黒猫、闇の呼び声


 まず、身分証明具だというバングルをもらった。

 五百円玉くらいの水晶が入っている。情報晶という特殊な水晶だって。


 これに[ステータス]って念じると、あのステータス画面というやつが見られるらしい。

 もう試してみたくてうずうずしてるんだけど、手続きが終わるまでガマン。


 受付カウンターの丸い水晶に、もらったばかりの身分証明具かざし、住民登録の手続き終わり。

 他の地域に住民データがないから、ここで新たな住民として登録されたのだそうだ。


 お姉さんが言うには、魔素大暴風の後に新しく住民登録した人は結構いたんだって。小さい集落で暮らしていて、住むところをなくした人たちとか。

 今も離れた集落では身分証明具を持ってない人も珍しくはないって。


 そして魔素大暴風後に新たな住民になった者には特典が! なんかいろいろもらった。

 銀貨十枚、宿泊券十日分、食事券三十食分。他に魔粒引換券、魔法書「初級」引換券、スキルガイドブックなんていうのも受け取る。

 魔法書とかスキルとかすごく異世界っぽくなってきた!


「あと、小さめの魔法鞄も特典で付くんだけど、大きいの持ってるみたいだし他のものがいいかな?」


 魔法鞄! そうか、これが異世界にはあると噂の魔法鞄なのか。あの夜空は異空間的なもの?

 私は魔法書引換券などの受け取ったものを持ち、リュックに手を突っ込んだ。一瞬で消えた! なにこれ?! 覗き込むとやっぱり夜空だった! ナゾい。


 代わりの特典っていうのを見せてもらうと、ごついナイフ、鍋と包丁のセット、荷物を運ぶ一輪車、テント…………寝袋。


 ――――――――寝袋!!


 見たらもう絶対にこれ。深緑色で細長くて暗くて狭そうですっぽりと入れそうな魅惑の袋。絶対にコレ!


「こ、これでお願いしますニャ!」


「はいはい。これはね、結界も付いているいい寝袋よ。これに入っている間は外敵から守ってくれるからね」


 入り心地がよさそうなだけじゃなく、安全だなんてすばらしい袋!

 大変いいものを手に入れました!






 手続きが終わって、フォリリアさんが私の背中をポンポンと軽くたたいた。


「さ、ごはん食べに行こうか。ここの食堂はね、成人前の孤児はいつでも無料で食べられるのよ」


「いつでも食べに来ていいんですニャ……?」


 う、『か?』が、なんか苦手な気がする……。ニャになっちゃう。


「ええ。一日中開いてるから、好きな時に来ていいのよ。このマルーニャ領はね、夜行性の獣人も多いからギルドとかも一日中開いているの。他の町にはない特徴ね。そして子どもを大事にする領よ。だから安心して暮らしてね」


 コクリとうなずいた。

 一応、もう高校生だし、そんなに子どものつもりもなかったんだけどなぁ。でも、そういう町だって聞いたらほっとした。きっといい人が多いに違いない。

 一人……一匹(?)暮らしにも安全だよね。


 ふっさふさなしっぽの後について広い食堂へ入ると、何人かが丸テーブルを囲んで食事をしている。

 私よりも小さい子たちがお行儀よく食べている姿もあった。


 フォリリアさんのやり方をマネて、カウンター前にある水晶に身分証明具をかざし、トレーを受け取る。

 焼いたチキンとシチューのセットと、猪と野菜の炒めものとスープのセットがあって、好きな方を選べるらしい。


 悩む。すごーく悩む。でもシチュー! フォリリアさんもシチューにするみたい。そうだよね。ちょっと肌寒いしシチュー選んじゃうよ。


 パンはかごから食べるだけ取っていいんだって。丸い黒パンを一つトングで持ち上げてお皿に乗せた。


「ミュナ、そんなので足りるの? いっぱい食べないと大きくなれないわよ」


 もう二つパンが乗せられた。

 こんなに食べれるかな……。

 初めての異世界ごはん。とても美味しそうですよ! 楽しみ! 異世界小説だと味が薄いとか濃いとかで日本の料理で無双とかよく読んだけど、この国はどうだろ。

 丸テーブルについて、手を合わせる。


「いただきます――ニャ?」


「ちょっと待って」


 パンを取ろうとした手を、フォリリアさんにつままれた。これがまさに『きつねにつままれる』ってやつだ。


「[清浄アクリーン]」


 ふわりと風が手をくすぐった。


 !!


 魔法!!


 異世界の初魔法だというのに、フォリリアさんあっさり魔法かけすぎー?! もっともったいつけて! やり直しを請求しますっ!! 


 かけた本人はクスクスと笑っている。


「ミュナ、魔法も初めて? 今のは[清浄]の魔法よ。手をきれいにしたの。魔法書『初級』にある生活魔法なのよ」


 魔法が生活に根付いているみたい。あいさつのように普通に使われた。

 この国の魔法は詠唱ってほどじゃないけど、言葉を言うタイプの魔法みたいだ。


 初魔法の感動は冷めやらんけど、シチューが冷めちゃうので、お礼を言ってから改めていただきます!


 ナイフとフォークでチキンを一口大に切り分けて、口の中へ。塩のみで焼かれたチキンは皮がパリッと中はじゅわー。すごいウマー!

 豆と野菜のホワイトシチューも野菜のとろみと優しい甘さで、おいしかった。パンはナッツが入っててものすごーくおいしかった。黒パン最高。(でも三つは無理)


 食べながら、フォリリアさんはいろんな話をしてくれた。

 この領都にはマルーニャ辺境伯の立派なお城があるとか、お城はここからだとちょっと遠いから街中を走っている駅馬車に乗って行くといいとか、駅馬車は町の主要施設に停車しながら領都を一周するとか。他の領までの馬車も出ているとか。

 馬車、楽しそうだな。こっちの生活に慣れたら馬車旅しようかな。


 ごはんを食べ終わると、フォリリアさんが香ばしいお茶を持ってきてくれた。


「ミュナ、ここの二階の第二会議室は、女の子たちの寝られる場所として開放しているから、寝るところに困ったら使ってね」


「はい。あっ、そういえば薬ってどこに売ってますニャ?」


 お値段次第だけど、買えるようなら買って打ち身を治しておきたいところ。

 気軽に聞いたら、フォリリアさんは顔色を変えた。


「えっ、ミュナ、どこか悪いの?!」


「あっあっ……いえあのちょっとぶつけちゃっただけなんですニャ!」


「本当に?!」


「ホントです……んぐ」


 口をぎゅっと閉めて、ニャを阻止に成功! 手で押さえなくても止められたよ。この調子で普通の言葉にするんだ。

 そでをめくって腕を見せると、青アザが広がってて痛そうな顔をされた。


「この近くなら魔法ギルトよ。道をちょっと南に行くとあるわ。行くなら魔法書と魔粒も交換してらっしゃいね」


 じゃぁちょうどよかった。

 魔法ギルド、どんな場所なんだろう。冒険者ギルドとかは小説でもよく聞くよね。商人ギルドとか。


 魔法ギルド――――。

 ローブ姿の魔法使いがいて、アヤシイ魔道具の数々と魔法陣――――……。


「――――それじゃぁ、私は仕事に戻るわ。ゆっくりしていってね」


 はっと我に返る。

 暗黒(妄想)に引き込まれそうだったよ! アブナイ! 闇が我を呼ぶ!


「は、はい。あの、ありがとうございました……んぐ」


「困ったことがあったら遠慮しないで声かけるのよー」


 フォリリアさんが後ろ向きで手を振った。優しくてかっこいいお姉さんだなぁと、揺れるふさふさのしっぽを見送った。


さて。

お茶を一口飲んで、心を落ち着かせる。


――――では、念願の初ステータス!! いってみようー!!


([ステータス]!!)





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