黒猫、秘密の味を知る


 私は温泉宿の窓という窓をぜんぶ開けて回り、


「[清掃アクリーニン]」


 と唱えた。

 うん、スッキリ!

[清浄]ほど徹底的な除菌清掃にはならないけど、そうじだったら使用魔量が少ないこっちで十分なんだって。

[無魔法結界]の中も初級魔法だけは使えてよかったよ。


 空けた窓をもう一度閉めて回り、浴槽にぺたーっと広がって汚れを溶かして落としてくれているスライミーをなでた。


「ありがとね。出かけるからよろしくね」


 スライミーは広がった姿のまま、ふるふると震えた。


 冬の澄んだ空に、風の使役精霊フレスがスイーと飛んでいる。

 ワスラ火山地区の冬は早い。デガロン三叉にもマルーニャデンにもまだ舞う程度の雪が、もう積もっては溶けを繰り返していた。




「魔王! そんな所で何してるの? 外の炊事場寒くニャい?」


「ちょっと寒いー。でも寒いとこの方が上手くいく作業なんだよねー」


 近づいていくと、お肉を挽く道具みたいなのが置いてある。けど、上の投入口から入れられている肉自体がすでにひき肉だった。左右の片側にはハンドルが付いて、もう片側からは細長い肉の詰まったものがにょろにょろと長く伸びている。


 魔王がハンドルを回すと、反対側から肉が絞り出されてくる。その先に装着されている皮みたいな筒の中へ肉が入り、ぷくっとふくれながらまた伸びていく。


「ソーセージだ!!」


 魔王は上手に操りながら長いソーセージをきれいに詰めていった。


「うん。この肉を入れてるのが、羊の腸だよ」


 羊……。


「黒猫、羊かわいそう? 食べるのいや?」


「か、かわいそうじゃないもん! 食べるよ! バリバリ喰らう!」


「ハハハ。じゃ、今度は牛の腸の太いソーセージにするね」


 そうか……牛の腸は太いから太いソーセジになるってことか……。腸とか言わないでほしいよね。腸とか。食べるけどさ!


「――この道具は? こういうのが売ってるの?」


「うん、多分売ってると思うよ。管理局でもソーセージ食べたしね。これはドワーフ村のを借りたんだー。ドワーフ村の秘伝レシピと食べ比べするの」


 なにその楽しそうなイベント!


「というわけで、黒猫様。本日は燻煙……煙による拷問を行いますので、あの部屋には近づかないよう、お気をつけください……。こちらの腸詰の他、乳を発酵させましたもの、鶏の生まれる前のものなどを燻し上げますので」


 ソーセージとチーズと卵かぁ……。ゴクリ。


「……う、うむ。よい仕事を期待しているぞ……」


 ってさ、行くよねー。行かないわけないよねー。

 煙がするすると上がって、いい香りを振りまいているころを狙うよねー。


 ソーセージはこれから加熱しないと食べられないからと、スモークチーズとほんのり茶色になったゆで卵を魔王に味見させてもらった。


 ウマー!! 味付け卵の燻製サイコー! チーズは香りがついただけなのに、なんでこんなにおいしいの?! みんなにナイショのつまみ食いって格別だよー!






「んださミュナちゃん、よろしく頼むだすな!」


「はーい」


 ドワーフのみなさんが作った道具を預かる。

 温泉宿の玄関ホールはすっかり納品場所(?)となっていて、デガロン三叉の『漆黒堂』で売るものが持ち込まれる。

 最近、店には道具用の大きな無人販売庫も置いているのだ。


 ふんふん、今日はナイフと、包丁と、ランタンか。

 ランタンは女の人たちが作っているらしいんだけど、金属部分にちょっと模様が入っていたりしてステキ。いいなぁ。私が買っちゃおうかな……。


 ナイフも包丁もドワーフ製の銘を入れてあって、販売庫に置くとすぐ売れてしまう。


 確認しながら準備していると、ルベさんも販売するものを持ってやってきた。


「ミュナ様、この食器もお願いしたいですぅ」


 カゴの中に入っているのは、金属の小さめカップとお皿。トムじいのと違って、小ぶりでかわいらしい感じがする。


「かわいい! 小さい手にはこのくらいがいいよね」


「そうなんですよぅ。子どもにも持ちやすいと思いますし」


「じゃ、これらも預かるニャ」


 ドワーフ道具といっしょに、ルベさん食器も魔法鞄に入れる。


「……いっしょに行ければよかったんですけどねぇ……」


「だいじょうぶだよ。その分、ルベさんはいい感じの作ってくれればいいよ」


「でも、ミュナ様だって、作って売ってってしているのに」


「魔法札は作るってほどのものじゃないし、書き写すだけだから!」


 ルベさんはきりっとした美人な顔の眉を下げた。

 そういえば――――と、この間、師匠に聞いた「魔人を召喚する魔法陣の記録はない」という話をした。するとルベさんは、そうですか……とちょっと考え込んだ。


「……あたしも、実際に召喚しているところを見たわけじゃないんですよぅ。こんな風に姿が消えるのは召喚されているのだろうって、神官様から聞かされていただけで……」


「そうだよニャ……」


「でも、もしかしたら……。元々は、[手を取り合って]という魔法だったと聞いてます。同族が困った時に助け合うための魔法だって。だから、もしかしたら――――……」


 召喚しているのは、魔人――――――――?


 それなら人族の方に記録がないのも納得がいく。


 もしかして、魔人国はなくなったけど、他の場所に魔人の町があるってこと…………?


 多分同じ答えを出しただろうルベさんは何か考え込んでいて、私はその横顔をじっと見るしかできなかった。





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