訳ございません! かくなるうえはいかようにも罰を!!」


「魔王様に罰なんて与えませんよ! なんで魔王様はすぐ地面にべったりするんですかぁ」


 怒ったふうに言ったあと、あははと泣き笑いになった顔にほっとする。


「とりあえず、これおみやげ。――――食べてる間に話聞いてくれる?」


 パンを差し出すと、信じられないものを見るようにルベウーサは凝視した。


「パン……ですか……?」


「うん。木の実が入った黒パン。おいしかったよ。ごめんね、俺ひとり先に食べてて」


「……そんなのは気にしなくていいんですよぉ……魔王様は偉いんですから、配下の者に気を使い過ぎですぅ……。こんな立派なパンを持って帰ってくるなんて、さすが魔王ざまっ……」


 また泣き出しそうなルベウーサの手にパンを押し付けると、ありがたくいただきますと言ってやっと口をつけた。その後は、おいしいおいしい久しぶりですぅと泣きながら無心で食べている。


 その間に階下したから魔法鞄を取ってきて、バスケットから移す。痛みそうな食材もここに入れておけば時間が進まないから安心だ。


 元々、俺の魔法鞄なんだけど、ルベウーサが狩ってきたものとかも入れているから、なんとなく塔に置きっぱなしにしてある。置いておいたところで俺以外の人は開けられないんだけどね。


 魔法書「初級」とスキルガイドブックをさっと見てみると、すごくためになることが書いてあるみたいだった。


「――ルベウーサ、魔法書ってすごいよ。ちゃんと魔法名と呪文と効果、魔量と魔粒の一般的な消費量まで書いてある」


「ほうもぐもぐれふ? もぐもぐ」


「あっ、ごめん……。食べ終わったら話すよ」


 これまではルベウーサが覚えていた魔法をなんとなく教えてもらい、なんとなく使っていた。彼女はあまり魔法を覚えるのが得意ではないのだと言っていた。

 これを読めば俺もちゃんと覚えて使えるし、効果も魔量も正確にわかる。

 スキルガイドブックの方も、種族の違いが書いてあって興味深い。

 軽く読んでいると、食べ終わったルベウーサが「魔王様……」と控えめに声をかけてきた。


「それで、魔王様はどちらへ行かれてたんです? いろいろお持ちになってたってことは――――とうとう町を見つけました?!」


 魔量が多い俺の方が長く飛べるから他の町や集落を探しに出ていたんだけど、今までは見つからなかったのだ。


「そうそう、あのね、ここからそんなに離れてないところに、黒猫が住んでたんだよ」


「黒猫ちゃん、ですか? 前はここにも猫が住んでたんですよぅ。かわいかったなぁ。ここから逃げのびた子ですかね?」


「あ……、いや、猫の獣人の女の子なんだ」


「え、森の中に一人で住んでるんですかぁ? 女の子が?」


 森の中って感じじゃなかった。すごい拓けてるし。

 でもそうだよね。言われてみればたしかに、女の子が森に一人で暮らしてるって、びっくりする話だ。

 なんであんなところで一人暮らししているんだろう。


「え、それじゃぁ、こちらの国に保護するって話です? えっ、どうしよう、獣人さんなんて久しぶりです」


 うれしそうに顔を輝かせたルベウーサには悪いんだけど、どう見てもあっちの方が快適そうだった。


 グルゥ……ガウガウガウガウッ!!

 グワッガグワッガ、ケケケケケケ!!


 塔の下の方から、何かの唸って吠えている声が聞こえる。

 しかも数種類。


「チッ、ヘルハウンドか。やつらは食べれないからヤですよねぇ。あとはコカトリス……? じゃ、ちょっと焼き鳥作ってきますんでっ!」


 素早く立ち上がるとルベウーサは下へ飛んでいった。

 そう、この国というかこの町というか、この廃墟は動物も魔物も入り放題だ。

 住処にしているこの塔にだって、普通に入ってくる。なので階段やはしごとか上れるものを全部破壊して、二階を住居にして飛んで出入りしているのだ。

 しかもそれでもまだ安全性が足りない。時々飛んで入ってくる魔獣もいるから、交互に寝ずの番をしなければならないのだ。


 ああ……。時々でいいから安心してぐっすり寝たいよね……。

 黒猫の家はなんにもなかったけど、のんびりできたなぁ…………。


 戻ってきたばかりだというのに、近くて遠い黒猫の国に俺は思いをはせた。





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